第十五話 ストレス、苦悩、甘い物
ソラントでの戦闘が終わって、エリーとナーサがナポレード市立病院に搬送されてから、ユースがウルフギートをローマへ護送し、皇帝オクタヴィアヌスから報奨金八十万エウローをもらった後の話。
「はぁ……自然戦士になってまだ三日目だってのに、随分な重労働させられるものなんだな……」玉座の間から出てきたユースは、初めて生きるか死ぬかの戦闘に身を置いたことで肉体的にも精神的にも疲れていた。
「ちょうどお昼時だし、城の食堂で何か食べるか……」
ローマンド城にある食堂は、兵士なら格安で使用することができる。
どれくらい安いかというと、カレーライス百五十エウロー、ラザニア百八十エウローなど、相場の半額以下で一流のシェフの料理が楽しめるわけだ。
「あ~らユースちゃん、よく来たわねぇ! あんたもっと食べないと身長伸びないわよ!」
まあ、このように一流のシェフといえど気品も一流とは限らないのが残念なところだ、とユースは思っていた。
「そういうの良いんで、ハンバーグ定食一つ。」ユースはこの給食のおばちゃんみたいなシェフが苦手だった。
シェフの名はカタリナ。性格こそユースにとっては面白くないが、宮廷料理人に選ばれるほど料理の腕は一流。
「はいどうぞ~! おばちゃんが丹精込めて作ったハンバーグ定食だよ~!」
食堂のハンバーグ定食は国産小麦粉を使用したロールパンに加えて、国産牛百パーセントのハンバーグ、国産野菜をふんだんに使ったサラダ、デザートにティラミス(カカオと砂糖だけは国産化できなかった)と、素材にもこだわった豪華な仕様となっている。
カタリナとのやり取りでまたストレスが溜まったユースだったが、ハンバーグを一口食べたとき、歯を程よく刺激するひき肉、口の中にほとばしる上質な肉汁、鼻を突き通る香ばしいデミグラスソースの香りによって、無意識ながら顔をほころばせていた。
作者に欠片でも絵心があったのなら、ユースの貴重な満面の笑顔シーンをお届けできただろうが、残念だ。
さて、腹を満たしたユースは、一度兵舎に戻った。
お腹いっぱいになって眠気が強くなったのか、ユースはベッドの上に身を投じ、一時間程うたた寝した。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
少しでも眠るとすぐ悪夢を見てしまう。
目が覚めたのは午後二時半頃。
ふらつきながらユースは食器棚の扉を開けた。
そしてエスプレッソの瓶を取り出し、マグカップに小さじ二杯叩き込んだ。
それからやかんを掴んで水を入れると、太陽戦士の力で熱を送り込んで瞬時に沸騰させた。
熱湯をマグカップに注ぎ込み、一瞬でできたアツアツのエスプレッソを一口で飲み干し、大きくため息をついた。
「ふぅ……太陽戦士になってよかったことの一つは、猫舌が治ったことだな。」
それからどこかへ遊びに行こうかと思ったが、残念ながらユースにはまだやることがある。
ユースはすぐミラニアに飛んだ。
「あ! ユース兄ちゃんお帰り~~~~!」いつ帰っても聖ミネルヴァ孤児院の子供たちは暖かく迎えてくれる。
ユースは無邪気な子供たちの笑顔に、一瞬言うべきことを伝えようか迷った。
(言わなきゃ……サンドロ院長がどうなったかを)「ねぇお兄ちゃん、院長先生帰って来ないんだよ~。」
ギクッ
「ギートに殺されてんじゃねーの?(笑)」
ギクギクッ
「……ユース兄ちゃん?顔色悪いよ?」
「いや心配しないで、時速七百二十キロで飛んで来たから酔っただけ……」
「ねぇねぇ、それよりも院長はどうなったの~?」
「ああ、そうだ……」幼い子供たちになんて伝えたら良いのか分からず、ユースはしどろもどろ。
「ユース兄さん、ちょっと来て。」すると、ユースより一回り背の低い少女に手を引かれた。
「ちょっとソフィア? どこ行くの?」わけもわからず外に連れ出された。
少女の名はソフィア・モンタニーニャ、十四歳。
ユースとナーサが孤児院を旅立ってからは最年長だ。
「私、知ってるんだからね。兄さんって嘘つくの下手だもん。顔見れば分かるよ。」
「……わかったよ。君には真実を話しともいいかな。」ユースはすべて話した。サンドロ・ポティチェリの正体がギートであったこと。それを倒したのがユース自身だということも。
ソフィアは話を静かに聞いていたが、やがて顔色が変わった。「……嘘だ。院長先生がそんなわけない!」
「自然戦士はみんな鎧にカメラが装着されている。映像を見てみるか?」ユースはコマンドレシーバーをちょちょいと操作すると、ナーサ救出作戦の一部始終をソフィアに見せた。
「そんな……本当に院長先生がギートだったなんて。」
「信じた?」「うん。ユース兄さんが嘘つくわけないもんね。」子供たちの中でずば抜けた頭脳を持つソフィア。映像を見た彼女は素直に事実を信じた。
「しかし、ほかの子には何て伝えたものか……」
「そういうことなら、私に任せて!」ソフィアは無理に作った笑顔で答えると、孤児院に入っていった。
「みんな聞いて。」ソフィアの凛とした声で子供たちの注目が集まった。
「院長先生はね、悪者に攫われちゃったの。」「え~!」「そうなの~!?」
「でもね、いつかユース兄ちゃんが取り返して来てくれるって!」「わ~い!」「さすがユース兄ちゃん!!」
ユースの顔が曇った。
「ちょっとソフィア来なさい。」今度はユースがソフィアを連れ出した。
「いくら何でも僕が連れて帰るは無いでしょ!? そんな嘘長く持たないよ!」
「そんなことないでしょ。あの子たち素直だし。まあ大人になってから真実を知ることはあるかもね。」
「僕は責任を持たないからな。」
「いいわよ。ところで、」と言いかけたところで、急に赤くなってしまった。
「どうしたの?」「あっあの……馬鹿だと思われるかもしれないけど、私……い、院長先生のお墓作りたい!」
「賛成。」
「やったあ!ありがと……え?いいの?」
「僕は院長はカメレオンギートに殺されたと思っているからね。」
「ありがとう……!」ソフィアの目から涙がこぼれた。
院長の事を思い出したのだろうか。ユースも少し泣きそうになった。
その後、ユースは隣町のフィロート(ミラニアとの距離は約二百五十キロ)まで飛んで、新たに孤児院で子供たちを世話してくれる人を探した。
そして、ある保育士をしていた老女と、介護士の男性が来てくれることになった。
特に介護士の男性に関しては、なんと今までの職場を辞めてまで、ほぼボランティアである孤児院経営に参加してくれた。
「私の働いている施設はたくさんの職員がいるので、一人くらい減っても気にしないでしょう。」
「本当に……本当にありがとうございます!!」ユースは涙を流しながらお礼を言った。
ミラニアを後にしたユースは、エリーとナーサの見舞いに行くために、ローマまで飛んで見舞いの品を探した。
ローマンドといえばティラミスが有名だが、ほかにもローマンド発祥のスイーツはある。
ユースはビスコッティという焼き菓子を買いに、オッティモモールにやってきた。
「このチョコ味のビスコッティがおいしそうだな。」それは五個入りの箱で三千エウローもする高級品だった。
しかし、自然戦士は高給取りである。それを二箱買い、ついでに自分用にもう一つ買った。
ユースは外の壁に寄りかかりながら、ビスコッティを一口かじった。
サクサクと音がする香ばしいクッキー生地に、アクセントを与えるチョコチップ。
仏頂面のユースも笑顔。
ナポレード市立病院に着いたころには、日はすでに西に傾いていた。
「ユース・ルーヴェです。エリー・スチュアーテラートの病室はどちらですか?」病院のラウンジで受け付けの看護師に聞いた。
しかし、「恐れ入りますが、スチュアーテラート様は現在面会謝絶でして、ご家族の許可をお持ちでないお客様には合わせるわけにはいきません。」と軽くあしらわれてしまった。
どうすれば良いか分からず右往左往していると、廊下からある男がやってきた。
しかしその男、やけに雰囲気が違う。
服はなんか王様が来てそうなマントだし、王様がつけてそうな王冠を頭にかぶってるし、後ろから三人の騎士が男の周りを護っている。
(絶対どこかの国の君主だ!!)ユースじゃなくても直感的に思うだろう。
すると、王(たぶん)がユースに話しかけてきた。
「君がユース君かね?」「は、はい!ユース・ルーヴェです。」この男は誰だ? 何でここに? なぜ僕を知っている?
その答えは何とも意外だった。
「私はヘンリー・スチュアーテラート。ブリデラント王国の国王を務めている。」
「え!? じゃあエリーの……」「ああ。エリーは私の娘だよ。」
エリーの父親に先導されてユースはエリーのいる病室に入った。
エリーは点滴につながれていて、人工呼吸器の管理下にあった。
「先日の任務で、ユース君、君がエリーを助けてくれたそうだな。礼を言うよ。」「ちょっと国王陛下!頭を上げてください!それに僕の任務をエリーが助けてくれたんです。こちらこそお礼を申し上げます。」
「エリーはな、私の言うことなど聞かないバカ娘なんだ。いつも危険なことに首を突っ込むから、外を歩かせるときは護衛を十人つけている。」
(多すぎるでしょ……)ユースが冷や汗をかくのも無視してヘンリーは続ける。「だがな、君と一緒に買い物をしているのをエリーのカメラから見たのだが、君はエリーをとても大切に思っているようだね。」「そりゃあ、一国の王位を継ぐ者の身に何かあったら困りますから。」
「ユース君、娘が退院したら、私はブリデラントに娘を連れて帰る予定だ。だが、ユース君が望むのなら、ブリデラント王国にいつでも無料で来られるように優遇する。エリーに会いに来てやってくれ。」
「国王陛下……」エリーとの会話を電話で聞いたときは多少引いたが、やはり娘思いの父親なんだな、とユースは思った。
「なんなら、君にならエリーを任せられると思っている。」「はい?」
「エリーを幸せにしてくれるかね?」「……え!?」
「はっはっは。冗談だよ。」
(いや目が冗談じゃなかったぞ……)ユースはまた冷や汗をかいた。
「……じゃあ僕、そろそろ行きますね。」「ああ、またどこかで会おう。」
第十六話 別れたと思ったら に続く
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