第12話 その日の夕方、下校中のこだま
「……あれは感謝の気持ちというか、助けてくれたことに対するお礼だし、ボタンの一つや二つで騒ぎ立てる必要なんてないし、そもそもブラジャーと谷間を見られたんだから今更その程度で動揺することなんてないじゃない……!!」
一方その頃、速足でバス停へと向かっていたこだまは誰に対して言っているのかわからない言い訳のようなことを何度も繰り返しながら自分を落ち着かせようとしていた。
やや大胆な真似をしてしまったが、要点だけを掻い摘んでいうならば『助けてもらったお礼にボタンを一つあげた』だけだ。
そうとも、ただそれだけ。昨日ハンバーガーを奢った時なんかよりも安上がりで質素にも程があるお礼ではないか。
だから恥ずかしがることなんてない。あれはただのボタンなのだから。
そうとも、ただ自分の胸の圧力に負けて吹き飛んだボタンの内の一つを飼い犬にご褒美としてあげただけなのだから、何も恥ずかしいことではないのだ。
……とまあ、そんなことを考えてもむしろ羞恥の感情が込み上げてくるばかりで、顔の火照りはどんどん高まっているように思える。
下手をすれば開いた胸元から覗く谷間と下着を見られたことよりもこっちの方が恥ずかしいかもしれないと、そんな本心が首をもたげようとしているのを必死に押し殺したこだまは、学校を出てすぐの横断歩道で信号待ちをしている間に気を落ち着かせようと深呼吸をしようとして――
「……っ!?」
――ゾクリと、悪寒を感じて体を震わせた。
ねっとりとまとわりつくような嫌な感覚に周囲を見回し、その出所を探るこだま。
しかし、これといって目立った不審点はなく、一瞬だけ覚えた悪寒もすぐに消え去ってしまった。
……気のせい、だったのだろうか? 今の感覚は心が動揺している自分が、過敏に何かに反応してしまっただけなのか?
少なくとも、こうしてジャージを着て下校している今の自分は目立つだろうし、運動着の上からでもわかるくらいにその大きさを主張している胸の膨らみはいつもよりもそのラインが浮かび上がっているように思える。
よくあることだ。昨日の痴漢やクラスメイトたちと一緒で、通りすがりの男が性欲を込めた視線を浴びせてきたのだろう。
それを自分が過敏に感じ取ってしまったのだと……そう納得したこだまは、信号が青に変わると同時に今までよりも足早に帰り道を駆け抜けていく。
気のせいだ、よくあることだ、別に怖がる必要なんてない。
そう頭の中で繰り返す彼女であったが、その心は言いようのない不安をはっきりと刻み込まれており、ざらつく不快感に蝕まれ続けていたのであった。
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