冬はつとめて・3
「こんにちは」
声をかけると、女の子はまたしてもびっくりしたように顔を上げたが、燈子の顔を認めると、少しだけほっとしたように、へにゃりと笑った。
「……こんにちは」
燈子はゆっくりと近付くと、隣のブランコに座った。
「またここにいるんだ。何してるの?」
訊くと、女の子は歯切れ悪く俯いてしまう。
「ん-……別に」
それから、消え入りそうな声でぽつりと呟く。
「……図書館開いてなかったから、行くところなくて……」
言ってから、しまったというような、決まりの悪そうな顔をして、目を逸らした。
「おねえさん、あたしみたいな子供がさ、お金なくても、一人でずっといられる場所、知らない?」
言っていることはおそらく深刻だが、女の子の声音はあくまで淡々としていた。
「うーん……」
そんな場所、燈子には思いつかなかった。今は、学校も図書館も休みだ。子供の居場所といえば、まず家で。そこから毎日学校に通って、学校が終わったら塾や習い事に行く子もいて、帰るのは家だ。そこから弾き出されてしまった子の居場所なんて、この社会には多分想定されていない。
そんなことを言うからには、やっぱり何か事情がありそうだった。でも、どこまで踏み込んでいいのか、燈子にはわからない。
「何か困ってるなら、聞くよ? 力になれるかもしれないし」
女の子は少し目線を宙に彷徨わせて、口を開けたり閉じたりしてから、ぼそぼそと呟くように言った。
「……家にね、受験生のおにいさんがいるから、勉強の邪魔にならないようにしないといけないの。ほんとはね、あたしのことも預かりたくなかったけど、順番だからしょうがなかったんだって」
それを聞いた燈子の顔には、疑問符がいくつも浮かんだ。どうも、話がよく見えない。
「えーと、あなた……」
言いかけて、燈子は一旦言葉を切った。
「ねえ、わたしは柚原燈子っていうの。あなたは?」
そういえば、まだ名前も知らない。「あなた」などと呼びながら会話をするのは、どうもやりづらかった。
「……晶。
案外、素直に名乗ってくれた。燈子は人知れず、胸を撫で下ろした。
「そっか。晶ちゃんは……」
聞きたいことは色々あった。でも、何をどう聞けばいいのか最適解が浮かばず、言葉がぐちゃぐちゃと頭の中を駆け巡る。聞いたところでどうすればいいという、ためらいもあった。
けれどその時、一層冷たい風が、二人の周囲を駆け抜けていった。
「さっむ……」
思わず呟いて、燈子はぶるりと身体を震わせた。晶も、両手をこすり合わせて、身を縮めている。そして、空からひらひらと、白い花弁のような雪が舞い落ちてきた。確か、今夜は積もるという予報だった。
「……ねえ、よかったらうちに来ない? このままここにいたら、寒くて死んじゃうわ」
寒がりの燈子は、半分本気で震えながら言った。この申し出は、倫理的にアウトだろうか。自分で言っておいて、駄目な気がしてきた。
「知らない人についてっちゃだめって言われてるし」
面と向かって「知らない人」と言われて、少しショックを受けている自分がいた。確かに、こうして話はしているけれど、この子にとって、自分は知らない赤の他人だろう。
でも、だからといってこのまま放置するのも気が引けた。寒くて風邪を引いてしまうだろうし、本当によからぬことをする輩が現れて、犯罪に巻き込まれでもしたら――きっと燈子は後悔する。
「お互い名前も知ってるし、わたしはあの図書館でバイトしてる。大学二年生で、将来は本に関わる仕事がしたいと思ってる。どう? これで知らない人じゃないと思うけど……」
晶はきょとんと眼を瞬いてから、くすりと笑みを見せた。
「おねえさん、面白いね」
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