第19話「本心」
文化祭も終わり、そこからしばらく経った11月下旬のことだった。
「
2学期の期末考査が近かったこともあり、自分の机で英語の課題を進めていた昼休み、富永さんは私に話しかけてきた。富永さんが私に話をすることなんて滅多にない。キョロキョロと教室内を見渡したけれど、康太の姿はなかった。
「な、何か用?」
「二人きりで話がしたいのですが、お時間頂いても?」
柔和な笑顔だったけれど、その笑顔が逆に怖い。どうしてこんな時に康太がいないのか。もしかしたら今日私死ぬかもしれない。
断るのが怖かったので、私は無条件に頷いてしまった。ついて来てください、と富永さんが言うので、おそるおそる私は彼女についていく。2人きりで話がしたい、ということは、聞かれてはマズい内容なのだろうか。不安がさらに募る。
やってきたのはB棟1階の生物教室前だ。周囲には誰もいない。まさに、密談をするにはうってつけの場所だ。
「単刀直入に伺いますね」
そう尋ねる富永さんの表情は、さっき洋室でみた柔和な笑顔とは違い、キリッとした鋭い目つきをしていた。まるで何かと対峙しているかのような、そんな感じがする。今まで見たことない顔だ。いつもおしとやかで、可愛げがあって、少なくともこんな怖い表情なんかしない。場に緊張感がほとばしる。
「鈴木さんは、浜本くんのことをどう思っているんですか?」
「……えっ?」
唐突な質問に、一瞬頭が真っ白になる。だけど富永さんの表情は本物だ。その目に一切の曇りはない。富永さんは続ける。
「好き、なんですよね、浜本くんのこと」
その言葉は、富永さんに一番言ってほしくない言葉だった。バレてた。グサリ、と心臓が貫かれたような感覚だ。おそらく一発で即死クラスの武器だ。
これはマズい。本心をさらけ出した方がいいのか、それとも言わない方がいいのか。私にはわからない。
「……別に、普通だよ」
「私にはそうは見えませんでしたけど」
観察眼が鋭い。富永さんももしかしたら杏子と同じような力の持ち主なのかもしれない。まあ杏子のアレは特殊が過ぎるけれど、富永さんの洞察力も負けてはいない。
「仮にそうだとしても、康太の彼氏は富永さんなんだから、気にする必要ないよ」
「じゃあ、鈴木さんの心はどうなっちゃうんですか?」
それは、悲痛な叫びのような声だった。どうして富永さんはここまで私に気をかけてくれるんだろう。
「私、鈴木さんが羨ましいんです。浜本くんと幼馴染で、小さい時からずっと一緒にいて、私が鈴木さんだったらって、時々思っちゃうんです」
それは、私だって思ってる。私が富永さんだったら。今頃幸せな恋愛を贈れていただろうか。いや、いくらルックスが良くなったからといって中身がこれでは何の解決にもならないだろう。そもそも富永さんが話しているそれとは全くの別物だ。
「富永さんは、康太と別れたいの?」
半ばヤケになって私は尋ねた。我ながら最低な質問だと思う。富永さんはあたふたとしていた。
「いや、そんなつもりはないんですけどね、ただ、鈴木さんを見ていると、なんだか申し訳ないなって思えてきて……」
「はあ……」
なんだこの人は。恋愛に申し訳ないなんてあるか。私がうだうだしていたから康太は私には振り向いてくれなかった。ただそれだけの話だ。辛くないと言ったら噓になるけれど、それを富永さんが気に病む必要なんてない。むしろ、ライバルが減った、と喜ぶべきだ。それなのに、富永さんは……。
優しさは時に人を傷つける。おそらく彼女はそれを知らない。もしこれが純度100%の優しさなら、相当タチが悪い。
「申し訳ないとかさ、そんなのどうだっていいよ。富永さんは康太のこと好きなの?」
その問いかけに富永さんは顔を赤くしながらコクリと頷く。
「じゃあそれでいいじゃん。別に私のこと気にする必要なんかないよ。康太と付き合ってるのは富永さんなんだし、ちゃんと康太のこと信じてあげて、私と康太はただ幼馴染ってだけで特別な仲なんて何もないから」
何もない。私はそう思いたくなかったけれど、事実だ。おそらく康太にとっては、私よりも富永さんとの絆の方が重たい。私は2番手だ。
「だからこの話はこれでおしまい。私は全然大丈夫だよ。康太のこと、よろしく頼むね」
そう言って逃げるようにその場を立ち去ろうとした。だけど、富永さんは「待ってください」と呼び止める。
「自分の気持ちには、正直になった方がいいですよ。余計なお節介かもしれないですけれど」
本当だ。本当に余計なお節介だ。私は振り返ることもせず、ありがとう、とだけ言って教室に戻った。胸がズキズキする。即死攻撃を何発も食らったようだ。
なんだよ、なんだよ……奪ってもいいってことなの? よくわかんない。ぐちゃぐちゃになりそうな感情を押し殺すように、私は胸元をぎゅっと手で押さえた。
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