第3節 黒い手

「青空教室やるのはいいんだけどさ」

 如月は白いパンを、ちぎって口に頬張る。私もそれに続いてパンを食べる。

 ブサイクな形のパンだけど、ほのかな甘みがあって美味しい。


「先生とか決めたの?」

「え?」

「いやいや、歌川とアミで決めるって言ってたじゃん」


 そんなこと言ったような気がするような、しないような。

「『私がやる』って言ってたからね」


 わきを突っつかれた。隣に座っているヨハネちゃんは、ベージュ色の髪は切りそろえられている。その下に大きなまん丸のお目目が、不思議そうに見ている。


「わたしもがっこういけるの?」

「いけるに、決まってるよ~」

 ヨハネちゃんのほおに頬ずりをして答える。


 ほんとお人形さんみたいで、可愛い!

「なら、さっさと決めてよねー」

 如月は食べかけのパンに、バターを塗りながら、他人事ひとごとみたいに言った。


「じゃあ、如月が算数担当で」

「絶対嫌がらせでしょ! それはなし!」

 まぁまぁ、とクロノさんのなだめる声は続いて

「ケンカしないの。3人で教えればいいじゃないか? 結構教える人数多いからね」

「うちも?!」

 アミは、嫌そうな顔をした。


「ひとりで何十人も教えられる自身はあるかい?」

「それはないけどさ」

「なら、3人で教えなさい。この経験は何かに役立つかもしれないからさ」

「大人はいつだって、綺麗きれいごとでめんどくさいこと押しつけるよなー」


──世界の核心をつくようなこと言わないで…

「私は、3人なら楽で良いと思うけどな」

 算数は決まったとして、教えるとしたら国語、社会(歴史)、体育、が誰でも教えられそう。だけど、誰にするか。


「国語というか文字の読み書きを、クロノさんにお願いしても良いですか?」

「僕かい? いいよー」

 クロノさんは幼い時、王国の学校に行っていたらしいから、適任てきにんだと思った。


「ありがとうございます! ごちそうさまでした」

 手を合わせて、食器を洗い場に持っていく。布にせっけんを、つけて食器を洗っていく。


「他の科目は決めたの?」

 如月も食べ終え、私の横に立って、食器を水洗いしていく。

「あと、社会と体育誰にしようかなって感じ」

「理科とか道徳はどうすんの?」

「理科は器具とか必要だからな、物理とかようわからんし」

「理科は、生物教えるってのはどう? ここの生物詳しい人は市場の野菜とか魚売っている、おじさん達に教えてもらお」

「いいねー」


「道徳は、正直各自の自己責任で学んでもろて」

「なんでよ、結構大切じゃない?」

「いや、大切だけど…。教えられる自信がない」

「そんなの、これがダメとか適当に言えばいいのに」

「如月は、教えられるの? 私は無理!『心のノート教科書』があれば教えてあげてもいいよ」


 如月の顔がこわばった。

「確かに。あたしもそこまで褒められた人生送ってきた自信はないかな…」

「なんか教えるのは、自信がないよね。アミも無理だよね」

 アミの方を見ると、子ども達と遊んでいる。


──食器を早く片付けて、ほしい。

「あんなヤンキーに、教えられるのは絶対嫌よね。ましてや、暴力沙汰もう起こしてるし」

 如月の言う通りだと思って、笑う。


 子ども達が続々と食器を洗い場に持ってきた。

「お願いしまーす」「頼んだ!」お願いします!」

 元気よく言ってくれるから、嬉しいもんだ。

 私のバイト先は、「…お願いしゃす」って暗く言う人が多いから、子ども達の方がちゃんと言えるのは、恥ずかしい。


「歌川、お願い」

 クレアくんが言った。

「はい、はーい。お、全部食べたね」


 クレアくんは、あれからみんなと食卓を囲むようになった。

 明るくなって嬉しい。


「皿洗うの手伝う?」

「私達でやるからいいよー」

 クレアくんは、うなずいて、子ども達と一緒に広間を出て行った。

 食器を洗うのは、なるべく私がやるようにしている。さすがに、ただで衣食住させてもらうのは、申し訳ない。


 ガチャン──。

 ナミタが、食器を乱暴らんぼうに置いた音だった。ピンク髪を後ろにまとめている。細くスッと伸びた首筋が見える。横目に私達を見つめ

「なに?」

 と、ぶっきらぼうに言った。


「お願いします、くらい言えないの?」

 ナミタは眉を寄せて、舌打ちをした。

「はいはい、お願い」

「します、でしょうがぁ」

 如月は、ナミタの髪をくしゃくしゃと、かき混ぜる。

「離せ、馬鹿! ブス!」

 ナミタは如月の手を払って、広間から出ていった。


「意外と、仲良いんだね…」

 意外も意外。私達のことをあんだけ毛嫌いしてたのに、ナミタはそこまで嫌そうな顔してなかった。

 如月は「そう?」、と語尾を上げて話す。


「あの火事があって、多少は信用してもらえるようになったんじゃない? あたしから、ちょくちょく絡みに、いってるし」

「私は、ああいう強い態度とられるの、好きじゃないからあまり関われてないなぁ」

 今度自分から話にいってみよう。


「確かに、歌川いつもナミタが近づくと、ビクンって跳ね上がってるもんね」

「いや、それは。いつでも対戦できるぜって、武者震いしてるんだよ」

「噓つけ」

 私の顔に、水を跳ね飛ばしてきた。

「目がぁ!」

「あ、ごめん」


「お前らの腕見せて!」


 アミは如月の右腕を掴んで、チラチラと見ている。

「ちょっとなにすんの」

「やっぱり、手の跡薄くなってる」

 私も自分の右腕を見ると、黒い手の跡は、この世界に来た時の黒さじゃなくなっていた。手の大きさは子どもの手のひらくらいだろう。全体的に色は薄くなってる。手の形も微かに、崩れている。


「え、ほんとだ。汚れだと思ってあまり気にしてなかった」

「うちもガキ共に教えられるまで、気づかなかった」

「なんか意味あんのかな?」


 私達で話し合っても、わからないからクロノさんに聞きに行った。

こういうのは、大人に聞くのが1番だ。もしかしたら、ここの流行病かもしれない。


「これは、なんだ?」

クロノさんは、首を傾げた。私の腕を見ながら、指で擦ったり、治癒魔法をかけても何も変化がない。

「クロノさんでも、わからないですか」

やまい関係では、ないのと魔法でこの跡がついてるのは、わかるね」

病ではなくて、一安心する。


「魔法ですか?」

「何か君達に危害を加えるものでもなければ、何か良いことも起こらない。ただあるだけって、感じだね」


クロノさんは、私の腕を離して

「今度王国に行くから、その時にでも魔法に詳しい人に聞いてみるよ」

 メモ帳に書きながら言った。


 けっけっけ、とアミが笑った。

「もしかしたら、呪いかもな」

「怖いこと言わないでよ。ちなみに、なんの呪い?」

「赤点を取り続けた結果、一生高校を留年して死んでしまった少年の呪い」

「地味に怖い…」


「くだらないこと言ってないで、君達やることやりなよ」

クロノさんに促され、私達は買い物だったり、掃除だったり、それぞれその日にやるべきことを、行いにいく。


「優花、」


クロノさんに呼び止められた。

「はい?」

「何か異変だったり、不安に思うことがあったら言いなさい」

そう言った後、クロノさんはニコッと笑った。

「わかりました」

──この人、普段ふざけてるけど1人の、大勢の子どもを背負っている親なんだ。

「夜怖くて、寝れなくなったら僕の布団に来ていいからね☆」

──こんな親嫌だ。

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