第二話『第三次世界大戦はわからないが――』

「いろいろ訊きたいことはあるし、脳が理解を拒んでる。でも、さしあたり三つだけ。この味噌汁はなんだ」


眼前のそれは、躰ごと翻して一笑した。


「おはようございます。それはご所望の品です」


濁りのない水面。

一口大に切断された絹豆腐と海藻類が覗く。

幽かに湯気が立ち上り、やわらかな出汁の薫りと相まって、見るものの食指をかきたてる──見事な出来栄えだ。


質素ながらも、まさに手本の如く完成されている。

味噌汁はかくあるべしとばかりに、純然たる風格を醸し出していた。


「……じゃあ、背後の山はなんだ」


「あれらは実験の産物です。シュミレーションはコンピュータの基本ですから」


「……でも仮想とかじゃなく、物理的にやってるよね?」


「はい。先に近隣を探索したところ、右手の通路奥に冷えた直方体の箱がありました。内部を精査してみますと、驚くべきことに『ミソ』、『ネギ』、および『トーフ』なる諸物品が『落ちて』いました。よって、それらを一連のシミュレーションに充当した次第です」


それは落ちていたのではない、保管していたのだ。

よくよく見ると、あからさまに味噌汁向きではない大皿まで駆り出されている。

このぶんでは本格的に、うちにある食材やら食器を根こそぎ使い果たしたのでは。


後ほど納得のゆくまで問いただしたいが、しかし、今はそれすら些事にすぎない。

なぜなら──。


「……じゃ、最後。お前誰?」


「お忘れになられたのですか。私は貴方さまの『妻』です。『嫁』です。『жена』です。今のはロシア語でワイフの意味です」


まさに今問答している、この女体を模した人外の前には、それ以外のアクシデントなど取るに足らない出来事なのだから。


「……僕の知ってるお嫁は、半透明でところどころグリッチかかってるようなヘンテコ生物じゃなかった気がする」


「はあ。この姿ですか。これといって特筆すべき点のない実体つきホログラムです。味噌汁の生成にあたっては媒体が不可欠ゆえ、拵えました」


やっつけにしては及第点ですかね、と彼女は身体を見流しながら言った。

我が家をマッドサイエンスの足がかりにでもすれば気が済むのかこいつは。


「お前、その調子で22世紀から来たとか言わないよな」


「まさか。その頃人類は、ちょうど石を投げて戦っています。そんな技術力は存在しません」


……なんだかとんでもない事実を聞いてしまった気がする。

彼女は当然がことのように、何食わぬ顔で小首を傾げるばかりだ。


彼女の正体をいまひとつ掴めぬまま、一週間が経った。

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水冷式のお嫁がやってきた @Aithra

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