第8話 ハチ公、ご主人様の緊急事態に直面する
入学式の翌日、高校生活二日目のその日は、狛哉にとって少しだけ慌ただしい一日になった。
朝、前日の宣言通りに昨日と同じ時間のバスに乗った彼は、同じくそのバスに乗り込んでいたこだまと共に通学時間を過ごす。
悪行を働いたサラリーマンの姿どころか、昨日と比べて随分と人が少なくなったバスの中で過ごす時間は、痴漢のちの字もないくらいに平和なものであった。
やっぱり無駄な気遣いだった、この程度のことも予想できないなんて本当に駄犬……と、こだまからは叱責されたが、それでも彼女はバスが目的地に着くまで狛哉と話し続けてくれたし、それを楽しんでくれていたようだ。
そんな風に仲良く登校してきた二人の姿は、クラスメイトの注目と話題を一気に掻っ攫った。
休み時間になる度に男子も女子も二人の席までやって来て、根掘り葉掘り質問を投げかけてくる。
昨日の下校デートは何処に行ったのか? 高校入学前からの知り合いだったのか? 正直な話、付き合っているのか?
そういった問いに対して、こだまは上手く追及を躱し、狛哉もまた彼女との契約を守るために曖昧な返答をし続ける。
その対応が逆にそれっぽく見えたのか、二人は入学二日目にしてクラスの面々から一目置かれる存在になってしまった。
あまり目立つことが得意ではない狛哉はこの状況に居心地の悪さを感じていたのだが、こだまの方は平然として一切気にしていない様子だ。
お世辞抜きの美少女であり、トランジスタグラマー……要するにロリ巨乳である彼女は、中学時代からこういう風に他人から注目されることに慣れているのだろう。
昨日と何も変わらない堂々とした態度を見せるこだまはその容姿も相まって既に噂の人物として学校中に存在が知られつつあるようだ。
新入生の中でも指折りの美少女であるこだまと、そんな彼女に引き連れ回される犬である狛哉。
見た目通りの凸凹コンビである二人だが、意外なことにその相性は良好であった。
それが気の強いこだまの傍若無人っぷりを戸惑いながらも受け止められてしまう狛哉の性格のお陰なのかはわからないが、とにかく彼女にぞんざいに扱われながらも飼い犬として尽くす高校生活を始めた彼は、割とそれを楽しんでいる。
まあ、できたらこだまにはもう少しだけでいいから自分への扱いをお手柔らかにしてもらいたいところだが……そういった扱いをしてくるというのが彼女なりの親愛を示す手段だということをなんとなく理解できるようになっていた狛哉は、それもそれで悪くないかというちょっとだけマズい考え方をするようになっていた。
そんなこんなで本日の予定を消化し、時刻は夕方。
帰りのHRが始まる前にトイレに向かった狛哉は、男子トイレを出ると共に大きく伸びをして全身の疲労をあくびとして放り出す。
「ふあ~~……疲れたぁ……」
高校生活がこんな風になるだなんて、全く想像できなかった。
慌ただしくもあり、充実しているともいえるこの日々が、まだ高校に入学して二日目だなんて信じられない。
良くも悪くも、自分の高校生活はこだまによって狂わされてしまったな、と……そう思いながら狛哉が教室へと戻ろうとした時だった。
「ハチ、ハチ……! こっちを見なさい!!」
「えっ……!?」
女子トイレの前を通った瞬間、とても聞き覚えのある声がしたことに気が付いた狛哉が素早い動きでそちらへと振り向く。
そうすれば、軽く開いたドアの隙間から顔だけを覗かせてこちらを見つめるこだまの姿が目に映った。
「も、森本さん? 何してるの?」
「いいからこっち来なさい! 早く!!」
顔を赤く染めた彼女は、何処か必死さを滲ませながら狛哉を呼び続けている。
その様子から尋常ならざる何かを感じ取った狛哉は周囲を見回した後でこそこそと忍び足でこだまの下へと向かうと、女子トイレの扉越しに彼女と話し始めた。
「そこで何をしてるの? っていうか、なんで顔だけを出した状態で僕と話してるの?」
「……いい、ハチ? 今からあなたは何を見たとしても動じず、冷静でいるのよ? わかった?」
「え、あ、はい……」
何だか要領を得ない雰囲気でそう命じるこだまの様子に、きょとんとしながら頷く狛哉。
屈辱や羞恥を必死に押し殺すかのように唇を噛み締める彼女は、体を隠している女子トイレの扉を押し開き、彼の前に全身を露わにする。
「ぶぐっ……!?」
バンッ、と大きな音を響かせながら開いたドアの先に立っていたこだまの姿を目にした狛哉は、その瞬間に驚きで口から大声を出しそうになった。
何とか両手で口を押さえ、それを押し止めることには成功したわけだが、彼の頭は完全にパニックになって混乱してしまっている。
顔色を赤くしたり、青くしたりしている彼の視線が注がれているのは、こだまの胸……身長に見合わない大きな膨らみを見せているそこだ。
いや、今はそれどころの話ではない。なにせ、ただでさえ注目を集めるその部分は今、更に過激なことになっているのだから。
狛哉も今、ブレザーの下に着ている学校指定の白いワイシャツ。その第二と第三ボタンに当たる部分が、完全に吹き飛んでいる。
申し訳程度に留められた第一ボタンのすぐ下からぱっくりと開いた大穴から覗く橙色の下着と、それに包まれたこだまの胸を目撃した狛哉は、完全に言葉を失ってフリーズしてしまっていた。
そんな彼の目の前で拳を握り締め、両目を閉ざし、わなわなと体を震わせるこだまもまた、この姿を狛哉に見せている恥ずかしさに顔をどんどん赤らめている。
おそらくはこうして向き合っていた時間は十秒にも満たない短い時間であったはずだが、お互いに羞恥で何も言えずにいる二人にとってはそれは数十分、数時間とも思える長い時間であった。
何とか思考能力を復活させ、フリーズ状態から脱した狛哉は、頭の中に浮かぶ疑問の中から特に重要であると判断したものをセレクトすると、こだまへと問いかけていく。
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今日はいっぱい更新します
次は9時です
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