第5節 ナイフ

「てな、わけで青空教室をちゃっちゃとやろう」

随分ずいぶんとやる気マンマンだな」

 アミは、寝癖をそのままにしてご飯を食べている。


「もちろん! 国王に目がつけば王国に行けるんだよ」

「そんな行きたいかぁ?」

「行きたいに決まってるでしょ! こんな経験できるのは、私達くらいでしょ! なら、するしかないでしょうがぁ!」


「歌川うるさい」

「如月も行きたいって、言ってたでしょ! あと、ナミタ! お前は招待されてるからって、青空教室関係ないって顔するな! 強制参加だ!」

「ッチ」

ナミタはめんどくさそうな顔をした。


如月は「でもさ」、と口を拭いて

「教師とか日程とか決めたの?」

「決めてあります!」

袋から書類を取り出して、この場にいる全員に渡す。

「今朝、無理やり交渉して日程を決めました!」



 戸をドンドン、と何度か叩くと戸が開いた。

「おはようございます!」

 魚をいつも売ってくれているおじちゃんは、目を擦りながら

「優花ちゃんじゃねぇか。どうしたんだい、こんな朝っぱらに」

 と、眠そうに言った。


「実はですね、おじさんに青空教室の先生をお願いしたいと思っていまして」

「はぁ? 俺が先生だぁ? 漁師だぞ、何するってんだ」

「魚のことを子ども達に教えてあげてほしいんですよね」

「別に教えてやるのはいいけど、時間がなぁ」

「休みの日だったり、天気が悪い時で良いので参加できる日に〇つけてください!」

 曜日と時間を表で書いた紙を渡す。

 おじいちゃんは、「優花ちゃんの頼みなら、仕方ねえなぁ」、と入れる日にちに〇をつけてくれた。



「朝(5時くらい)から、挨拶とお願いの結果、この村で一番長老のおじいちゃんだったり、学者を目指しているお兄さんだったりに、声をかけて全員了承を得ています」

「なにしてやったりって顔してんのよ。5時は迷惑でしょうが」

 如月が手をひらひらと、ひるがえしながら言う。

「市場を歩いてたら、その事市場の人に怒られたからやめようねー」

 クロノさんに軽く怒られ、「すみません」、と言い話を続ける。


「もう青空教室は開催できる。あとは、受講者を集めればいい。そこでポスターとチラシを作ろうと思うの。誰か手伝ってくれるかなぁ?」

クレアくんをチラッと見つめる。

「ぼくヤルヨ」

「ありがとう! クレアくん!」

クレアくんを抱きしめる。


「わざとらしいですね」

セシルがジトっと見つめてきた。

「うるさい、うるさい! 他にやってくれる子いる?」

「俺もやる」「わたしもー」「あたしもあたしも」

 子どもたちが続々とてをあげてくれた。


「ありがとう! ナミタもやるぅ?」

「ッチ! 誰がやるかよブス」

「そんな汚い言葉を使っては、国王の前に出たとき心の汚さが、露呈してしまいますわよ」

「あ?」

「ごめんなさい、何でもないです」


コホン、とわざとらしく咳をたてて

「気を取り直して、頑張るぞお?」

「おー!」

「異世界ギャップか、歌川しか言ってないよ…」

悲しそうな如月の声が、広間に聞こえた。




「良かったらどうぞー」

市場で、チラシを通行人に渡す。子ども達が一枚ずつ描いた学校と人の絵の上に、『青空教室開催します』、と詳細情報を書いてある。

新宿駅でチラシ配りは、基本ガン無視していたのが本当に申し訳わけなくなる。


「なんで本来のこと言わなかったの?」

 如月がチラシを渡す手を止めて言った。


「早く帰りたいけど、それをあの家のみんなに言うのは、違う気がしたんだよね」

「気まずくなるしね」

「そそ、だから言わないようにしてるの」

「うちは、ここにずっと居てもいいけどな」

 アミは、袋からチラシを取り出しながら、自分が行ったことをすっと、報告するみたいだと思った。


「家に帰りたいって思わないの?」

「思うけど、こうなったんだから仕方ないかなぁって思っちゃう」

「ほんと能天気だなぁ」

「うるせ! 早くビラ配り終わらせて帰ろうぜ」


 引き続き、ビラを配っていると「お疲れ様です」、と聞き覚えのある声だった。

「俺らも手伝いましょうか?」

 ムルラックくん達だった。でも、ひとり足らなかった。


「あれ? チャラそうな子はいないの?」

「あいつは、実家の手伝いしています」

「なるほどね」

 ヒョロヒョロな子とムルラックくんにチラシを渡す。

 人数が多いからか、それとも村の人とほとんど顔見知りだからか人がどんどん寄ってくる。


「あら、見慣れない人達ねぇ」

 腰を曲げたおばあちゃんが、話しかけた。

「そうですかね、たまに会いますよ?」

 ムルラックくんは、笑っておばあちゃんに微笑んだ。

「そうかもねぇ」

 このおばあちゃんは、よく買物している時に話かけてくる。たぶん誰にだって話かけてくる。

 顔見知りといっても、名前まではわからないけど。

「手を握らせてぇ」

 おばあちゃんと握手をすると、周りの人達もそれに便乗して、私達に握手を求めてきた。

 人気者はつらいなぁ。


「歌川、もう宣伝にもなったし帰ろ」

 如月が私の耳元でボソッと言った。

 アミもその声が聞こえたのかうなずいた。


「すみません、私達もう帰ります! 青空教室やるんで、小さなお子さんから私達と同じくらいの子がいる方は、クロノさん宛てに手紙お願いします!」


 人混みから布を頭からかぶった人が飛び出してきた──。


 ナイフを持っている。

「アミ!」

 進行方向からアミを狙っているのが、わかった。

 アミを押すと、お腹に激痛がはしる。ナイフが腹に入って、すぐに抜かれた。

 小さく声を出して。お腹に手を当てると血が出ていた。


 いつの間にか、みんなは私を見下ろしていて、私の名前を呼んでいる。

 ──死んじゃうのかな。

 目を閉じて、日本であったことだったり、この村のことが頭の中に流れこんでくる。

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