第6節 悪夢

「歌川!」

「え?」

「何ボーっとしてんだよ」


 アミが私の顔を見ながら、「大丈夫か」、と言った。

「ごめん、ごめん」


 椅子を前に引いて、机とお腹を近づける。

 机の上には、進路調査票が置いてあった。進路調査票は学年、クラス、名前まで書かれているけど、それ以外は空欄だった。


「なんも書いてねぇのかよ、うちが書いてやるよ」

 アミは私の筆箱から、シャーペンを取り出して「ヒーロー」だの「アイドル」だの書いている。


「何くだらないこと書いてんのよ」

 如月がアミからシャーペンを取りあげた。


「おい、何すんだよ」

「進路調査票を大喜利目的に使おうとする、あんたが悪いでしょ」


 アミと如月は私の前で、言い争っている。ふたりとも、胸元に校章が刺繡ししゅうされている紺色のブレザーに、ブリッツスカートを着ている。アミはブレザーの下にパーカーを着ている。如月は、無駄なシワがないワイシャツを中に着ている。


「今日、歌川変だぞ?」

「え、そうかな」


 如月は、私の額に手を当てて、熱はないね、と呟いた。


「歌川早く進路調査票書いて行こうぜ」

 進路調査票を見たけど、この先何になろうかがわからなかった。前までは、漫画家かイラストレーターになろうとか、言ってたけど進路調査票より大切なことがあったはず。


「今度書こうかな」

 カバンを開けて、クリアファイルを取り出して進路調査票を入れると、一枚の紙が落ちた。

 床から、お札みたいな紙を拾いあげる。

 お札には、見たことない柄と文字が書いてある。


──トーテム。


「アミ、如月なんで制服着てんの?」

「はぁ? お前こそ、なんだよ。その格好」


 アミに指摘されて、自分の服装を見ると幾何学模様をした民族衣装だった。


「なんでって」

 思い出せない。なんで、私はお札の名前を知ってて、この服を着ているのかもわからない。


「疲れてんだよ、早く帰ろ」

 如月は、誰かの机の上に置いたカバンを取って歩きだした。

 如月の足元から、黒い手が湧き出た。


「如月!」

 如月は私の声が聞こえていないのか、教室の出口に向かって歩いている。

 黒い手は、如月を覆っている。如月の制服、腕、赤い髪が黒い手で埋まっていく。

「アミ、如月が」

 如月を見ると、赤い水で濡れていた、刺激臭がして赤い水じゃなくて血だと気づいた。

「アミ、待ってね。今助けるから」

 アミに手を伸ばしても届かなかった。目の前にいるのに、届かない。

 足を動かして、近づこうとしても動けない。


 動け、動け、動け。

 体を動かそうと、この場から動けない。手を伸ばしてもアミに届かない。声がいつの間にか、出せなくなっている。

 机の上に置いてあるシャーペンを取って、自分のお腹を刺した。

──動けないなら、声を出して2人を助けろよ、歌川優花。

 シャーペンをお腹の奥に差しこんで、必死に声を振り絞る。

「私をおいてかないで!」




 木の板が、列になった天井が視界に広がっている。手には、少し湿った布団とシーツの感触があって気持ち悪い。

──なんか怖い夢みたな。


 アミと如月がいたのは、覚えているけどあとは思い出せない。

 体を起こそうとしたら、お腹が痛くなった。

 お腹を見ると、包帯が巻かれている。

「刺されたんだった」

 怖い夢を見た後だからか、頭の中は冷静だ。すぐに、状況を飲みこめた。


「ここどこ」

 たぶん病院、休める場所だと思うけど見知らぬ天井だから不安になる。

 誰かが来るまで、こうなる直前を思い出す。人だかりの中からナイフを持った怪しい人が出てきて、アミを刺そうとしていて、それを庇って私はこうなったんだ。


「まさか異世界に来てまで、現実的な命の危機にあうなんてなぁ」


 もっと魔法とか異世界人との戦闘で、命を張り合いたかったもんだ。

 そんな恐ろしいこと思っちゃダメかと、セルフツッコミする。


「起きていたのかい」

 クロノさんが、戸を開けて驚いた表情をしていた。


 ついさっき起きました、と伝えると私の近くでかがんで、魔法をかけた。

「どこか痛いところはない?」

「お腹が痛いです。魔法でもすぐに大怪我は治らないんですね」

「体に穴が空いたみたいなもんだから、その穴を埋めるのは自然治癒に頼るしかないね」

 魔法も万能ではないのか。怪我や風邪には気をつけよう。


「私ってどれくらい寝てましたか」

「2日くらいかな、僕がその日に手当てして、それからほとんど寝たきりだったよ」

 アミ達を呼んでくる、と言ってクロノさんは部屋から出ていった。

 すぐに、廊下をバタバタと走る音が聞こえる。


「歌川!」

 アミが戸を思いっきり開けた。

 その後、如月とセシルが入ってきた。


「うちのせいで、ごめん」

「大丈夫だって」

 このとおり、と力こぶを見せて元気さをアピールする。実際動くと、腹が痛いだけであって、その他と精神面は全然元気だ。

「ごめん、ほんと」


 謝らくていいって、と言い話を続ける。

「そういえば、私を刺した人って捕まったの?」

「いや、逃げられた」

 アミはさらに、険しい顔になった。


「そっか。部族というか、転移してきた私達に恨みがあったのかもね」

 デロルやクレアくん、ナミタみたいに、他所者は敵だと思われてもしかたない。


 如月が、私の布団を整えながら

「ほんと部族ってなんなの。私達人間と変わらないんでしょ?」

 セシルに向かって問いかけた。


「自分達と姿が少し違うのと、格好だったり話す言葉だったり文化が違うってだけです。部族の中にも良い人がいますけど、それでも自分達、普通の人間を襲う部族の方が圧倒的に多いです」

 セシルは難しそうな顔をした。眉を寄せて、トロッコ問題で一人を救うか大勢を救うかみたいな選択に悩んでいる様子だった。


「何が発端とかわからないでしょ?」

「歴史も古いので、わかりませんね。もう止めようがないです」

「どちらかが、いなくなるまでやるわけね」

 そういうと、如月がため息をついた。

「こんな暗い話やめて、飯食べようぜ!」

 アミが大きなで言った。


「こんなって」

 セシルは小さな声で言った。アミのことを見つめる、セシルの目は睨んでいるように見えた。


「私もお腹減ったから、パーッと食べたい!」

 如月が「何食べたい?」、と聞いた。私はそれに対して「肉食べたい」、と答える。

「そういえば、いつ退院できるかクロノさんから聞いた?」

「聞いてないなぁ」


 セシルにいつぐらいで自由に動けるかな、と聞くと

「明日には、自由に動けると思いますよ。とりあえず、ご飯はここで食べて、歌川さんも家に帰りましょう」

「ここって、どこなの?」


 私が使っているベッドの前には5つのベッドが並んで置かれていて、私の横にもベッドが同様になん個か置かれている。病院とかそういう医療関係の場所だと思った。


「村の集会所ですね。歌川さんが倒れた場所から家に戻るより、ここの方が近いと思いましたので」

「へぇ、集会所来たことなかったけど結構大きいんだね」

 これだけベッドが置いてあるし、と補足で付け加える。

「結構大きいと思いますよ」


 ぐうぅう、と私のお腹の音が鳴った。

「それじゃあ、あたし達買い出し行ってくるから。歌川寝ときな」

「おっけー、みんなの料理楽しみにしてる」

 みんなが戻って来るまで少し寝ることにした。

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