第二十八話 復讐のために

 「炎波斬えんぱざん!」

 上段で構えられた剣が真っ直ぐに振り下ろされた。

 剣の軌道は炎を纏った斬擊波となり、燕が空を飛ぶがごとくケミカルギートに迫る!

 さらに、「もう一発!」ユースは剣を構え直すと、左から右へ横一文字に振り抜いた。

 もう一つ斬擊波が生み出され、最初の縦方向の斬擊波と合体し、十字架となって今、まさにケミカルギートを殉教させんとしていた。

 すると、ケミカルギートが右腕をゆっくりと広げた。

 伸ばした右腕を素早く左に移動させた。

 するとどうだろう、今まで確かに何もなかったはずのその空間に、帯状の煌めく無色透明の物体が現れたではないか。

 その物体は炎波斬を意図も容易く受け止めた。

 あまりにも予想外の出来事に、ユースはショックで剣を落としそうになった。

 「い、今のは……今のは、一体何が……?」

 困惑するユースを見てケミカルギートは得意顔になった。

 「おやおや? それを見抜くのも、自然戦士として必要な能力ではありませんか?」などと煽ってくる。

 ユースの感情の中に「対抗心」が生まれた。

 剣の切っ先をケミカルギートに向ける。

 「コマンドレシーバー、『ポイントメイク』!」

 コマンドレシーバーの六角形が変化する。


・持久力10

・攻撃力10

・防御力10

・想像力50

・抵抗力10

・瞬発力10


 「炎弾連打ミトラリアトゥリーチェ!!」

 切っ先から炎の弾が次々に発射される。それはまさに機関銃のようだ。

 炎の弾は無色透明の物体に直撃、物体は黒い煙となった。

 相手の盾を突破し、そのままの勢いで後続が次から次へとケミカルギートに迫る。

 ふと、ケミカルギートが右腕を正面に構えた。

 そして次の瞬間、ケミカルギートに直撃するかと思われた炎弾は、直撃する寸前で跡形もなく消え去ってしまった。

 「言ったでしょう、私に遠距離攻撃は攻撃は通用しないと。」

 笑うケミカルギート。

 それを見て焦るユース。

 焦ったあまり、何故攻撃が効かなかったのかなど考えず、次の攻撃の準備を始めた。

 「P-21、再充填リ・アップロード」ユースがコマンドレシーバーの画面をタップすると、左手に持っていた銃が粒子に変換され、コマンドレシーバーに吸収された。

 そして「装備~P-21~」のICカードを取り外し、代わりに「装備~トルネード・オブ・ザ・サン~」を挿入した。

 「トルネード・オブ・ザ・サン、召喚ダウンロード

 ユースがコマンドレシーバーの画面をタップすると、コマンドレシーバーから光る粒子が流れ出てきた。

 ユースが左手を伸ばすと、左手に剣の柄、それから刀身が形成された。

 それを見てケミカルギートは何を感じたか、ほくそ笑んだ。

 「ほほう、二刀流の戦法スタイルは記録にありませんねぇ……楽しみです」

 ユースは負けじと言い返した。「調子に乗るなよ、二刀流戦術の練習相手になってもらう! ポイントメイク!」

 また六角形の形が歪む。


・持久力10

・攻撃力30

・防御力10

・想像力10

・抵抗力10

・瞬発力30


 ユースは右足を引き、半身の状態で構えた。

 一方、ケミカルギートは直立不動。なにもする仕草を見せない。

 膠着する二人。

 東から風が吹き、街路樹のアーモンドの花びらを散らした。

 ユースは靴底を爆発させ、反動で一気に相手との距離を縮めた。

 「『太陽剣舞』!」

 ユースは次々に剣による攻撃を繰り出した。

 右手の剣を左から右へ振り抜き、その勢いで左手の剣を突く。

 左腕を素早く胸に引き付け、両方の剣を右下から左上へ素早く振り上げた。

 ユースの手がひらめくと、右の剣が向きを変え、地面を向いた。

 右の剣を正面に力強く押し出す。

 そして足を組み替え、体を左にひねって回転切りをお見舞いする。

 そのすべての攻撃が命中したはずだった。


 「おやおや、その剣本当に刃はついているのですか?」


 ケミカルギートには傷一つついていない。

 ユースは正直泣きそうになった。

 「くそおおおお!!お前の体どうなってるんだ~~~!!!」

 ユースは半狂乱になりながら右手の剣をケミカルギートの胴にたたきこもうとする。

 ケミカルギートはトルネード・オブ・ザ・サンを素手でつかんで止めた。

 「『ルグージネ』」とケミカルギートが言葉を紡げば、たちまち奴の手に触れている剣がさび付き、ボロボロと崩れてしまった。

 「そ、そんな……!!」ユースは絶望し、脱力して膝から崩れた。

 両手から双剣(片方は剣だったものだが)が離れ、地面に横たわった。

 ユースの双眼から戦意が涙となって零れ落ちた。

 そんなユースを見てケミカルギートは笑う。

 「確かに、あなたは素晴らしい才能を持っている。しかし、その程度では、我々の敵ではありませんね」

 ユースは心神喪失者のようにボソッとつぶやいた。「上級ギート? なんだその安直なネーミングは……」

 ケミカルギートは痛いところを突かれて多少表情を曇らせたが、それでも余裕を崩さない。

 「さて、今ここで生かしておけば後々迷惑な存在になるでしょうし、息の根止めさせていただきますね」

 ケミカルギートはユースの頭を鷲掴みにして、ゆっくりと持ち上げた。

 (ああ、死ぬんだな、僕。こんなところで、任務も半ばのまま、何も成し遂げられずにあっけなく死ぬんだな……エリー……ナーサ……ソフィア……みんな……ごめん……)

 何もかもあきらめかけたその時、


 「犯罪者ヲ確認、排除シマス」


 とたんに、今まで成熟を保っていたドローンたちの機銃が火を噴いた。

 1秒間に10発の速度で発射される7.62㎜弾は、遠隔操作ながら正確にケミカルギートの頭を撃ちぬいた。

 「ぐわああああああ!!!」ケミカルギートは不意打ちを食らって地面に倒れ伏した。

 「あれ……僕、生きてる……?」ユースは何が起こったかわからない顔で周りを見渡す。


 「やあ、ユース君!無事かい!?」


 上空から聞こえる聞き覚えのある声。

 ユースが空を見上げると、ゆっくりと降りてくる自然戦士がいた。

 ケミカルギートと対照的な白衣を身にまとい、しかし本人の体は黒く、それがコントラストを生み出してどことなく神秘的な雰囲気を醸し出す。

 「ジェームズ!!」ユースは嬉しさのあまり叫んだ。

 「き、貴様! 『黒雷こくらいのジェームズ!!』」ケミカルギートは青ざめたような表情で叫んだ。「そうか、ドローンを動かしたのも貴様か!」

 「当たり前でしょ」とジェームズが吐いて捨てたように言う。「このドローン、うちの父さんの会社のだからね。マスターコントロールは自分が権限持ってるから、もうジャックしても無駄だよ」

 新勢力の登場になぜか見たこともない焦りっぷりを見せるケミカルギート。

 「クソッ、今日のところは撤退だ。だが、来るべき復活祭パスケアでは確実に殺す!!!」そう言うとケミカルギートは何か白いものを投げつけてきた。

 投げられたのは煙幕だった。空中で炸裂し、あたり一面を煙で覆う。

 煙が晴れた時、もちろんケミカルギートの姿はそこにはなかった。

 「なんで……」ユースは訳が分からなかった。「なんでジェームズを見たケミカルギートはすぐ逃げちゃったの?」

 「さあ、なんでだろうね」ジェームズは笑みを浮かべて答えた。

 途端に、ユースの背筋に何か冷たいものが走った……ような気がした。

 ジェームズの乾いた笑いを見て、ユースの第六感が何か感じたのだろうか。

 ユースはとっさに話題を変えた。「あのさ、なんであのギートは僕と、エリーの命を狙ってたの?」

 「そんなの決まってるじゃないか」とさらっというジェームズ。

 「『復讐』だよ」「復讐?」いきなりそんなこと言われても、心当たりがないよ。と、ユースは思った。

 「そんな心当たり無い、とか思ってないよね?」おっとジェームズ、ユースの心を見透かしてきた。

 ユースは「ああ……うん」というだけだった。

 「まあ君たちに恨みがあるのはケミカルギートじゃなくて、なんだけどね」

 「もう一人? 最初から二人で襲撃していたのか?」うつむき加減だったユースの顔がばっと上がってジェームズの目を見る。ユースが身長157㎝、ジェームズが178㎝なのでユースの首にかなり負担がかかる。

 そしてユースが今思っていることを叫んだ。「エリーが危ないじゃないか!!」

 「ああ、エリーなら大丈夫じゃないかな」と表情を崩さずに語るジェームズ。

 「ほら、あっちから飛んでくるよ」と不意に明後日の方向を指さした。

 ユースが頭の中でクエスチョンマークを量産していると、ジェームズがさした方向から人影が飛んできた。

 「エリー!?」まさか本当にやってくるとは。ユースが呆気に取られていると、エリーが二人の前に着地した。

 「ユース、大丈夫!?ケミカルギートと遭遇したって聞いたけど……!」エリーはとても心配してそうな声で言った。

 「大丈夫だよ、ジェームズが助けに来てくれたから……あ、抱き着かなくていいから。」エリーのタックルを避けながら言った。

 「それより、エリーは大丈夫なのか?こんなに早く戦闘が終わるのか?」ユースがケミカルギートと戦った時間、わずか1分半である。

 「大丈夫よ!あんな奴簡単に追い払ってやったわ!!」とエリーは得意そうに話した。



 ユースがケミカルギートと対峙するとほぼ同時刻。

 「ついにおいでなすったわね、犯罪者ショーンの残党!!」

 エリーはその自然戦士に銃を向けながら殺気を放っていた。

 「私はショーン様の遺志を受け継ぎ、ブリデラント王室とあの憎きユース・ルーヴェを排除するのだ!」

 そう高らかに叫ぶのは砂塵戦士、テッド・マクドナルド。

 第十六話~十八話にて、ブリデラント王室のプライベートジェットをハイジャックした一味の残党である。

 十人のうち、六人は国王ヘンリーによって氷漬けにされ、一人(ショーン)は首を氷で貫かれた。

 三人がエリーを連れたユースを追うが、ユースがそのうち二人を殺害。

 そして最後の一人、つまりこのテッドは、凶変したユースを見ておじけづき、逃げたのだった。

 「死ねええい!!!」テッドが剣をエリーめがけて振り下ろす。

 しかしエリーにその刃が触れる前に、エリーの放った弾丸が剣をたたきつけた。

 その反動で剣が吹っ飛び、テッドは丸腰となった。

 エリーが素早く左手でテッドの首を鷲掴みにし、凍らせて固定したところで、いよいよ仕上げとばかりに氷結銃をテッドのこめかみに突きつける。

 「ひいいいいいいい!!! 助けて!まだ死にたくないいいいいいい!!!」テッドは急に態度を変え、命乞いを始めた。

 「助けてください!許してください!!何でもしますからあああああ!!!」

 これにはいくら血も涙もない戦闘モードのエリーもあきれ果てた。

 「なんなのこいつ……王家にたてついたくせにこんなビビりなの?殺す価値すらないわね……」極限まで呆れたエリーはそいつを放してやった。



 「……そういうことだったのよ」

 「なるほど……」ユースも心から呆れていた。

 すると、ユースは急に思い出した。「そうだ、今は職務中だった……謝肉祭カルネヴァーレが終わるまでは警備を続けなきゃ……」ユースは結構ワーカホリックになってた。

 するとジェームズが「ユース君、その精神状態では任務続行は不可能じゃないか?」と言い始めた。

 「そうよ、顔色悪いわよ?皇帝陛下やロキには話しておくから」エリーも同調した。

 「いや、僕は……」ユースがそう言いかけた時、左腕のコマンドレシーバーに通知が入った。

 ローマンド帝国皇帝、オクタヴィアヌスからのメッセージだった。

 『伝達、皇帝オクタヴィアヌス・クラウディウスから太陽戦士ユース・Aアルペジオ・ルーヴェへ

任務終了、撤収しなさい』

 「……太陽王はなんでもお見通しか……」ユースは小さく笑った。



第二十九話 四旬節特別強化訓練① に続く

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自然戦士 江葉内斗 @sirimanite

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