第9話 ハチ公、ご主人様に服を貸す
「あ、あの、どうしてそんな格好に……?」
「見てわかるでしょ? 吹き飛んだのよ、ワイシャツのボタンが!」
「ぶ、ブレザーは? それがあれば何とか――」
「窮屈だったから脱いで教室に置いてきた。っていうか、それがあったらこんな風に困ってないわよ!」
半ばヤケクソになりながら、顔を真っ赤にして呻くこだま。
自分の現状を狛哉に直接見せることで状況を理解させた彼女は、いそいそと両腕で開き切った胸元を隠すと涙を浮かべた目で彼を見つめながら言う。
「どうにかしなさい、ハチ! あたしが大恥搔く前に、このピンチを乗り切る方法を考えて!」
「ど、どうにかしろって言われても……」
唐突に訪れた危機。こだまにとってもそうだが、自分にとってもとんでもないピンチであるこの状況を脱する方法を考えろという命令に戸惑いながらも思考を働かせていく狛哉。
最も単純なのはブレザーを使って誤魔化すことだろうが、ここまで見事に胸元が開いているとどうしたって隠し切ることはできなさそうだ。
ワイシャツのボタンを修理するにしたって裁縫道具もないし、時間だってかかってしまうだろう。
せめてジャージや体操服といった替えの服があれば……と考えたところで、狛哉ははたと希望を見出した明るい笑みを浮かべ、それをこだまへと伝える。
「ほ、保健室! あそこになら貸し出しの体操服とかがあるはずだよ! そこで服を借りられれば……!!」
「ええ、そうね。で? あたしはどうやってこの胸丸出しの状態でそこまで行けばいいの? 保健室に着くまで誰ともすれ違わないなんて奇跡を期待するのは、いささか都合が良過ぎない?」
保健室ならば体操服を貸してもらえる。そこまで行けば何とかなる。という誰でも思い付く提案をした狛哉に対して、顔を赤くしているこだまが当然の突っ込みを入れる。
こうして腕を組んで胸元を隠していても素肌や下着が軽く見えてしまっている状態である彼女が、保健室に辿り着くまでにこの醜態を曝け出したまま歩いて行けと言うのかと狛哉に暗に問いかけてみれば、彼は少し悩んだ後で自分が着ているブレザーを脱ぎ、彼女へと差し出した。
「あの、これ……っ! まだ新品同然だし、汚くないと思うから……! 僕と森本さんの身長差なら、多少は胸を隠せるはずだよ」
「……なるほどね。確かにこれなら何とかなるかも……!!」
右手に掴んだブレザーをこだまへと差し出し、左手で目を押さえながら刺激的な格好をしている彼女から顔を背ける狛哉。
そんな彼の手から上着を受け取ったこだまは、サイズが二回りは違うそのブレザーを羽織っていく。
「ハチ、あんた身長何cmよ?」
「えっと、大体百八十㎝くらい、です……!」
「ぐっ……!? 約三十㎝差……! 何でそんなにデカいのよ、ハチの癖に!」
「ご、ごめんなさい……」
自分と彼との身長差に愕然としたこだまが、湧き上がってきた嫉妬と怒りの感情を狛哉へとぶつける。
しかし、今はその体格の差のお陰で危機を乗り切れることを感謝すべきだと自分に言い聞かせた彼女は、ぶかぶかのそれに苦戦しながらもそれで体を隠していった。
「くっ……まあ、なんとかなったわ。こっち見てもいいわよ、ハチ」
「うぉぅ……!?」
なんとかなったと言っているこだまであるが、正確にいえば多少はマシになったレベルだ。
サイズ差があるとはいえ、元々胸元が開いているブレザータイプの制服では、完全に彼女の胸元を隠すことは難しい。
ただそれでも上手く押さえれば下着や胸の谷間を隠すことはできており、少なくともワイシャツ一枚のみの状態よりかは目に優しい格好になってはいる。
問題は、明らかにサイズが合っていない制服を着ているこだまの姿がこれはこれで目を引いてしまうことだが……背に腹は代えられないだろう。
後は上手いこと自分が先導して、人目につかないように彼女を保健室まで連れて行けばいい。
自分の上着を着て萌え袖状態になっているこだまの姿を目にして、先程見てしまったその下に隠れているたわわな胸とその谷間の光景を思い返したりしながらもなんとか冷静であり続けようとする狛哉は、あまり彼女を見ないようにしながら声をかけた。
「とりあえず、僕について来て。人がいないタイミングを見計らって移動すればなんとか……森本さん? 話、聞いてる?」
「……そうよ、そうすればいいんだわ。これならまあ、何とかできるでしょうし……」
プランを確認し、どうにか無事に保健室まで彼女を連れて行くべく打ち合わせをしようとした狛哉であったが、こだまはそんな彼の言葉を聞かずに何かをぶつぶつと呟いている。
そうしてから顔を上げた彼女は、何か嫌な予感を覚え始めた狛哉に向かって人差し指を突きつけると……羞恥による赤みが差している顔のまま、彼にこう命じた。
「ハチ、あんたがあたしをおんぶしなさい! それで万事解決よ!」
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