第15話 ハチ公、ご主人様を不躾な視線から守る
「なあ、おい……!!」
「ああ、わかってるよ」
くくくっ、と喉を鳴らすような笑い声の後で聞こえてきた男子の声を耳にした狛哉が視線だけを動かして彼らの様子を窺う。
自分たちから少し離れた位置にいる二人組の男子……緑色のネクタイをしているということは二年生であろう……が不躾な視線をこだまに向けていることは一目で理解できた。
彼らもまた自分と同じようにテーブルの上に乗せられた彼女の胸に視線を奪われたのだろう。
ただ、その二人と狛哉との違いは、彼女がその視線に気が付いていないことをいいことに凝視を続けているということだ。
ニタニタと笑いながら小さな声で話し合い、無防備なこだまのデリケートな部分を見続ける男子たち。
彼らの目が段々と邪悪な欲望に染まり、懐からスマートフォンを取り出して何かをしようとしている様子を目撃した狛哉は、意を決して口を開く。
「……森本さん、テーブルに肘をついて物を食べないで。お行儀が悪いよ」
「んっ……? 何よ急に? 真面目な顔しちゃって……」
「……胸、テーブルに乗ってる。目に毒だから、気をつけて」
「は……? ~~~~っ!?」
飼い犬からの叱責に訝し気な表情を浮かべた後、続けて彼が発した言葉の意味を理解したこだまが顔を赤くしながら背筋を伸ばす。
これまでテーブルに乗せることで楽をしていた自分の胸と、それに気付いていた狛哉の顔を順番に見つめた彼女は、一気に怒りを爆発させると彼を叱責し始めた。
「このっ、バカハチ! あんたはどうしてそういうデリケートなことをドストレートに言ってくるのよ!?」
「……ごめん。他にどう言えばいいのかわからなくって……」
「そういう気遣いができないから駄犬なのよ、あんたは! 胸がテーブルに乗ってるだとか、目に毒だとか、そんな直接的な表現を使わなくても伝える方法なんていくらでもあるで、しょうに……?」
彼女を不快にさせてしまったことと、恥ずかしい目に遭わせてしまったことを真摯に謝罪し、頭を下げる狛哉。
こだまはそんな彼のことを厳しい口調で責め立てていたのだが、そこで小さく舌打ちが鳴る音を耳にして、驚いた表情をそちらに向けた。
視線の先には、半笑いの顔で自分たちを見つめている上級生の姿がある。
やべっ、といった様子で慌てて顔を背けた彼らはそのまま荷物を手に取ると逃げだすようにして談話室から出ていった。
「……見られてたの、あたし? あいつらに?」
「……うん」
ショックを受けた様子のこだまからの質問を正直に答えた狛哉は、一転して口を閉ざした彼女を心配するように様子を窺う。
自分が男たちの醜い視線に晒されていたことと、狛哉がストレートに指摘をしてきた理由を理解した彼女は、俯きながら口をもごもごと動かし始めた。
「あ、の……その、えっと……」
「……ごめん。また気付くのが遅れちゃった。っていうか、森本さんの言う通り、僕がもっと上手くやれてればショックを受けさせることもなかったんだ。機転の利かない駄犬で本当にごめん」
「な、なんであんたが謝ってんのよ? 別にあんた、何も悪いことしてないじゃない……!」
痴漢の時と同様に、もっと早く、上手くこだまを助けられなかったことを詫びる狛哉。
謝罪する必要なんて何もない彼が頭を下げる姿を見たこだまは、込み上げてきた罪悪感に声を震わせながら呟く。
そこから続く、彼に言うべきことを言葉にしようとする彼女であったが、一気に色んな感情が押し寄せてきた彼女の心はパニック状態になっており、そこから何かを紡ぐことができずにいた。
結局、口を開いたり閉じたりしている間にテーブルを片付けた狛哉の促しによって、二人の話は終わりを迎えてしまう。
「そろそろ行こうか。HR、始まっちゃうしさ」
「……うん」
素直に彼の言うことに従い、席を立つこだま。
狛哉はそんな自分に明るい口調で話しかけてくれるが、胸に満ちる罪悪感が薄れることはない。
きちんと彼に謝ることもできない自分自身の弱さに拳を握り締めながら、こだまはぐっと唇を噛み締め、狛哉への申し訳なさを募らせていくのであった。
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