到着編
シーラの依頼を受けてから1月、2月経った頃。
とうとうシーラの目的地だという、国があった場所に踏み込んだ。
「わたくしの目的地は、この国の・・・王家の御座所であった場所。そこに着いて、目的を達したら・・・この依頼は、おしまいです。」
「そうか。」
「・・・シュヴェアーツ? どうかしましたか?」
「・・・・・特に、何も。」
「何もない、と言うには魔力が乱れていますよ?」
シーラ。瞳の魔術師。彼女の光拒む瞳は、本来見えぬ魔力を視る。魔力とは感情に左右されやすいから、魔力を視る彼女に私の心の内は筒抜けなのだろう。
「貴女との旅も、もう終わりかと。」
「寂しがってくれたのですか?」
「そうかもしれない。」
「ふふ、らしくなく素直ですね、シュヴェアーツ?」
「貴女に隠し事は無意味であると学習した。」
「まあ!」
他愛ない話に水を差すように、辺りから真っ黒なローブを着た者が現れる。
私の感覚は、それらが全て魔術師であると告げていた。
「我が主より、丁重にお迎えせよと仰せつかっております。どうぞ、こち」
不自然に言葉が止まる。私の抱えるシーラが、被く淡紫の薄絹を捲り上げていた。
「シュヴェアーツ、わたくしの事情に巻き込んで申し訳ないのですが、追加の仕事をお願いしても?」
「私に可能なことであれば。」
「では・・・彼らを、1人を残して殺してください。」
「敵意無き者は生かすべき、なのでは?」
「無為な殺生は確かに嫌いですが、彼らの主が邪魔なのです。その者がいれば、わたくしの目的は永遠に達成することが出来ないでしょう。それで困るのは、シュヴェアーツ、貴方もでは?」
「一理ある。」
「では、お願いします。」
シーラを下ろし、結界を張ったのを認めるや否や襲いかかってきたローブの者どもに血で作った剣を飛ばす。ローブの者どもは避けたが、次の瞬間には斬り裂かれる。私が剣を振り、血の剣の後ろから風の刃を飛ばしていたからだ。
先ほどシーラの魔術を食らった者は、動く気配もない。生かしておく1人はあれでいい。私は私と対峙する全ての者を殺すことにした。
私の身に潜ませた剣を喚び、抜剣。四方から飛んでくる魔術を斬り裂く。
1人に影の刃を伸ばして貫き、もう1人の首を落とす。その間にも魔術が飛んでくるから、斬るのが面倒になって避けた。
(解せない。)
この者どもの魔術はおかしい。放たれる魔術の全てが、死の間際に全魔力を注いで放つもののようだ。
剣を振るう。
今まさに切り裂かれんとする者は、回避行動を取ろうともせずに私に魔術を放ってくる。先程斬った2人もそうだった。これではまるで、死を厭わぬ傀儡だ。
(どうでもいい。)
私の今やるべきことは、この者どもを殺すこと。余計なことなど、考える必要はない。
最後の1人に剣を向ける。その目には、確かな安堵が浮かんでいた。
「終わりましたか。・・・ありがとうございます、シュヴェアーツ。」
「シーラ、この者どもは。」
「・・・貴方ほどの魔術師であれば、気付くとは思っていましたが。気になりますか?」
「ええ。剣を交えた者には興味がある。」
気紛れに吹いた風が、シーラの被く淡紫の薄絹を揺らす。しゃらしゃらと、衣飾りが鳴っている。
「シュヴェアーツ。貴方はこの場所に何があったか知っていますか?」
「魔術帝国、アストルマギア。・・・百年ほど前に滅びたはず。」
「ええ、そうです。しかし、アストルマギアの遺産は未だ存在します。彼らも、その1つなのです。」
自分よりかなり低い位置にある、大地の奥底より取り出した
「彼らは、強い魔術の代わりに意思と思考を喪った生き人形。アストルマギアの負の遺産。」
「シーラ、貴女がわざわざ殺せと言ったのはその為か。」
「ええ、そうです。彼らは命ある限り、誰かの道具でいるしかない。彼らにとっての安息は、死の向こうにしかない。・・・だからありがとうございます、なのですよシュヴェアーツ。彼らの分まで、わたくしから。」
「・・・」
何故貴女がそこまでするのか、そう問おうとした自分に驚く。私は、戦い以外の全てはどうでもいいと、定めたはずなのに。
シーラは私の驚きに気付いているはずだが、何も言わずに生かした1人の者へと向き直る。
「お前の主に、わたくしの邪魔をするなと伝えなさい。わたくしは、アストルマギアの死骸に群がる蛆虫どもに用はない、と。───伝え終わったら、お前に永遠の暇を許しましょう。」
その者はシーラに最敬礼をして、夜の帳の中へと消え失せた。シーラはその者の消えた方向をしばらく見つめてから、私の方に向き直る。
「お待たせしました、シュヴェアーツ。参りましょうか。」
私は剣を身に納め、シーラを抱え上げた。その華奢な体に抱え込んだ物を知ったからか、私にはシーラがより一層折れそうに見えてしまう。
「シーラ、今日はもう遅い。休めるところを見つけたら、移動は終わりに。」
「・・・駄目ですか? わたくし、早く目的地に着きたいのですけれど。」
「歩みの遅い貴女が夜通し歩ける距離など、たかが知れている。こうして私に抱えられて移動した方がよいと分からない貴女ではないはず。」
「シュヴェアーツ、貴方なんだかずるくなっていませんか?」
「貴女から学習した。」
「・・・わたくし、そんなにずるいでしょうか?」
「わりと。」
「本当にひどいですよ、シュヴェアーツ!」
怒って暴れる彼女を、宥めるために軽く背中を撫でる。温かかった。
その後見つけた廃墟で2人、身を寄せ合う。いつもなら目が届く範囲で別々に寝るのだが、今宵は私もシーラも示し合わせたように離れなかった。
私はシーラに離せと言われないのをいいことに、抱き締めたまま。シーラは私の足の間に座って、私の体に身を預ける。
沈黙の中で、シーラはいつの間にか眠りに落ちて。私も、自分のものとは異なる体温を感じながら浅い眠りについた。
ふいに、敵意に目が覚める。敵はまだ遠いため、正体は分からない。が、シーラが言うには、昨日の生き人形と同じらしい。
「わたくしの邪魔をするなと伝えたのですが、聞く気がないようですね。・・・シュヴェアーツ。わたくしの魔術で殲滅しますから、効かなかった者を任せても?」
「構わない。」
「では。」
シーラが瞳を覆うように被いた薄紫の布を外し、魔術を行使したようだ。シーラの使う瞳の魔術は、炎の魔術などとは異なり目に見えない。気付いた時にはもう、彼女の瞳に囚われている。
「おやすみなさい。よい夢を。」
祈りにも似た囁きと共に、生き人形たちの気配が消え失せる。
シーラの望むままに、永久の眠りについたのだろう。
「お待たせしました、シュヴェアーツ。」
「効かなかった者はいない。貴女の魔術は完璧だ。」
「シュヴェアーツ、不機嫌にならないでください。わたくし、遠距離が得意なだけですから。いつもは貴方にお任せしていますし、たまにはいいでしょう?」
「・・・・・。」
「さあ、参りましょうよシュヴェアーツ。わたくしの目的地は、広大なアストルマギア帝国跡地の最奥部にあるのですから。わたくしだけでは、1月経っても辿り着けません。貴方が頼りなのですよ、シュヴェアーツ。」
あからさまなご機嫌取りではあるものの、機嫌は直してやることにした。
「ところで、シュヴェアーツ。貴方に聞きたいことがあるのですが。」
「何を。」
「シュヴェアーツは何故、戦い以外をどうでもいいと定めたのですか?」
過去を詮索しない。これは暗黙の了解事だった。それを破ったシーラに、怒りよりも先に疑問が湧いてくる。
「何故、今更。」
「ずっと気になってはいたのです。戦い以外をどうでもいいと定める割にはわたくしのわがままも聞き入れてくれますし。・・・シュヴェアーツ、貴方は優しすぎると思うのですよ。そんな掟を自身に課すには。」
「答えになっていない。」
「そうですね。これは確かに、疑問の続き。」
シーラは躊躇うように、光映さぬ瞳を彼方に向けた。彼女の瞳の中では、空でさえもが紫闇に染まる。
「ここがわたくしの過去だから、でしょうか。」
そんな気がしていた。この地に着いてからのシーラは、妙に感傷的だったから。
「わたくしここに来てからずっと、わたくしの
自身を嘲笑う笑みを浮かべたシーラから視線を外す。彼女には今、私が動いたということぐらいしか分からないのだろう。
「私は、拾われ子だった。私を拾ったのは傭兵団で、彼らに育てられた私も当然のように傭兵になった。」
シーラが今どんな表情をしているのか、私にはそれを見ることが出来た。が、あえてそれはしなかった。
遠い山の稜線を眺めつつ、淡々と言葉を連ねていく。
「私には才能があったらしく、さらには魔剣を従えることが出来たこともあって私を拾った傭兵団の名は上がっていった。」
シーラは口を挟まず、私の言葉を聞いている。
「ある時傭兵団はその名声故に囮とされ、私以外の全員が死んだ。」
「恨まなかったのですか。貴方の仲間を囮にした者どもを。」
「傭兵とは、そういうものだ。付く方を間違えただけのこと。・・・だが、思ってしまった。私が手を伸ばさなければ、彼らは囮にされることはなかったのかもしれないと。」
「だから貴方は、戦い以外を求めることを止めたのですか?」
「ええ。1人でいれば、仲間を失うことはない。あらゆるものを薙ぎ払う力を持てば、1人でも生きていける。そうして私は剣の魔術を得、
ふふ、と微風のような笑いが聞こえた。シーラは私の頬に手を伸ばし、両手で私の顔を挟んで私の額に自身のそれを合わせる。
「シュヴェアーツ、貴方はやはり、優しい人です。・・・優しすぎるぐらいなのに、とっても不器用。」
「優しくなどない。私は理不尽に、数え切れないほどの命を奪った。」
「わたくしとて同じことです。・・・・・ねえ、シュヴェアーツ。貴方はわたくしが想像できないほど沢山を、諦めてきたのでしょう?」
諭すように穏やかに、シーラは言う。それは確かに誘惑で、確かに赦しだった。
「望んでいいのですよ、シュヴェアーツ。失うことが怖いなら、強い貴方が守ればいい。傷付けることなんて、恐れなくともいいのです。
そうでしょう、と微笑むシーラに、私は問うてしまった。
「いいのか、望んで。」
「いいのですよ。亡き人を想うことは尊いことですが、亡き人に囚われることは彼らへの侮辱なのですから。」
合わせた額を離そうとするシーラを止め、私たちはしばらくの間額を通じて熱を共有する。
昨夜と同じだった。お互いの抱える不安に擦り寄り、傷を舐め合っているだけ。言葉すらも交わさずに、ただそこにいるだけ。
私たちには、それで十分だった。
「私は語った。次は、貴方の番だ。」
「そうですね・・・シュヴェアーツ、下ろしていただけません?」
地に膝を付き、シーラを立たせてやる。シーラは円を描いて踊るように、私から距離を取った。1歩踏み出せば届くけれど、手を伸ばしただけでは届かない絶妙な距離。
「わたくしは、この場所がまだアストルマギアであった頃に、高い身分の家に生まれました。生まれつき世界を見ることは叶いませんでしたが、魔力が多いこともあって不自由したことはありませんでした。」
くるりと回る。しゃらりと衣の飾りが鳴る。
「そんなある日、戦が起きました。いつものような小競り合いではなく、アストルマギアを滅ぼさんと大陸中の国が結託し、宣戦布告してきたのです。」
動きが止まる。踊り子の領巾のように揺れていた薄紫の布だけが、余韻にはためいている。
「ところでシュヴェアーツ、貴方は傭兵としてその戦に参加しましたか?」
「ああ。」
「では、アストルマギアの栄華を支えた3つの兵器は知っていますか?」
「・・・知っている。」
振り返って私の言葉を待つシーラ。彼女の周囲に突然、魔力の揺らぎが発生した。
「シーラ」「ええ──よく存じ上げておりますとも。魔術帝国アストルマギアの栄華を支えし3つの魔術兵器のことは。」
シーラの纏う衣と同じような、アストルマギアの伝統装束を纏った蛆虫は、馴れ馴れしくシーラの肩に手を置き上機嫌に語る。
「あらゆるものを喰らい尽くし、成長し続ける
その鳴き声に死者は目覚め、生者を列に手招く
そして・・・一睨みで心を奪い、人弄ぶ
蛆虫は己が貪る死骸の大きさに己の強さを勘違いしているようで、今も彼女の肩に手を置いたまま。
「その中でも最強にして至高たる貴女さえいれば、我が一族の悲願は、魔術帝国アストルマギア再興は果たされる! ・・・そうでしょう? アストルマギア王家最後の生き残りにして、
高らかに詠い上げた蛆虫の手を、シーラは払い落とした。心の底から不愉快であるという気持ちはよく分かる。私もだからだ。
「わたくし、お前のような者に名を呼ぶことを許した覚えもなければ、触れる許可を与えた覚えもありません。それにわたくし、言いましたよね? わたくしの邪魔をするな、アストルマギアの死骸に群がる蛆虫どもに用はない、と。」
「誠に失礼致しました。・・・僭越ながら申し上げますと、貴女ほどの方にこの者は相応しくありません。これからは我らが責任持って、貴女様にお仕えさせていただきます。」
口では味方のようなふりをしているが、結局の所シーラを使い自分たちがより美味いものを食おうとしているだけだろう。
蛆虫の言葉を聞いたシーラは酷く愉快そうに、声を出して笑い出した。それから、私に目線を向ける。
「やはりお前たちは、わたくしに相応しくなどないですね。例え魔術師でなかったとしても、彼の価値がわからないなんて。」
シーラの被く薄布が風に揺れ、深い紫の瞳が露になる。蛆虫はその瞳を怖れるように、シーラから少し離れた。
「シュヴェアーツ、わたくし実は、貴方のことを前から知っていたのですよ? あの戦で、貴方はとても目立っていましたから。」
真っ直ぐにこちらを見つめるその視線に、私も昔を思い出した。その視線が、戦場で時折私を視ていた視線と同じであることに。
「馬鹿な! 只の人間が百年近くも生きられるわけがない!」
「馬鹿はお前の方でしょう? 何故わたくしがここに居ると思っているのですか。百年近くも生きたからですよ? 魔術は理の外にある業。それ故にわたくしたち魔術師は、時に理を外れるのです。」
蛆虫が初めて私を直視する。蛆虫の体が、みっともなく震え始めた。
「有り得ない・・・銀髪金眼、黒衣を纏う剣士だと?! ・・・・・何故貴様がここにいるのだ、鯨殺しの
叫びは虚しく草間に響く。答える者など、応じる者などいないのだから当然だった。
「さて、シュヴェアーツ。いい加減に旅に戻らねばなりませんね。」
「一度依頼を受けたからには、依頼は完遂させる。」
「そういえば、報酬は何がいいか聞いていませんでしたね、シュヴェアーツ。金銀財宝ならば幾らでも用意出来ますが、シュヴェアーツ、貴方興味無いでしょう?」
「そんなもの、既に腐るほど持っている。貰っても困る。」
「正直ですね。では、何がよいのです?」
私は兵器と呼ばれた目の前の人物を見下ろした。華奢で、お人好しな女王を。飢えた狼に歯を立てることを赦した、憐れで愚かな兎を。
「では、貴女を。」
愉しげに、紫の瞳が細められる。薄桃色の唇は、艶やかに弧を描いていた。
口元に手を当て、身体中で笑いながら。瞳の女王は再び、剣持つ餓狼に赦しを与えた。
「いいですよ。」
いつの間にかすぐ傍に立っていたシーラを片手で抱え上げる。空いたもう片方の手に、魔剣を取り出した。
「悦びなさい。このわたくしに看取られることを。」
「嘆くがいい。私を敵に回したことを。」
一閃。蛆虫は呆気なく、地面に転がった。
「さて。同じアストルマギアの負の遺産として、お前たちの正統な主の最後の1人として。」
衣飾りの鳴る音と共に、シーラが常に被いていた淡紫の薄絹を外した。手の中に収まりきらず、だらりと垂れた透けるように薄い布。夜に浮かぶ月に照らされて、不可思議な紋様が見えた。
シーラの魔術を封じる、この上なく儚い檻。
「汝らの、長きに渡る献身に報いましょう。」
瞳が、開かれた。
私の、世界の、何もかもを視通すような強烈な視線。
その瞳に平伏すように、生き人形たちが倒れて行く。一斉に、誰も彼もが、倒れて逝く。
「・・・おやすみなさい。その眠りが、妨げられること無きように。」
シーラの手が踊る。その手から溢れ咲くのは、鮮やかに青い炎の花。骨すら残さぬ貪欲な花は、瞬く間に眠る生き人形たちを覆い、食らい尽くした。
「参りましょうか、シュヴェアーツ。この旅を、終わらせに。」
「ああ・・・。」
この旅の終わりには、今宵のような満月が相応しいから。
シーラの手が描く軌跡は光となって、一時夜を照らす。描き出されたそれは、転移の魔術を示すもの。
世界が揺らぐ。目眩にも似た感覚と共に、視界が出鱈目な色の奔流に呑み込まれ、緑の中に埋もれる廟へと再構築されていく。
初めて体験する転移後の不快感と、転移が使えたことに対する感嘆や今まで使わなかったことへの非難なんかがごちゃ混ぜになって、私は口も開けない。
シーラが無言なのも、同様の理由だろう。
「・・・やはり、魔力に合わない魔術はいけませんね。使えるとはいえ、使ったのは早計でした。」
下ろしてくれと乞われるままに、シーラを下ろす。ただし、今度はすぐ後ろに付いた。
「・・・ここは?」
「わたくしの家族に当たる者たちが埋葬された霊廟です。と言っても、首が無いのが殆どなのですけど。」
持っていかれてしまいましたから、と惜しくもなさそうに言い、シーラは扉に額を寄せた。
「ねぇ・・・わたくしの、愛しく愚かな家族たち。アストルマギアが滅びて百年経っても、あなたたちはあの世で変わらず愚かに過ごしているのでしょうね。・・・わたくしがここに来たのは、墓参りが遅れたことを詫びるため。それから、次会う予定を伝えに。」
「次会う時は・・・幾百、幾千の時の向こう。わたくしが死んで、そちらに渡るその時に。」
さようなら、わたくしの愛しく愚かで、それでも家族であったひとたち。
そう言って霊廟の扉に口付けるシーラを、私は後ろでずっと見ていた。
しばらくして、シーラが私を振り返る。嫋やかに浮かぶ微笑みに、彼女の次の言葉を悟った。
「長らく付き合わせてしまいましたが、これにてわたくしの依頼は終わり。わたくしをここまで無傷で連れて来て下さったこと、感謝致します。」
美しい礼と、感謝の言葉。愉しそうに笑って、シーラは私に向かって手を差し伸べた。
「さぁ、報酬をどうぞ。」
「───頂こう。」
手を掴んで引き寄せ、旅の途中と同じ様に抱え上げる。珍しく、己の口の端が上がっているのを感じた。
「シーラ、近くにゆっくりと休めるような場所は?」
「南の方角に貴族のための避難所があったかと。魔術で保護されているので、今すぐにでも使えるはずですよ。」
「そうか。」
シーラに導かれ辿り着いた場所は、貴族の私室を地中に埋めたかのような部屋だった。
豪奢な寝台にシーラを下ろし、ゆっくりと覆い被さる。シーラは、何も言わずに横たわったまま。これから私が彼女に行う、非道と言われて仕方がない行為を受け入れるかのように。
小さな耳に口を寄せ、囁く。これから食らうと、宣言するように。
「憐れなことだ。私のような者を赦すから、こうなる。」
戦い以外を求めることを止めた
そう告げれば、果たしてシーラは微笑んだ。
「やはり貴方は優しいひと。本当に獣なら、逃げる隙など与えず牙を立ててしまうでしょうに。」
さらさらと、私の髪をシーラが撫でている。
「
視ているうちに、情が湧いてしまったのですよとシーラは言い、髪を梳くのを止めた。
「だから・・・いいのですよ、シュヴェアーツ。求めてください。欲してください。・・・・・他でもない、わたくしを。」
3度目の赦しで、誘惑で。初めての、欲望だった。
シーラの肩に顔を埋めて、願われるままに、望まれるままに私は乞うた。
貴女の名を、と。
彼女は幻想のような美しさで微笑んで、告げる。
「わたくしは
「私は
名を教え合うことは、魔術師にとって特別な意味をもつ。私はその余韻に酔うように、浸るように身を起こした。私の腕の中に彼女がいるということに、もう我慢出来る気がしなかった。
「フィフィナ。貴女の身も、心も。過去も未来も現在も、全て私のものだ。」
「えぇ───望むところです。」
私は大きく口を開け、
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