第13話 ハチ公、ご主人様と売店に行く

「ちょっと付き合いなさいよ、ハチ」


「ほえ?」


 翌日の朝、いつも通りの時間にこだまと共に登校した狛哉は、自分たちのクラスに向かう階段を上る寸前で彼女から呼び止められ、困惑の表情を浮かべていた。

 急に何を言い出すんだと表情で語る彼を見つめながら、こだまは人差し指で自分が行きたい方向を指し示し、何処に行こうとしているのかを告げる。


「購買部に行くわよ。今朝は朝ご飯を食べられなかったから、お腹が空いてるの」


「そ、そうなんだ。寝坊でもしちゃったの?」


「……まあ、そんなところよ」


 購買部で朝食を買いたいというこだまの言葉に頷きながら、彼女の横を歩き始める狛哉。

 割としっかりしていそうな彼女が寝坊をするだなんて意外だなと思う彼であったが、自分たちはまだ出会って三日しか経っておらず、お互いのことをあまりよく知らないのだと考え直し、自分の中の思い込みを正す。

 別に自分に迷惑を掛けたわけでもないし、取り立てて責める場面でもないのだから、軽く流すのがベターだろう。


「それにしたって、別にこっちで買わなくとも一本か二本、バスを遅らせればよかったのに。それでも十分、時間に余裕はあったでしょ? いだだだだっ!?」


「うるさいわね。……少しはご主人様の気持ちを汲み取りなさいよ、ばーかっ」


 寝坊したのならそれに合わせて出かける時間を遅らせればよかったのでは? という至極最もな意見を口にした狛哉の脇腹へとパンチを叩き込むこだま。

 そんなことをしたら自分たちの登校時間がズレてしまうではないかと、彼に合わせるために朝食を諦めた彼女はその答えを口にすることなく、鈍い彼を叱責するようにぐりぐりと拳を脇腹へと押し込んでいく。


 今の発言がどう彼女の怒りを買ったのかわからない狛哉はその執拗な折檻に戸惑いながらも文句は言わず、自分が悪いんだろうなと結論付けてそれ以上は突っ込まない方が賢明だと考えたようだ。

 なんとなくではあるが、怒りの理由を聞いたらもっとこだまを不機嫌にしそうだし……という、見事な直感で更なる危機を回避した彼は、そのまま彼女と共に一階談話室のすぐ近くにある購買部へとやって来た。


「いらっしゃ~い! あら新入生さんね? 色々な物が売ってるから、ゆっくり見ていってちょうだい!」


 狛哉の首に巻かれている青いネクタイを目にした店員の女性が明るい雰囲気で声をかけてくる。

 気のいいおばちゃんという表現がぴったりな彼女に軽い会釈で挨拶した狛哉は、朝食を求めるこだまと一緒に購買部の品揃えを見て回り始めた。


「メロンパンにコッペパン、この辺はどこにでも売ってる品ね。で、こっちが学校近くのパン屋から仕入れてる商品と……」


「コロネとかカツサンドとか、色んな種類があるんだね。どれも美味しそうだ」


 プラスチック製の角バットの中に並ぶ沢山のパンたちを見つめながら会話をする狛哉とこだま。

 しっかりとした朝食になりそうなサンドイッチから小腹を満たすための菓子パンなど、思っていた以上の品が揃っていることに感心するこだまは、気になったパンを次々と手に取っていく。


「まずはクリームパンでしょ。こっちのチョココロネも美味しそうだし、しょっぱい物も欲しいから焼きそばパンも買おうかしら? パンだけだと口の中がぱさぱさになっちゃうでしょうし、飲み物も必要よね……」


「……あの、森本さん? 朝からそんなに食べて大丈夫? っていうか、全部食べられるの?」


 三つ、四つ、五つ……と、そこそこのボリュームがありそうなパンたちを手に取っては自分へとそれを押し付けてくるこだまの食い意地に口の端を吊り上げながらツッコミを入れる狛哉。

 先日のハンバーガーショップでの一件で彼女が大食いであることは知っていたが、朝からその大食漢ぶりを遺憾なく発揮する彼女の姿に若干引いた声を出した彼へと、鋭いこだまの視線が突き刺さる。


「何? 文句でもあるの? あんたに金を出させるわけじゃあないんだから、別にいいでしょ?」


「そりゃあそうだけどさ……その調子でいたら、いつか絶対に太るよ?」


「ハチ? あんた随分と偉くなったわね? ご主人様にそんな態度を取るだなんて、何様のつもりかしら?」


 そう言いながらも最後に手にしたコロッケパンをバットの中に戻したこだまは、舌打ちを鳴らしてから飲み物を選びにパンコーナーから離れる。

 一応、忠告を聞くだけの素直さはあるんだなと、やっぱりかわいいところがある彼女の反応に苦笑を浮かべていた狛哉は、ニヤニヤと自分たちを見つめる店員の視線に気が付くと気恥ずかしさを募らせた。


「あなたたち、仲がいいのね~! 同じ中学出身? それよりもっと前からの付き合いだったりするの?」


「あ、いえ。入学式の日に出会ったばかりで……」


「あら、そうなの!? てっきりもう随分と長い付き合いなのかと思ったわ! でも逆に、まだ数日しか経ってないのにそこまでイチャイチャできるだなんて、将来有望なカップルじゃない!」


「か、カップルなんかじゃないですよ! 僕たちはただの――」


 自分たちのやり取りから関係性を勘違いした店員の言葉を大慌てで否定しようとした狛哉であったが、彼が最後までものを言う前にレジへと商品を置いたこだまが、その言葉を継いで若干怪しい自分たちの関係を彼女へと告げる。


「――ご主人様と駄犬、です。このダメ犬を少しはマシな飼い犬にするために、躾けてあげている真っ最中ですよ」


「あらあら、そうなの? ふふふ……っ! 彼氏さんも大変ね、もうすっかりお尻に敷かれてるじゃない」


「いや、その、僕は彼氏でもないですし、犬ってわけでもない、ということもない、のかな……?」


 ただの友人だと言ってくれればよかったのだが、そうはしなかったこだまの発言を完全に否定できない狛哉が首を傾げながら店員に答える。

 そんな彼の反応を見ながら会計をし、こだまへとパンと飲み物が詰まった袋を差し出した後で、彼女はにこやかな笑みを浮かべて二人に言ってきた。


「いいじゃない! あなたたち、すっごくお似合いよ~! コロッケパンおまけしてあげたから、二人で仲良く食べてね!」


「あ、ありがとうございます……」


 なんだかもう、彼女の中では自分たちはカップルということになっているようだ。

 それを訂正することを諦めた狛哉はおまけしてくれた店員に感謝しつつ、こだまに引き連れられて購買部を出る。


 とにもかくにも、これで買い物は終わったと……目的を達した彼は、前を歩くこだまへと声をかけた。

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