第24話「言えなかった言葉」

 2年生になった。私は理系に進み、康太と富永さんは文系のクラスへと上がった。これで接点は完全に絶たれた、と思う。


 絶交宣言をしてから、康太は私に話しかけてこなくなった。目を合わせても無視、それは私も同じだったけれど。


 康太のことを忘れたくて、他の人と恋人になろうかとも考えた。何かを忘れるには他の何かを想うのが一番だと聞いたことがある。だけどできなかった。康太が一番好き、という気持ちに嘘をつきたくなかった。


 空っぽだった。そこからの高校生活全部。何をするにしてもやる気は起きないし、勉強だって理系に進んだ理由が元々不純だったからあまり成績は良くない。だけどなんとなく康太や富永さんに馬鹿にされたような気がして、なんとか平均点は取っていた。


「朱莉さ、今楽しい?」

「楽しかったらこんなところいないって」


 たまに杏子とそんなやり取りをする。杏子はそれ以上は何も言ってこなかった。1年の頃はあんなにいじってきたのに。そんなに私は惨めか。いや、想像以上に惨めだな。ちなみに杏子は学年でも5本の指に入るくらいの成績だからなおさら惨めに感じる。


「私、なんで生きてるんだろう」

「そんなに後悔するんだったら告白すればいいじゃん。やらない後悔よりやる後悔だって。実質告白したようなもんなんでしょ?」


 あの日の康太の家での出来事も杏子には全部話している。バカだね、なんて言われたけど。自分でもあの時は狂っていたと思う。


「拒絶されるのが怖いよ……」

「でも実際自分から拒絶してるんだから、変わんないって」


 うう、と私はまた頭を悩ませた。ホントに、こんなに優柔不断な人間だから私は告白も未だにできないし康太との思い出にすがっているのだろう。はあ、と溜息をつき、私は窓辺から自分の席に戻る。私たちの昼休みは大体こんな感じだ。


 3年生になっても変わらなかった。杏子とも同じクラスになれた。ちなみに康太と富永さんもお互い同じクラスらしい。杏子経由で知ったが、まだ2人は付き合っているようだ。なんと倦怠期もなく、お互い喧嘩ひとつしたことないとのこと。どこからそんな情報が出てきたのかは定かではないけれど、幸せそうで何よりだ。私には全く幸せになれる気配が全くない。


 学校行事もさほど盛り上がれなかった。いつも「心ここにあらず」という感じだったと思う。もちろん楽しくなかったわけではないし、2年の時に行った北海道への修学旅行も楽しかった。だけど、つい「康太と一緒に観光できていたらどれだけ幸せだっただろう」なんてふと考えてしまう。自分の未練が本当に恐ろしい。この頃にもなると流石に寂しさにも慣れてきた。だけど朝一緒に康太がいないことに改めて心苦しくなる日もたまにある。


 母親からも「康太くんと最近どうなの」なんて聞かれるけれど、さすがに「絶交した」なんて言えないから「普通」とだけ答えている。何をもって普通なのかはよくわからないけれど。


 私と康太との関係にそれ以上進展がないまま、私たちは高校を卒業した。卒業式の帰り道、私は偶然康太と再会した。多分2人きりで会うのはあの日以来だ。いつものようにスルーしようとその場を去ろうとしたけど、突然康太が呼び止めた。


「朱莉!」


 立ち止まってしまった。立ち止まりたくなかったけど、足が動かない。私は振り返ることもせず、「何」と返す。


「あのさ、卒業、おめでとう……」


 それだけだった。3月の頭なのでまだ少し肌寒い風が肌を伝う。私はまだ振り返ることができなかった。


「絶交って言ったじゃん。それなのになんで今日話しかけてくんのよ」

「今日くらいいいだろ。絶交してもまた友達やり直せばいいし」


 そんなお気楽になれるなら今頃私は苦労していない。ずっと感傷に浸っている私の心に染みるくらい康太の声は温かかった。


「俺さ、上京するんだ。だから最後くらい朱莉とちゃんと話したくてさ。あんな絶交宣言されても嬉しくないし、ちゃんと別れの挨拶は言っておきたいから」


 おそらく康太は進学のために上京するのだろう。だから、きっと今日が康太と会える最後の日だ。私は東京とは全く別方向の私立大学に進学することが決まったからこれが本当の別れだと思う。


「そっか、頑張れ……」


 多分、言うなら今しかない。あの時のことで私の想いは多分気付かれていると思うけど、ちゃんと口にしたことはなかった。


 言え、言うんだ。そう自分に言い聞かせても、振り向くことすら怖い。


「富永さんとは、どんな感じ?」

「ああ、お陰様で何事もなく」

「そう、よかった」


 久しぶりに心臓がズキンズキンと痛む、こんな痛みいつ以来だろう。気を許せば涙が出てしまいそうだったけれど、そこは堪えた。


「あ、あのね、康太、私……」


 意を決し、私は振り返った。康太は、あの頃と何も変わらない顔で私を見ていた。変わったことといえば、少し背が伸びたこと、以前よりも男らしい顔になったこと、くらいだろうか。


「私……」


 言葉を失ってしまった。顔を見て、言いたいことが喉の奥まで引っ込んでしまった。関係が壊れてしまうとか、そんなもの今は関係ない。だけど言えなかった。多分あの瞬間で言いたかったこと全部が脳内で消されてしまったのだと思う。


「……ごめん。やっぱりやめた。それよりも康太、卒業おめでとう」


 笑ったつもりだったけど、目から温かいものが流れ出ていた。何泣いてんだよ、なんて康太は茶化す。誰のせいだと思ってるんだ、と言いたくなる気持ちは胸の奥にしまっておいた。泣いて、泣いて、その後は気持ちがすっきりしたのか笑った。ここ数年で一番清々しい気分になれた。多分康太と一緒にいれたおかげだろう。


 その後、久しぶりに康太と同じ道を歩いた。あまり話さなかった。話せなかった。富永さんとどんな感じ、くらいだ。幸せそうに富永さんのことを康太は語る。延々と語っていた。本当に富永さんのことが好きなんだなって、隣から伝わってくる。


 お互いの家の前に着いた。「じゃあ」と康太が言うので、私も「じゃあ」と返した。この時はちゃんと笑えていた、と思う。こんな風に心から楽しめたのは久しぶりだ。


 康太が家の中に入るのを見送り、私も玄関の扉を開ける。扉が閉まると、急にとてつもない寂寥感が私を襲った。康太との今までの思い出が走馬灯のように流れてくる。いろんなことがあったけど、全部かけがえのない思い出だ。


「ちゃんと、好きだよって言えばよかったな」


 小さな後悔を隠すように、私はその場にうずくまって泣いた。今日は泣いてばかりだ。

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