第23話「昔には戻れない」
「……朱莉?」
康太は顔を真っ赤にしていた。そりゃそうだろう。女子高生に押し倒されたら、たとえ相手が恋愛対象でなくとも少しは心が搔き乱されるはずだ。
「アンタのせいなんだからね……」
気が付けば私の唇は自然と康太のそれへと寄っていった。もうどうなってもいいや。そんな自暴自棄で私は康太に迫った。だけど。
「やめろ! 朱莉!」
やっぱり康太は男だ。康太は私を力づくで払った。流石に男子高校生の腕力には敵わず、私は体勢を崩して尻もちをついてしまう。
そこで私は我に返った。未遂とは言えとんでもないことをしてしまった。思い返すだけでも恥ずかしくなってしまう。
「いや、これは、その、違くて……」
「はあ?」
大丈夫か、と康太は手を差し伸べてくれたけど、私はそれを右手で払いのけ、康太の家を出た。私の家に逃げ込んでも、心臓はまだバクバクと激しく鼓動を打っている。そんなに距離がないはずなのに息切れがする。行きは何にも感じないのに、今とても死にたい気分だ。
スマートフォンが鳴った。当然康太からだ。出たくないのに、手は勝手に通話のボタンを押している。
「あの……もしもし」
震える声で尋ねた。電話の向こうはしばらく沈黙が続いていた。多分何か聞きたい、というかさっきのことについて聞きたいことがあるはずなのだろうけれど、それを尋ねてくる気配はない。自分から声をかけようか。いや、どの立場が言っているんだ。
「……ごめん。さっきのことは忘れてくれる? 私、なんかどうかしてたみたい」
『忘れられるわけ、ないだろ……』
小さな声だったけど、確かに聞こえた。怒りのような、いろんな感情がぐちゃぐちゃになった声だ。ごめん、と康太よりも小さな声で返事をする。
「私たち、もう今までの関係には戻れないんだよ」
あんなことをしてもしなくても、私たちの関係はもう亀裂が生まれて修復なんてできない。何もかも全部壊れてしまった。今まで思い出も、これからの思い出も全て。
涙が出そうだった。だけど堪えた。もうこれ以上康太の前でみっともない姿なんて見せられない。
『本気で言ってんのか、それ』
「本気だよ。実際、私おかしかったじゃん。康太は今まで通りできるかもしれないけど、私にはできないもん」
『俺が、富永さんと付き合ったから?』
その質問に、私は黙ったままだった。だって、こんなの「はい」しか言えない。でもそんなの言えるはずがない。もしこれで康太が「富永さんと別れる」なんて選択を取ったら……腹を引き裂いてでも責任を取らなければならないな。
「絶交しよ、康太」
多分、この時私は微笑んでいたと思う。鏡を見ていないからわからないけど。
「ごめん。もう私は康太と一緒に入れない。今まで友達でいてくれてありがとう。幼馴染でいてくれてありがとう。富永さんと幸せになってね」
こうすることしか私にはできない。私は不器用だから、好きな人の恋路なんて応援できない。
電話の向こうから沈黙が流れる。しばらくして、康太の声が聞こえた。
『その答え、変わったりしない?』
「しないよ。あ、死ぬとかそういうのじゃないから。ただの絶交。もう口なんか利いてやんない」
ニヒヒ、と笑った。多分これは心からの笑顔だったと思う。もう感情がバグを起こしているんだろう。
『……わかった』
「ならよし。それじゃあね、康太」
通話を切った私に待ってましたと言わんばかりに無力感が襲いかかる。スマホを持っていた左手が重力に逆らえずに床に落ちる。
「大好きだよ、康太……」
無力感の後は虚無感だ。ボロボロと涙がこぼれてくる。拭っても拭っても、涙は止まらなかった。自分で絶交って言っておいて、こんなになるなら言わなければよかったのに。そんな後悔が今更身体中を駆け巡る。だけど2人を祝福するにはそうするしかない。
私は通話アプリにある康太のアカウントをブロックし、トーク履歴を削除した。
さよなら、康太。
これからも大好きだよ。
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