第28話「涙」

 言ってしまった。




 やっと冷静さを取り戻せた。すると今度は「なんてことをしてしまったんだ」という恥ずかしさに駆られ、顔を隠した。


 指の隙間からちらりと康太の顔を覗く。あまり動揺しているようには見えなかった。けれど、戸惑っているようだった。えっと、と言葉を探るように康太は微笑む。


「いつから?」

「中学1年の時にはもう好きだったよ。でもフラれた時のことを考えたら怖くなって、だからずっと言えなかった。高校に入ったら告白しようって決めてたんだけど、結局無理だった。なんで富永さんのこと好きになったのよ、バカ」


 ポカポカと私は康太の肩を叩く。今までの想いを全部込めて、私は康太を殴り続けた。えい、えい、と右手と左手を交互に突き出した。康太はそれに反抗することなく、私の非力なパンチを受け続けいていた。


「俺、鈍いな……」


 いまさら何を、と言おうとしたけれどやめた。康太は私の手を振り払い、ニッコリと微笑んだ。


「ごめん。全然気づけなかった。お前が俺の家に押し入って来た時に『そういう気があるのかな』ってなんとなく思ってたくらいで……ずっと一緒にいたのに全然気づけなかったんだな、幼馴染なのに」

「ホントだよ、鈍すぎる。バカなんじゃないの」


 泣きながら私は答えた。涙を拭うのに必死で康太の顔もまともに見れない。きっとまだあの時のような笑顔をしているんだろうな。


 康太は私の頭を撫でながら優しい声で続ける。


「でもさ、俺はやっぱりお前を好きにはなれない。多分楓と付き合ってなくても、それは変わらないと思う」


 知ってるよ、と心の中で呟きながら、私は別の言葉を口にした。


「楓さんのこと、好き?」

「もちろん」


 即答だった。ここまで清々しいと、彼女に悔しいという感情すら抱いてこない。


「そっか……いいな、私にもそんな人いるのかな」

「きっと見つかるって」


 そう何気なく康太は言うけれど、やっぱり私は素直に頷けない。康太を越えるような男性なんてこの世界にいないと思う。それはきっと幼馴染フィルターがかかっていると思うけれど、それを抜きにしても康太は素晴らしい男性だ。そんな人と結ばれる楓さんも幸せだろう。


「ちょっとだけ、ごめんね」


 私はそう言うと康太の胸元にポスンと頭を預けた。ドクン、ドクンと康太の心臓の鼓動が徐々に早くなっている気がした。


「ちょ、朱莉?」


 康太の動揺ぶりは声でもわかった。聞いたことないくらいの上ずんだ声で、思わずクスッと笑ってしまった。それならもっとドキドキさせてしまえ、と私はさらにぎゅっと康太を抱きしめた。観念したのか、康太の腕が私を包んだ。


 康太の腕の中はとても温かくて、冷え切った体を芯まで温めてくれる。そのぬくもりが心に染みて、私はまた泣いてしまった。


「……ごめんね、ごめんね、好きになっちゃって」


 独り言のように言葉を漏らしながら私は泣きじゃくった。康太は何も言わず、私の頭をさする。そんな優しいことしないでよ。私、また泣いちゃう……。


 私はただ泣き続けた。ごめんね、ごめんねと繰り返しながら、子供のようにみっともない姿を晒しながら、私は大粒の涙をこぼす。今までため込んでいた康太への想いが全部溢れてくる。こんなことをしても私の恋は報われない。康太の想いは変わらない。だけど、康太は変わらずに私を見てくれていた。嬉しいのと、寂しいのが全部混ざって、私はただ泣くことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る