第29話 電話後、期待するこだま
「ふふふ……! 駄犬なりに気合入れちゃって、空回りしなきゃいいけど」
電話を切った後、狛哉の反応を振り返ったこだまはクスクスと愉快気に笑っていた。
自分をデートに誘ってからの彼の反応を思い出すと、どうにも愉快な笑いが止まらなくなってしまう。
誘うことだけは唐突にやってのけたのに、その後のあれこれがどう見たって慣れていない男のそれで、声を聞いているだけで電話の向こうで慌てる狛哉の顔が想像できるくらいだ。
思い返せば、自分を誘う時も狛哉は緊張でガチガチになっていた。
数日前にカラオケに誘ってきたクラスの男子とは比べ物にならない狛哉の誘い方に笑いが止まらなくなっているこだまは、頬杖をつきながら一人楽しそうに呟く。
「なんで誘いを受けちゃったかな~……まだ出会って一週間も経ってない奴だってのに」
狛哉と出会ったのは入学式の朝のことで、席が近いこともあってそれからはほぼ毎日一緒に過ごしているが、それでもまだ付き合いは短い関係のはずだ。
相手のことを何もかも知っているわけではないし、これから深い仲になろうと思っているわけでもないのに、どうしてデートのお誘いをOKしてしまったのだろう?
……答えは単純で、なんだかかわいかったからだ。
女の子をデートに誘うのは初めてですと言わんばかりの雰囲気で緊張しながら一緒に出かけようと言ってきた狛哉からは、不思議と下心のようなものが感じられなかった。
それは多分、彼が本当に自分のことを気遣ってくれていて、気晴らしになればという純粋な気持ちで誘ったからなのだろう。
それにしたって、緊張し過ぎではなかっただろうか?
下校時に二人でハンバーガーショップに寄ったりしているし、家まで送ってくれたりしているのだからもう少しフランクに誘えばよかったのに……とは思いつつも、狛哉にそんなことができていたら絶対に誘いに乗らなかっただろうなと、こだまはそうも思っていた。
気弱で、周囲の人間に振り回されやすくて、馬鹿で……底抜けに優しい。
そんな彼だからこそ、自分も知らず知らずのうちに信頼を寄せるようになっているのだろうと考えたこだまは、椅子から立ち上がると部屋の電気を消し、ベッドに潜り込む。
「……なんでだろ、ニヤニヤが止まんないな」
先程の狛哉の必死さを思い返すといつまでも笑っていられそうだが、それにしたってこれは笑い過ぎだ。
これ以上は彼に失礼だし、自分でも気持ち悪いと思うから落ち着かないと。
……と、思うこだまであったが、その笑みの正体が愉快さではなく喜びであることに薄々気が付いてもいる。
狛哉にデートに誘われたことが嬉しかったというよりも、彼が自分を気遣った上で一生懸命になってくれていることが嬉しい、というべきだろう。
大変な目に遭い続けたこだまの気持ちを明るくしたい。今も不安を抱えているであろう彼女の心を軽くしたい。
そのために慣れないデートのお誘いをして、こだまを楽しませるために知恵を働かせてくれた狛哉の気遣いを彼女は純粋に喜んでいるのだ。
「さて、ここはご主人様の出番ね。どうせ完璧なデートなんてできないんだから、しっかり躾けてあげないと」
まるで本物の犬のような献身に感謝しつつも、女の子の扱いはまだまだな飼い犬へと思いを馳せたこだまが嬉しそうに微笑みながら息を吐く。
明後日、狛哉が自分のためにどんなデートプランを考え、それを実行してくれるのか? それを楽しみにしながら、彼女は瞼を閉じ、眠りに就くのであった。
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