第12話「告白」

 文化祭前日。どのクラスもクラス展示の最後の準備に取り掛かっていた。私たちのイルカも躍動感あふれるものに仕上がっており、教室内の雰囲気も海を感じさせる透明感のある作品に仕上がった。まるで段ボールから出来上がったとは思えないほどのクオリティだ。


 全ての準備が終わる頃になるともうすっかり陽は沈んでいた。それもそのはずで、時刻は既に6時半を回っていた。本当なら最終下校時間をとっくに過ぎているけれど、今日だけは特別ということで7時までの学校の開放が許可されている。


「お前らー、準備できたらさっさと帰れー」


 巡回の先生の催促もあって、クラスメイトは皆いそいそと帰っていった。私も康太に「一緒に帰ろう」としたけれど、康太の視線には私の姿はなく、富永さんだけが康太の目に映っていた。


 大事な話がある。


 そう富永さんに告げるのを私は聞き逃さなかった。ああ、とうとう告白するんだ。自然と察することができた。だって、目が本気だから。


 心臓がぎゅっと苦しくなる。恐れていたことが遂に起きようとしている。阻止するべきか、見守るべきか。そんなの、決められない。


 最後まで教室に残ったのは文化祭実行委員である康太と富永さんだけになった。「最後の作品チェック」と言っておけば2人きりでいることにも問題はない。だけど本当の目的は別にある。


 私は教室を出て一度は昇降口に向かった。だけどどうしても2人のことが気になったから戻ってきてしまった。今教室のドアの向こうにしゃがんで様子を窺っている。万が一気付かれたら「忘れ物を取りに来た」と誤魔化しておこう。


 教室の中はしばらく無言だった。緊張感が走る。その沈黙を破ったのは富永さんだった。


「それで浜本くん、話ってなんですか?」

「あ、うん。あのさ……」


 中の様子はよくわからないけれど、とにかく康太はうろたえているようだった。そりゃそうだろう。好きな人に告白するのだから。緊張しないわけがない。それに、もしフラれたら、なんて想像が働いて想いを伝えるのも躊躇してしまう。


 やめて。それ以上の言葉を言わないで。今すぐにでも耳を塞ぎたかった。だけど、この瞬間を見届けないと私は前に勧めない。この現実と否応なく向き合わなければ、私の恋は終わってくれない。


 康太はふう、と一呼吸おいて、その言葉を口に出した。




「好きです。中学の時から、ずっと富永さんのことが好きでした」




 ああ、言ってしまった。とうとうその時が来てしまった。心臓が槍で貫かれたように痛い。だけどこの場から動けない。逃げ出したくても、身体は「まだここにいろ」と呪いにかかっているようだった。


「……どうして私なんですか? 浜本くん、いつも鈴木さんと一緒にいるじゃないですか。幼馴染、なんですよね。私よりもずっと一緒にいるはずなのに」


「でも、俺は富永さんの方が好きなんだ。恥ずかしいけど、多分一目惚れだったと思う。朱莉は幼馴染だけど、なんていうか、その……小さい時からずっと一緒にいたから、妹みたいな感じなんだよ。だから俺はアイツを好きになれない。いい奴だけど、恋愛になるとまたちょっと違ってくると思うから」


 そっか、そうだったんだ……私、康太からそんな風に見られてたんだ。こんなの、どう転んでも負け戦だったじゃん。ボロボロと涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえて、私は富永さんの答えを待った。


 沈黙が続く。多分3分ほどはお互い何も話していない。


「……本当に、私なんかでいいんですか?」


 自信なさげに富永さんは尋ねる。


「富永さんだから付き合いたいんだ。俺は、富永さんのことが好きだから。世界中の誰よりも」


 なんだか聞いているこっちまで恥ずかしくなりそうなセリフだ。だけど、康太の富永さんへの愛が伝わってくる。私なんかじゃ立ち向かえないくらい大きな愛だ。


 康太のセリフが面白かったのか、富永さんはクスッと笑った。


「やっぱり、さっきの言葉忘れて」

「いいえ、忘れません。浜本くんがどれだけ私のことが好きなのかわかりました。すごく、すっごく嬉しかったです。だから、こんな私でよければこちらこそよろしくお願いします」


 それは、康太の告白に対する答えだった。よかったじゃん。憧れの富永さんと恋人同士になれて。よかったよかった。さて、邪魔者はこれにて退散するとしますか。


 だけど立ち上がろうとした瞬間、身体の力がふっと抜けて重心が後ろに下がり、そのせいでガタンとドアにぶつかってしまった。あ、バレる。そう思った数秒後に2人は私のところにやってきた。


「朱莉、お前何やってんの?」


 終わった。全身の冷や汗がダラダラと溢れ出す。修羅場だ。誰でもいいから殺してくれ、と心の底から願った。

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