第2話 やっちん「悲しくてつらいときは甘いもんやで」
私は隠してる。
みんなにはわかってもらえないことを。
「雨の音はやさしい」って、てちが言ってた。
しとしと、しとしと。
雨の音が聞こえている。
その音を体で感じている。
6月に入ってから雨がずっと続いていた。晴れた日はいつだったか、そんなのも忘れてしまうほど。学校もなんだか薄暗く、冷たいそぞろ雨がみんなの心にも降ってるようだった。
私のいる美術準備室でも、お昼だというのに薄暗くてちょっと肌寒かった。下に少し厚めの毛布を引いて座っていても、ひんやりと冷たさが伝わってくる。でも、伸ばした脚のところだけは、あっちょとてちのおかげであたたかった。ふたりは私のふとももを枕にして、おだやかな寝息を立てている。
雨の音って、ほんまにやさしいんやな……。こんな私でもやさしゅうなれる。おかげで、よう眠なるわ……。
うつらうつらとしていたら、戸が開く音がした。そっと閉じる様子から、王子だなと思った。目をこすりながら話しかけようとしたら、隣に足を伸ばしてすとんと座った。私と同じように壁に寄りかかると、小声で聞いてきた。
「やっちん、どうしたの、これ?」
「てちが眠い言うてなー。奥から絵の運搬用に使ってる毛布を引っぱりだしてきて寝かしつけたら、あっちょも一緒に寝てもうたわ」
「昼間の保健室はひろのんが使ってるしな……」
「そやなー。あと、てちがひろのん苦手ぽくて。なんやしらんけど」
「そっか……」
王子が手で口を隠しながら、あくびをひとつする。憂いたアンニュイな表情がなんとも絵になる。友達の私ですら目が離せなくなる。魅かれてしまう。私の故郷の言葉を使うなら「なんやねん、こいつは。しゅっとしすぎや。どこの世界の人間やねん……」である。
ずかずかとした足音が廊下から聞こえてくる。戸を開ける音がしたと思ったら、すぐににゃっこが悔しそうに言った。
「ずーるーいー」
「そっと寝かしといてな」
「私だってやっちんに膝枕されたいのに」
「そのうちしたるさかい。いまはこの子らに貸しといてんか」
「いいけど……」
ふたりの髪をそっと両の手で触る。絡ませようとしても、さらりと心地よく手から離れていく。
ぴくりとするわずかな体の反応が、私の足に伝わる。あっちょが私のスカートの端をむぎゅと赤ちゃんみたくつかんだ。
寝てるとこんなにもかわいいもんやな。なのに……。
「このふたり、最近元気ないな。心配やわ」
「あっちょはふられでもしたんだろ」
「そやな……。そやったら、かわいそうやな。こんなええ子、誰がふるんやろな」
「さあな。てちはわからん」
「人見知りすぎて知恵熱でも出したんかな」
「ああ。見てたからかな」
「ん? なに見せたん?」
「大したことじゃないよ。あっちょきょどってたから抱きしめてたとことか」
「それは大したことあるんちゃうかな」
「そうかな。普通じゃないか」
隣の王子が座ったまま、にゃっこに手を伸ばす。
「ほら、おいでよ」
「私なんかより癒し姫なやっちんのほうがいいぞ。絵面的にはそっちが似合うし」
王子が差し出していた手を少しずつ降ろす。少し寂しそうな顔をしたまま、降ろしていく。
なんやそれ……。みんなおかしゅうなってからに。雨のせいやろか……。
私は小さなため息をひとつだけつくと、ふたりの心を直し始めた。
「にゃっこ、かわいいこと言いはんなぁ」
「なんだと」
「ここは2人でいっぱいや。おとなしく王子に抱かれとき」
「しょうがないな」
にゃっこが王子のすぐ横に座る。そのままずるずると体を下げると、王子の脇の下に頭を挟んだ。
「ジャストフィット!」
「にゃっこ、意味がわからないよ」
「この世の中に意味がわかるものなんて、ひとつもないさ」
「かっこよく言ってても、わからないものはわからないよ」
「そうか。それはわからんな……」
にゃっこが目を閉じる。あっという間に寝息を立てだした。
こいつ、将来は大物や……。
私が呆れていると、王子がにゃっこを抱き寄せた。ゆっくり優しく愛おしそうに。静かに強く誰にも渡さないように。雨の音がそんなふたりを隠すように包み込んでいく。
「たいへんやな」
「にゃっこには、いつも振り回されたり、わかんないこと言われたり。でも、まあ……」
「そういう意味やないけどな」
「ん? どういう意味?」
「王子のほうがたいへんやろ」
「そう?」
「王子ぽい行動、王子ぽい言葉。役を演じてるのはたいへんやろ。今だって、ワガママ姫さん抱えた王子様みたいや」
「背が高いから、仕方ないよ」
「仕方ないか……。それが一番たいへんやな」
「そうやって生きてきちゃったから」
「素直に言えたらいいんちゃう?」
「そうだけどさ……」
ま、言えるわけないな。
「気がついたの、ふたりめかな」
そやろか。
みんなきっと思うとるで。
雨の音にしばらく身を任す。ふと、京都の家を離れたときを思い出す。あのときも優しい雨だった。
庭のあじさい、綺麗やったな……。今頃どないなってるんやろか……。
うとうとしてきた王子がもたれかかってきた。私は黙って肩を貸してあげた。
まあ、ええやろ。みんないろいろあるんや。寝てまおう。そしたら、なんとかなるやろ……。なんとかなれば、ええな……。
私たちの美術準備室。5つのあじさいが咲いている。色が変わることへの不安を抱えながら。雨に濡れながら、寄り添っている。
私は隠してる。
自分が一番汚い花であることを。
「わ、なんだ、これ」
素っ頓狂な声で目が覚めた。
ん? 素っ頓狂って何や? どんな形してはるんやろ。どどめ色やろか。あかん、頭が寝起きで、あらぬ方向に散らばってくなぁ……。
目をこすりながら、頭をはっきりとさせていく。ようやく思い出した言葉を口から出す。
「ああ、ひろのん。おはようさん」
「6限目終わってるぞ、八千代」
この美術準備室の本来の主である白衣の先生が、猫背をいっそう丸めて少し飽きれたように言う。
私は人差し指を立てて、そっと口に当てた。
「しーっ」
「あ、いや、ごめん……。ん? いやいやいや、そうじゃなくて」
「なあ、寝かしといてなぁ」
「うーん、先生としてはだな……。まあ、いいか。はは。ダメだな私」
「ひろのんはダメやないんけどなー」
隣でにゃっこがふあ~って、なんとも猫っぽい声を出しながら伸びをした。
「起こしてもうたか。ごめんな」
「ああ。大丈夫。ちょっと寝過ぎた」
「さよか」
「さしずめやっちんの異能力『無限の癒し(アンリミテッドヒーリング)』が発動というとこか」
「にゃっこはポートマフィアとでも戦ってるんか」
「一人称をやつがれにしたい」
「やめとき。1年後によーさん恥ずかしくなるで」
ひろのんの視線に気がつく。じっと私達を見ている。中身を見ようとしているように。それから考えてるようにも見えた。
「なんやねん。いけずせんといて」
「お前たち、不純同性交友はするなよ」
寝てたあっちょが体を起こしながら言う。
「あるわけないっすよ。女同士なんて」
少し怒ってるように見えた。違うな、寂しそうな感じや。
そんなとき、足をぎゅっとされた。そっちを見ると、てちが目を開けたまま寝たフリをしていた。私は安心させるように頭を撫でてやった。
「はいはい。戻った戻った」
「ええー。ひろのんひどいなー」
「みんな起きたからな。ここはサボり場じゃないんだ」
私は仕方なしにまだ寝てた王子を片手で揺すって起こす。てちもゆっくりと起き上がり、脱いでた靴を履き始めた。
みんながぶーぶー言いながら教室へ歩き出すなか、ひろのんが先生らしく私を捕まえて、広げっぱなしにした毛布を指差した。ええ……。あとでええやん……。それでも睨んでくるので、仕方なく片付ける。
「手伝うよ」
「ありがとう、あっちょ」
ふたりで毛布の端をつかんで折りたたむ。それを棚の奥へと押し込んだ。
さて戻るかー。いま何時やろ。むっつりねっとりと黒滝先生に怒られるのはややわー。
美術準備室から出ようとしたとき、去り際にひろのんがささやく。
「また後で」
「うん。またなー」
一緒に教室へ戻ってるとき、あっちょが変なことをいい出した。
「恋ってなんだろうね」
私は思わず「は?」と聞き返した。
もしかしてにゃっこが言ってたふられたというの、当たりなんか。
「恋してはったん?」
「わからなくてさ」
「なあ、そやったら、わからないままでええやん」
「もやもやするじゃんか」
「もやもやするのとわかって泣くのは、どっちがええんやろな」
「それは……」
「まあ、私には恋はわからへんから。かんにんしてな」
「わかるでしょ、それぐらい」
「ないで。彼氏いたことあらへんし。それに恋愛なんてわからないぐらいで、ちょうどええねん。わかってもうたら、よーさん怖くなるんで」
「そっか。やっちん大人だな……」
「ぎゅーぐらいはしたるよー。泣くときでももやもやするときも。私もにゃっこも、同じあっちょの友達やから」
「……ありがとう」
「気にせんとき。これが私の異能力やし」
私はにっこりとあっちょに微笑む。
そうや。私が癒すんや。
みんな癒してあげる。
癒してあげるから、私を好きになってな。
私は隠している。
愛されることに飢えてることを。
美術準備室の青白い蛍光灯が灯ってるのが扉から見えた。その扉をガラガラと横に引く。とたんに油彩に使われるリンシードオイルの香ばしい匂いが、ふわっとただよってきた。
いつものテーブルが少し端に動かされ、そのあたりにイーゼルに乗ったキャンバスがあった。白衣の先生はそれを前にして絵筆を動かしている。大胆に繊細に。私にすら気づかず、ひたすら描き続けている。
「ひろのんの絵、初めて見たわ」
その声で筆がぴたりと止まる。
「家では描けないし、昼間はお前らが使ってるから、今しか描けないんだよ」
そんなことを私を見ずにそっけなく言う。
ほんま、ひろのんはわかりやすいわ。
昼間あっちょとてちと寝てたのを見て、嫉妬してるだけやないか。
かわええな。とてもかわええわ。
こうやってむくれているのは、描いてるこの絵そっくりや。
「この絵、ひろのんぽいわ」
「これが? わかるの?」
「うちのおじいはんと一緒に画家さんたちとよーさん絵を見とってたから」
「そういえば八千代の家は、京都の画商だっけ」
「李白堂言うたら、わりと有名なんやけど。ひろのんは、美術教師のくせにもぐりやな」
「売れない画家に画商さんは縁遠いんだよ」
「ふーん。そないか」
ゆっくり絵を見る。角度を変える。上からも下からも。近くからも遠くからも。そのたびに絵は表情を変えてくれる。
すっかりおじいはんと同じ見方しとるな。あん冷酷じじい、今も昔も嫌いやけど、私にもそない血がちゃんと混じってるんやな……。
「なあ、八千代。そんなに言うなら講評してよ。できるだろ?」
「ええけど、辛口やで」
「大丈夫だよ。美大で慣れたし。何でも言っていい」
ひろのんが木の椅子から立つと、私を入れ替わりに座らせる。真正面から絵を見る。画家がずっと向き合ってた視点になる。
F50号のキャンバス。1メートルあるその中に、ぎらつく日本刀をかまえた女の子。刀は左側に大きく置かれ、今にも振り下ろされそう。人物は正面姿で、黒いシルエットで表現され、顔だけが浮かんでいるように見える。にらみつける女の目。そこから放たれるように、たくさんの色が弾けて飛んでいっている。
「ひろのん、怒ってはるな」
「どうしてそう思った?」
「いろいろな色が弾けているのは、いろいろな想いなんやろなと。女の子にはいろいろあるさかい……、ん……」
首筋にキスされた。そのまま舌を這わせられる。獣のような息遣いをそこに感じる。
私はひろのんのするがままにしてあげた。私を堕としていくように首筋から耳元へと舌先がゆっくり動いていく。
「剣を構えてる構図は見ている人に喧嘩売ってはる……んっ」
「それから?」
「そんな自分が弾けてる。思い通りにならないから、頭に来てる。……っあぅ」
「続けて」
「誰に怒ってはる? 家族? 同僚? 生徒? っ……」
「全部。この世界全部に怒ってる」
顔を手で横に向かせられ、唇を塞がれる。ひろのんの舌が私の舌と絡み合う。激しくかき混ざる水の音。湧き上がる抑えきれない欲望。何度も求め合うように繰り返す。今までこんな関係を何回も続けたのと同じように。
ふいに唇が離れる。少し息を荒くさせ、思い詰めたような怖い顔で私を見つめている。それから黙ったまま歩き出すと、椅子に座ってる私の上にまたがり抱きついた。私は顔を近づけてきたその人に、そっと言う。
「嘘やろ。それは自分のことやろ。不甲斐なさ、どうにもならない想い、そんなことを抱えてる自分を壊したいんや。絵の刃が向いてるのは見てる人に向けたものじゃなくて、描いてる自分に対してで……」
「答えを当てるのは授業のときにだけして、八千代……」
……かなんなあ。
しゅるりと自分のタイをほどく。
「ほら、好きにしてええよ、先生」
私が受け止めるさかい。その怒りも、自分を壊したくなる気持ちも。
「なっ……。ややわ、そないなとこねぶらんといて」
私の体を必死に愛撫し始める。感じさせようと。感じさせて欲しいと。そんな彼女がなんとも愛おしく思った。気づかれないように頭をそっと撫でてあげた。
子供のようやな、ひろのんは。こない大きいのに……。
私は隠している。
先生とのこんな関係を。
せっかく畳んだのにな、と思いながら、皺が寄った毛布の上で、私はワイシャツに袖を通す。そばにはひろのんが素肌に白衣だけを着て座り、うつむいてる。
ひろのんが私と買ってきた毛布。これが本来の使い方。ほんの数時間前に、そのうえであっちょたちが寝ていたことを思い出す。
バレたらめっちゃ気持ち悪がられるやろな。たまに洗濯しとるけど。ちゃうな。そないなことやないな。私はあいつらを裏切ってるというところやろな……。
ふいにひろのんが左側の首元に手を振れる。
「ごめん。跡がついた」
「こないなとこ、ちょっと服で隠されへんな。もう。調子乗りすぎやで、自分」
ひろのんはそう言う私に困っている。
「私はダメな大人だな。流されてしまう」
なんやそれ……。
ダメダメ言うのは、自分を守るためとわかってる。それでも私との関係をそんなふうに言って欲しくなかった。
「私はひろのんのキャンバスやないで。そんなダメダメと後悔しはるなら、抱かなければいいんちゃいます?」
「そうだな……」
「そない思うんなら、旦那はんをたいせつにしたってください、先生」
「ああ……」
苦笑いするひろのん。曖昧に微笑むひろのん。子供にきついことを言われたときにする大人の表情。ずるいと私は思う。それをすれば子供に許されると思ってるから。
そないな表情しても、もう誰にも許してもらえへんのやけどな……。
不倫。
教師と学生。
女同士。
他の学生とも付き合ってることも私は知っている。
どこまで踏みはずせばええんやろな……。
行きつくとこまでついていくんで、先生。
私がこんなにもダメなひろのんを癒すんや。
私は隠している。
愛されるならどこまでも堕ちていいと思う狂った自分を。
下駄箱から靴を取り出す。外からは冷たく湿った匂いが広がっていた。履いた靴をとんとんとし、そっけない学校の扉を開くと、暗闇が私を包みこんだ。少し余韻の残る体には、それがうれしかった。こんな私を世界からこっそり隠してくれるから。
「すっかり遅うなったな……」
空を見上げる。黒よりわずかに明るい灰色の空から、雨がちらちらと落ちてくる。
濡れるのを避けながら、ひろのんに買ってもらったお気に入りの青い傘を開こうとした。そのときだった。
「よっす」
その声に驚いて振り向く。
「わ。あっちょ、どないしたん? びっくりしたやん」
「やっちんを待ってた」
「はい? もしかして、ずっと待ってたんか」
「買い物して戻って来たから、そんなには待ってないよ」
「連絡ぐらい寄越したらええのに」
「サプライズしたかったし」
「もう。そないか」
あっちょはそのまま黙り込む。
暗くてあっちょの顔がぼんやりとしか見えない。それでも何か言いたそうにしているのは、雰囲気でわかった。
「遅いからいっしょに帰ろか」
「そうだね」
あっちょの赤い傘が開く。
私も遅れて青い傘を開く。
雨の中、ふたりで並んで暗い道を歩いていく。
落ちてくる雨粒を街灯が青白く映している。
「あのさ、やっちん。こんな時間まで何してたの? 教室にもいなかったし」
「ちょっと勉強してたんやわ」
「そっか」
あっちょには、それしか聞かれなかった。
どこにいたとたずねられたら、見たと言われたら。そんなことばかりをいろいろ考えていたのに。
「ほい。これ」
「なんやね?」
「チョコ」
「また高そうなチョコやな」
「お昼に寝かせてくれてから。これは、そのお礼」
「あんなー。あれぐらいでこないなことしてたら、倒産することになるわ」
「ああやって一緒に寝れたのが、うれしかったんだよ」
「何言うてはるん。そないだったら親にでもくっつけばいいんちゃう?」
「いま一人暮らしだから」
「あれ、こないだ学校に来たのはお母さんやろ?」
「まあ、そうなんだけど……」
「なんや。訳ありか」
私は立ち止まると傘を肩にかけ、あっちょからもらった包みをあける。さっき見た絵のように、鮮やかに色が飛び散ったようなかわいいチョコたちが現れた。そのひとつをつまむと、あっちょの口元へと差し出す。
「ほら」
「悪いよ。やっちんにあげたんだし」
「自分でこうてきたんやろ。ほら、あーん、や」
「あーん」
チョコをあっちょの口に放り込むと、蛍光灯に照らされた寒々しいあっちょの顔が、少し嬉しそうに変わっていく。
「甘いね」
「悲しくてつらいときは甘いもんやで」
「そっか」
私もチョコをひとつつまんで、口に放り込む。
「ん、おいしなー。いい味しとる」
「良かった」
「ありがとうな」
「そう……、だね」
あっちょの顔色が変わる。暗く陰り、そしてうつむく。
「ん? どないしたん?」
私が傘を寄せようとすると、あっちょはそれを拒むように言った。
「……女同士でキスするってアリなの?」
何言うとるんや……。
あっちょは目をそらし、私ではない何かを見つめている。
試されてるんか、これ……。
あんとき我慢して声出さないよーにしとったのに。
なんで……。
「どう……、思う?」
どうもなにも……。
私はそれを否定した。それは隠すためだった。仕方がなかった。
「あっちょも言うてたやろ。女同士はナシやと思う」
……嘘つきや、私。
「どうせ、そのうち男とくっついて、子供出来たら幸せって言うんや」
……言ってて悲しゅうなるな。
「きっと、どんなに好きでも夏休みが楽しかったぐらいの思い出になるんちゃう?」
……自分に嘘をつくのは、こない苦くてつらいもんなんやな。
「友達でも?」
ん? 友達?
……どないことや。
これ話を変えんとまずいんちゃうか。これ。
「まあ誰とでもええけどな。そんなんはマンガのなかだけやし、あきらめとき。なんかの間違いやで」
「そうだよね……」
こない話、する資格は私にはあらへんのに。
でも、そうでもしないと、ひろのんとの仲がバレてまう。
それはいやや。それだけはいやなんや……。
あんな恋でも私には……。体を求められているあの一瞬にしか、本当の自分の価値はないんや……。
……こんなの、あっちょにはこんなんわからんやろな。
私がそんな気持ちを他の言葉に変えて言おうとしたとき、あっちょが自分の首元を指さした。
「少し隠したほうがいいよ」
思わず反射的に襟を寄せる。
これがなんなんのか、あっちょわかってるんか……。
「ありがとうな」
ごまかすように微笑む。
そうしていればまだ友達でいられる。そう自分に思い込ませるように。
あっちょが傘を手放した。広がった赤い傘が夜道に転がっていく。
それを目で追いかけていたら、あっちょに抱きしめられた。その暖かくて細い体からは、雨の匂いがしてた。
「悲しく笑うなよ」
「あっちょ、抱きしめる相手、間違うとるよ」
「だって友達だから」
「そない友達でもこんな……」
濡れた私の髪を、あっちょが撫でる。
お昼に私が寝ていたあっちょをそうしたように、やさしくゆっくりと撫でられる。
「大切にしなよ、自分を」
そう言ってあっちょは私を強く抱きしめる。
いけないことをしている娘を叱るように。
私は怯えていた。
震えがくるほど怯えていた。
あっちょにひろのんとのことがバレた。
もうあいつらとはいられなくなる。
京都から逃げ出したように、また学校を変えることになる。
そんなことが霞むぐらい怖かった。
――心配されるぐらい愛されたことを。
だから恋なんか、わかりたくないんや。
自分、本当はこない臆病なんやとわかってまう。
ほんま嫌なるわ……。
「ごめんな」
そういうのがせいいっぱいだった。
そんな私をあっちょは黙って抱きしめる。優しい雨の中、濡れるままに。
ふたりの落とした赤と青の傘が、夜道の暗いところで私達みたく寄り添っていた。
私は隠している。
先生と愛し合ってることを。
でも、それを心配してくれる友達がいる。
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次話はにゃっこの番。なんでにゃっこは、こんなにもアレなんでしょうか。そんなにゃっこには普段友達として隠している恋人がいて、その人のために……。
お楽しみに!
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