第1.5節 

「ま、待って」

 もう走るのに限界で私はその場に座りこむ。

「待てないでしょ! またあいつら来たらどうすんの!?」

「歌川の言うとおり一旦休もうぜ。さっきの人達もう追ってきてないっぽいし」

 私達の中で一番体力のあるアミが肩を揺らして、息を整えている。

「そうね、一旦休もう」、と如月も額の汗を拭いながら答えた。

 

 如月は辺りを確認し始めた。

 アミはその場に座っている。私もアミに見習って隣でただ座る。


「ほんとなんなんだろうな、ここ」

「私にも何が何だかさっぱり…」


 如月は私に歩み寄り座る。

「歌川ケガしてない? これあたしの飲みかけだけど良かったら飲んで」

 如月から午後の紅茶のストレートティーを受け取り、一口飲む。

「ありがとー。大丈夫だよー」

 ワイシャツとお気に入りのキャミソールが切れちゃったのは残念だけど。


 胸が見えてしまっていて恥ずかしい。

 カバンからいつも常備しているグレーのパーカーを取り出して着る。

「ここ圏外じゃん、最悪…」

 アミはスマホで電波を確認している。

「ここ電波繋がんないってどんな田舎なのー」


 唯一のお助けアイテムであるスマホもここでは、使い物にはならないようで私は落たんする。

「いっちょ、ここはサバイバル生活としますか!」

 アミはさっきまでとはガラリと声を高くして話す。

「ここ無人島じゃないしどうにかなりそうだよねー、さっき人いたし」


「嫌よ、こんなところでサバイバル生活なんて…。家に帰りたい」

 如月は今にも泣き出しそうな声でうずくまる。そんな如月にアミは肩を叩き「今日の夕食とってきてやるから元気出せ」、となげかける。

「なんの慰めにもなってないじゃない」

「それじゃあ! 行ってきます!」

「いってらっしゃーい」

 私の返答に笑顔でうなずいて、 アミはスマホの明りを頼りにし、今日の夕食を取りに出かけた。



「おーい!」

 アミの声がした。

「もう戻ってきたの? はやくない?」

 如月は顔を上げて声がした方を見る。


「ここだよー」

 暗くて私達の居場所がわかんないと思うから返事をして、スマホのライトを使って明かりを揺らす。そしたら、しげみからアミがニッコリと笑いながら現れた。

──もしかしたら、本当にご飯を持ってきたのかもしれない!


「捕まえてきちゃった」

 アミが右手に連れて来たのはご飯ではなく、私達と同い年くらいの綺麗な紫色の髪を長く伸ばした女の子だった。


「アミ、その子誰?」

「誰って…ねぇ?」

 アミは私の質問に答えず、女の子の顔を見る。

「       」


 なんって言っているかサッパリわかんない。

「なんで連れてきたのよ、その子」

 すでに、さっきまで弱気だった様子の如月はいなくなり、今まで通りしっかり者の如月がアミに聞く。

「なんか食べれるものないかなって探してたら偶然見つけて、『ご飯持ってる?』って聞いたら頷いたから、連れてきちゃった」

「なんてことしてんの!?もし、その子がさっきの奴らの仲間だったらどうすんのよ!」

「如月が言っていることはごもっともだよ」


「えー? 大丈夫だよねー?」、とアミは隣にいる紫色の髪を伸ばした女の子に話しかける。

「     」

「ほら、この子も大丈夫だって言ってるじゃん」

「大丈夫っていうより、なんか怒ってない?」

 女の子の表情がもとから固いからか、怒っているように見えなくもない。

「そんなことないってー」


「    、     !」

「その子さっきより怒ってるじゃない!一旦離れようよ」

 如月が言ったとおり、女の子の表情が一層けわしくなり、声も大きくなっている。

 相変わらず何言っているかわからないけど。

「             ?」

「大丈夫! 大丈夫!」

「大丈夫じゃないでしょ!」


「            !!」

 女の子は完全に怒り今までより大きな声を出す。私は話すのをやめて女の子を見る。

 女の子は私達をぶっきらぼうな顔で手招き、どこかへ進む。

「ついて来いってことかー?」

「ついて来いってことじゃない?」

「たぶんそうだよね」


 私自身外国に行ったことないし、ましてや外国の人と英語の授業以外で話したことなかったから、ここまで言語が通じ合わないってことに苦労するとは思っていなかった。


「          」

 女の子が早く来るよう催促した(ほんとうは違うかもしれない)ので急いで後を追う。

 女の子の後をついて行くと森を抜けた。


「家だ」

 アミがぽつりと驚いた表情で言う。

 家と言っても一軒だけじゃなくて、見れる限りでは20軒以上あった。でも、明かりは各家にあるけど、電気で光っているようなものはなくて火の明かりかもしれない。


「もしかして、ここって電気が通らないほどの田舎って感じなのかな? 電波もなかったし」

「あたしたちいつの間にか、どこか知らない国にきちゃったのかな」

 私と如月が今の状況を飲みこめずにいるが、もう1人は違った。

「うおおおおおぉぉお!! 外国だっぁあ!!」

「馬鹿! うるさい!」


 アミが外国に来た嬉しさ(外国か定かではないけど!)のあまりの叫び声に如月が注意する。

 確かにうるさいし、今何時だかわからないけど、この町? に住んでいる人達に迷惑だ。

 そんなバカ騒いでいるアミを女の子が振り向いて睨む。


「ご、ごめんなさい…」

 アミは一瞬でしおらしくなるがすぐまたを口開く。

 さっきよりも何倍も小さな声で話す。

「今の見た? めちゃくちゃ怖かったんだけど、絶対マフィアの娘か何かでしょ。うち怖すぎておしっこ漏れちゃったんだけど」

「汚いこと言わないでよ」

 私達の前を歩く女の子はいったい何者なんだろう、そしてどこに行くんだろう。


 女の子は目的地かもしれない建物の前に私達を待たせてその中へ入っていった。建物は他の住居と思われる建物と違って、明かりがなかった。

 建物の中からガサゴソガサゴソと物音が聞こえる。


「なにやってんだろうね」私は2人に小声で話しかける。

「もしかして、仲間を呼ぼうとしているんじゃない?」

「実はドッキリ成功の看板準備しているとかじゃね」

「え? 今? このタイミングで? ドッキリ下手すぎるよー」私はアミの返答に軽く笑う。

「ありえるかもよ。この後大きなドッキリやってすぐ出せるようにしている可能性が高い!」

「もしかしたらこの辺に落とし穴あるかもね」

「なによ、それ」

 如月がここに来て初めて笑った気がする。

 人里に入ったから、安心したのかもしれない。


 如月は続けて話す。

「あの子遅くない?」

 女の子が入っていた建物を心配そうに見つめている。


 確かに遅い未だに建物の中から、何かを探しているような音が終わらない。女の子が何かを探してからたぶん10分はたったと思う。


「確かにねー」

「大丈夫―?」

 アミが日本語で建物の中に向かって問いかけるが返答がない。


「返答なしか。入ってみる?」

「やめとこうよ、女の子が実はさっきの兵隊の味方でこの建物の中に、仲間がいるかもしれないじゃない」

「一応待っておこうよー」

 アミの提案に如月が反対する。

「私もそうした方がいいと思う」

 女の子のことは心配だけど、さっきの兵隊の仲間がこの中にいたら怖い。


「それにしても、ここどこなの? 街灯すらないし、あの子の格好、民族衣装だとして、なんであたし達ここにいるの?」

 如月は周りをチョロチョロと、首を動かして見ている。

「花柄で素材軽そうで良かったよねー。私も着たいな」

「そういうことじゃなくて。あと、ここどこなのかな」

「外国じゃないの?」

「外国だとして、さっきの甲冑と剣っていかにも昔って、感じしない?」

「私が思うに、ここは」


 女の子が肩に付いたほこりを振り払いながら、建物から出てきた。建物の中はそうとう埃が溜まっていたのだろう。


「お、大丈夫そうだったな」アミはあくびをしながら眠そうに言う。

 女の子は私達に紙を渡す。

「なにこれ? お札?」

 私は紙を受け取る。その紙は長方形で片面には文字のような絵が書かれていて、裏面は書かれていなかった。紙を触っても舐めても(舐めたのはアミだけ)特に変わりはない。


「やっと見つけました。倉庫汚すぎるんですよね」


 発言しているのは、私でもアミでも如月でもなかった。

「なんですか? 人のことを珍しいものでも見るにして。自分から見たらあなた達の方が断然珍しいです」

「え? 日本語ハナセルンデスカ?」


 如月が有名人にでも会ったかのような、固まり方とカタコトな日本語交じりで聞く。

「ニホンゴ? なんですかそれ、あなた達の族の言葉の名称ですか?」

「だってだって今話せてるじゃん!」アミが興奮しながら言う。


 今彼女が話しているのは、さっきまで聞き取れなかった言葉と違って、私達が普段使っている日本語そのものだった。発音だって完璧だ。


「ああー、それは今あなた達に渡した紙、トーテムの効果であなた達が自分の言葉を理解し、自分にも聞こえるようにしているのです」

 これくらい当たり前ですよって反応で、目の前の女の子は自身の紫色の前髪をいじりながら言う。

「つまり、これは自動翻訳機ってわけか。スゲー」

 アミは紙をジロジロと見ながら関心したように言う。


「皆さん今日は夜遅いので、自分の家に泊まってください」

 この子の一人称が「自分」だから私のこと言っているのか、それとも女の子自身のことを言っているのかややこしいな。


 女の子は肩甲骨けんこうこつを隠すくらい伸ばした紫色の髪をひるがえす。


「そういえば自己紹介していませんでしたね。マルクヴィー・セシルと申します。セシルとお呼びください。ようこそ、イムル村へ」

 ぶっきらぼうな顔で歓迎してくれた。

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