第17話 ハチ公、ご主人様の異変に気付く
(今日、顔を合わせたら、どんな風に話しかければいいのかなぁ……?)
翌日の朝、いつも通りの時間にバスに乗った狛哉は、こだまが乗り込んでくるまでの間にそんなことを考え、悩み続けていた。
彼女が昨日の出来事を色々な意味で気にしていることはわかっている。
上級生から不躾な視線を向けられたことに対してショックを受けているのもそうだが、自分にキツい物言いをしてしまったことに対しても少なからず気に病んでいるようだ。
狛哉としては別にそのことをどうこう思っているわけではないのだが、こだまの心理的にはそう簡単に納得できるものではないのだろう。
そんな彼女の心を上手く解きほぐし、罪悪感を解消させられるような接し方ができればこの気まずさもどうにかなっていたのだろうが、口下手な狛哉には到底そんなことは不可能であった。
結局、彼女のことを気にかけてはいたものの、放課後まで何も言葉をかけられずに別れることになってしまった。
下校のバスの中で話をしようかとも考えたのだが、狛哉が気が付いた時には教室にこだまの姿はなく、行動の遅い自分自身に苛立ったことを覚えている。
だからこそ、今朝のこのチャンスだけは逃すわけにはいかない。
登校中に話をして、昨日から続くこの気まずさを何とかしようと決意している狛哉であったが、もしもこだまがバスの時間をずらしていたらどうしようという不安もあった。
彼女が乗り込んでくるバス停が近付くにつれてその不安は大きく膨れ上がっていき、どうかこの恐れが杞憂で終わってほしいと必死に願う狛哉。
停留所にバスが止まり、ゆっくりと開いた扉からこだまの姿が見えた時、彼は心の底から安心すると共に大きなため息を吐く。
だが、本番はここからだ。どうにかこだまに話をして、昨日のことを謝らなければ。
彼女に避けられたりするかもしれないという心配もあるが、そもそもこの状況でどう話を切り出そうかと悩む狛哉であったが、意外なことにそんな彼の姿を目にしたこだまが真っ直ぐにこちらへと歩み寄り、先んじて声をかけてきた。
「……おはよう、ハチ。朝から顔色が悪いわね」
「お、おはようございます、森本さん……! えっと、その……」
普段通りの緩い罵倒を浴びせ掛けられた狛哉であったが、彼女の方から自分に声をかけてもらえたことを喜んでもいた。
このまま一気に謝罪して、お互いの間にあるわだかまりを解消しようと口を開いた彼は、そこでふとこだまの様子に違和感を覚える。
上手く言葉にできないのだが……どうにも、今のこだまは自分が知る彼女とは何かが違うように思えた。
「……何? そんなにじっと見つめて、あたしの顔に何かついてる?」
「い、いや、そんなことはないけど……」
「……そう」
やっぱり変だ、狛哉はそう思った。
普段のこだまだったらこの程度の罵倒では済まさないだろうし、自分のことを駄犬呼ばわりしたりデリカシーがないと怒ってくるはずだ。
テンションが低いというか、元気がない。狛哉が覚えた今のこだまへの印象がそれだ。
ただ、昨日のことを気にしているにしては自分に対する距離感がちぐはぐであるし、やはりおかしいとしか思えない。
「あの、昨日はごめんね。僕がデリカシーがなかったせいで、森本さんを傷つけちゃって……」
「ああ、朝のこと? ……別にあの程度、気にしてないわよ。よくあることだし」
これもおかしい。少なくとも昨日の彼女は談話室の出来事を気にしていたし、だからこそ狛哉を放って一人で帰ったはずだ。
本当に気にしていないのならばそんな行動を取るはずがないし、そもそもこの謝罪に対してもっと強がってみせるだろう。
ほんの僅かだった違和感が少しずつ膨れ上がり、段々と確信に変わっていく。
何かがあったのだ、こだまに。昨日の帰り道、自分が知らないところで彼女の身に何かがあったのだとその雰囲気から感じ取った狛哉が口を開こうとした瞬間、こだまが逆に彼にこんな問いを投げかけてきた。
「ハチ、あんた今日、放課後空いてる? 暇だったら、ちょっと付き合ってほしいんだけど」
「……!!」
なんてことのない放課後のお誘い。だが、これが狛哉のこだまに対する違和感を決定的なものにさせる。
普段の彼女ならば付き合えと、ご主人様の命令にははいかYESかワンで返事をしろと、有無をいわせずに自分のことを連れ回すはずだ。
そんな彼女が犬である自分にお願いするような形で話を切り出したことに何か深刻な事情があるのではと考えた狛哉は、それでも自分らしい雰囲気を崩さぬまま笑顔で彼女に答えた。
「う、うん、もちろんだよ。どこか行きたい場所があるの?」
「……別に、ただ暇だっただけよ。またあのハンバーガーショップでいいわよね? 今日も奢ってあげるから、感謝しなさい」
傲慢なようでそうじゃない。本心を隠しながら自分と会話するこだまの様子をじっと見つめる狛哉は、つい五分前に抱いていた不安を解消しながらもまた別の不安を抱いている。
彼女の身に何があったのだろうか? どうしてこだまはここまで弱って見えるのだろうか?
その答えを知る機会は放課後にあると考えた彼は、ここでは深く追求することはせずにただ黙って首を縦に振って肯定の意を示す。
そんな自分の反応にどこかほっとしたように見えるこだまのことを気遣いながら、狛哉は気持ちを落ち着かせて彼女との話し合いに臨もうと自分に言い聞かせるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます