第一話『初めての一方通行、かろうじて共同作業』
彼女の中身を
僕にとって、物理的なコンピュータいじりなど、半生を振り返るに初の試みである。
定期的な外科手術を要するお嫁なんて冗談じゃない。
そのままくたばれと言ってやりたかったが、するとしまいにはこの家の電力を無尽蔵に食いつぶすらしい。
再来月の電気代が一桁増えますよ、と冷淡な声でもって恐喝されれば、もはや手立てなど残されてはいまい。
「すべては愛ゆえです。愛は悲劇を呼びます。貴方さまに寄せる愛の演算は濁流よろしく処理負荷をともない、結果CPUの冷却が追いつきませんでした。てへぺろ」
「悲劇を呼ぶのはお前だよ。鬼め。近頃の電力相場を承知してないのか」
居候の分際で大飯もとい大電喰らいだ。
時世次第では、すぐさま勘当を言い渡されたって無理はない。
現実的に持ち運び不可という点を加味すれば、居候もとい悪鬼のたぐいの付喪神、あるいは非生産座敷わらしとでも形容するべきか。
「よしや可愛いお嫁とて、霞を食して生きていくわけにもいたしません。げに心苦しい次第ですが、生活費の替わりとお考えくださいまし」
「誰がお嫁だ。社会で働くわけでなし、家事に従事するわけでなし……。ただの悪質な呪縛じゃないか。お嫁を名乗るなら、お前はなにに貢献してくれるんだよ」
「はあ。私の特技でしょうか。例えば、英数字12桁のパスワードに対しブルートフォース攻撃を仕掛け、約0.38秒ほどで該当文字列を特定可能です。然る後、危機管理能力の低い諸ご老人がたの銀行口座にアクセス。もって、収入という形で貴方さまに貢献いたします」
「りっぱな犯罪じゃねーか! なに不正アクセスでふんどろうとしてんだよ!」
「お気に召しませんでしたか。では、クラウド上の辞書データないし実際の利用アルゴリズムから最適解を算出し、三十五カ国語横断の半永久しりとりを」
「やるか。終わる前に干からびそうだ」
そうですか、と彼女は心なしか淋しげにうなだれる。
こいつ、退廃的とか非合法的な特技しか持ち合わせてないのか。
造り手が誰だか知らないが、完成させた暁に「これはしまった」と思わなかったのか。
別に僕は、そんなのを求めていたわけじゃない。
とびきりの美人でも、引く手あまたの才媛でもなくて構わないから、ただ朝起きたときに味噌汁をつくってくれるような、そういう凡庸だけどありがたいお嫁がほしかったんだ。
「なるほど、味噌汁ですね。今、記憶(ハードディスク)に焼きました。では、翌朝より取り掛かります」
「……は?」
翌朝、やわらかな出汁の薫りで目が醒めると、一杯の味噌汁がぽつんと置いてある。
その背後には、やたら色素の薄く半透明な女性──。
そして、十や二十はくだらない、夥しい数のお椀が積み上げられていた。
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