第30話 ハチ公、デート当日を迎える
(大丈夫、問題はないはず、だよね……?)
そうして迎えた日曜日、狛哉はこだまとの待ち合わせ場所である駅前の広場で自分自身にそう言い聞かせていた。
そわそわと落ち着かない様子を見せている彼は、すぐ近くにあったショーウィンドウに映る自分自身の姿を目にすると、頭のてっぺんから爪先までを何度も見返して、おかしなところがないかを確認し始める。
無地の白シャツの上から黒のMA-1を羽織っただけのトップスに、デニムのジーンズを合わせるという実にシンプルな格好をしている今の自分は、決して見苦しい姿はしていないはずだ。
無難極まりないコーデではあるものの、下手に張り切ってしっちゃかめっちゃかな服装になるくらいならばこっちの方がいいだろうと判断しつつも、本当に無個性な自分の格好を見ていると不安になってくる。
もう少し背伸びしてみた方がよかっただろうか? とはいっても、自分にはこれ以上のお洒落など思い付かないわけなのだが。
アクセサリー類や香水なんかの洒落たアイテムがあればもっと工夫できたのかなと、ファッションに無頓着な自分のことを呪っていた狛哉の耳に聞き覚えのある声が響く。
「何やってんのよ、ハチ。鏡の中の自分とにらめっこするのがそんなの楽しいの?」
「わわっ!?」
ガラスに映る自分の姿に集中していた狛哉は、唐突に声をかけられたことに大袈裟な反応を見せてしまった。
そんな彼の一連の行動に呆れた表情を浮かべるこだまは、大きなため息を吐きながらやれやれと大きく首を振り、言う。
「ほんと、情けない駄犬よね。遠くから見てもあんたが落ち着いてないって一発でわかったわよ」
「ご、ごめんなさい……」
「はぁ~……まあ、デートで緊張する気持ちもわかるし、健気にご主人様を楽しませるための計画を立てて、先に待ち合わせ場所で待ってたことに免じて許してあげるわ」
尊大な態度を見せつつ、待ち合わせ時の醜態を忘れてやると狛哉に告げたこだまが、目を細めて彼に一歩近づく。
そのまま、彼の全身を上から下まで品定めするように見つめた後、首を縦に振った彼女が小さく笑いながら口を開く。
「……良くもないけど悪くもない、か。少なくとも、隣を歩いて恥ずかしいと思うような格好じゃあないわね」
「よ、よかったぁ~……! ちなみに、ダメだと判断したらどうするつもりだったの?」
「決まってるでしょ、Uターンして帰るわよ。あたしには人前に出せない駄犬を連れて歩く趣味はないもの」
無難でも変なところのないコーディネートにしておいてよかったと、自分の質問に対するこだまの返答を聞いた狛哉は心の底から思った。
朝、出かける前に何度もチェックはしたが、それでも不安だった彼はこだまから合格の評価をもらえたことに全力で安堵しているようだ。
それと同時に、そこで彼女の私服姿にようやく意識を向けた狛哉は、見慣れた制服姿とは違う魅力を放つこだまの姿に小さく心臓を跳ね上げた。
(やっぱり凄くかわいいな。センスも抜群だ……)
明るめのベージュ色にチェック柄が入ったワンピースを着用しているこだまは、お世辞抜きにかわいく見える。
スカートの裾や袖部分にフリルが付いているそれはもしかしたらロリータファッションというやつなのかもしれないと思いながら、髪留めや荷物を入れてある肩掛けのポーチ等にもセンスの良さが垣間見える彼女のコーディネートに目を奪われていた狛哉は、とある一点に視線を向けるとびくりと体を震わせた。
「……ハチ? あなた今、あたしのどこを見て固まったのかしら?」
「わふぅ……!!」
彼の視線を敏感に感じ取ったこだまが、実に恐ろしい笑みを浮かべながら狛哉に詰め寄る。
馬鹿正直な反応をしてしまう自分自身を呪いながら、彼はその質問に嘘偽りない返答をした。
「あの、その、胸……です」
「わざわざ言わなくていいのよ、この駄犬! デリカシーがない真似をするなって言ってるでしょうが!!」
「いぎぎぎぎぎぎ……」
ぐりぐりぐり~っ、と握り拳を脇腹に押し込まれた狛哉が申し訳なさと痛みに呻き声を上げる。
愚かな飼い犬への折檻だとばかりに彼を痛めつけたこだまは、再びため息を吐いた後で小さな声でぼそりと呟いた。
「まあ、そこに目が行っちゃう気持ちもわからなくはないけどね。こういうワンピースを着ると、どうしたって胸が強調されちゃうし……」
忌々しいものを見る目で自分の胸の膨らみを睨んだこだまは、そこから視線を逸らすと小さく舌打ちを鳴らした。
ウエストを引き締めるベルト代わりの黒いリボンによってその真上にある大きな胸が強調されていることを自覚している彼女へと、狛哉が質問を投げかける。
「あの、その紐を緩めれば少しは胸が強調されなくなるんじゃないかなと、僕は思うんだけれど……?」
「ウエストリボンを締めないと太って見えるのよ。あたしみたいな小柄な人間は特にね」
ウエストを締めるから胸が大きく見えてしまうのでは? という質問に対して、吐き捨てるように答えるこだま。
これまでの人生で何度も経験したであろう苛立ちに顔を顰めた彼女は、狛哉へと向き直ると言い聞かせをするようにお説教を行う。
「いい? 仮にもこれはデート、女の子がかわいい自分を見せるために頑張ってお洒落してるわけ。それに対してダメ出しするなんてのは完全にアウトな行為よ。その子の努力を全否定するような真似は絶対にやらないこと。あんたに悪意がないことがわかってるから厳重注意で済ませてあげるけど、本来ならこのまま帰られても文句なんて言えないくらいの馬鹿げた真似だってことを肝に銘じておきなさい」
「は、はいっ! すいませんでした!」
「心の広いご主人様に感謝しなさい! まったく、これだから駄犬は……!!」
腕を組み、不満を露わにしながら自分を叱責するこだまの言葉に、ご尤もだという感想を抱く狛哉。
悪気はなかったとはいえ、わざわざ自分のためにお洒落してくれた彼女の頑張りを否定するような発言をしてしまったことを反省した彼は、深々と頭を下げて謝罪の意を示す。
ふんっ、と鼻を鳴らすことでお説教は終わりだとアピールしたこだまは、顔を上げた狛哉に対して目を細めながらここからの行動を尋ねていった。
「それで、この後はどうするの? まずは水族館に移動するんでしょ? 電車の時間は大丈夫?」
「あ、それは大丈夫。時間に余裕のあるプランを考えておいたから、電車も十分間に合うよ」
「それならいいわ。さあ、行きましょう。今日はあたしのことをしっかりエスコートしなさいよ、ハチ」
その場その場での言動は駄目でも、事前に考えたデートプランに関しては問題はないと大きく頷いたこだまが狛哉に先んじて歩き出し、駅に向かう。
彼女を追って歩き出した狛哉は、エスカレーターに乗ったところで暫し迷った後……前に立つこだまへと声をかける。
「あの、森本さん」
「ん? なによ?」
少しだけ不機嫌さを滲ませる声を漏らしながら振り向くこだま。
エスカレーターの段差のお陰で普段よりも近い位置にある彼女の顔を見つめながら、多少どころではない気恥ずかしさを感じながら……狛哉は、言いそびれていた言葉を口にした。
「そのワンピース、凄く似合ってます。とってもかわいい、です……」
不躾な視線を向けた上にダメ出しに近いことを言った後では遅いかもしれないが、素直にこだまの私服姿に対する感想を彼女へと告げる狛哉。
その言葉にぽかんとした表情を浮かべた後……小さくはにかんだこだまは、彼の額を指で弾いてから楽しそうに言う。
「言うのが遅いわよ、バーカ。そういうことは、もっと早くに言いなさいよね」
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