第10話「隣にいる時間」
沈黙が続いた。多分、お互い何を話せばいいのかわからないのだと思う。少なくとも私はそうだから。
「あ、あのさ、昨日は、どうだった?」
「昨日?」
どうしてそんな傷口に塩を塗るような行為をしてしまったんだろう。口にした直後、冷や汗が背中を伝う。全身の鳥肌が総動員し、身構えている。
「富永さんと! 昨日一緒に帰ったんでしょ?」
そう言われて康太はようやく思い出したかのように「あ」と呟いた。こいつ、本当に富永さんのこと好きなんだろうな。
「一応どうなったか訊いておかないと。私康太のために風邪ひいたようなもんだから」
「風邪はお前が勝手にひいたんだろうが」
そうケラケラと笑う康太だったけど、ちゃんと昨日の雨のことを教えてくれた。結論から先に行ってしまうと、進展は何もなかった。告白したとか、名前呼びになったとか、そういうのはない。ただ会話をしながら、富永さんを駅まで送った。それだけだ。
少しだけ安堵した自分がいた。薄気味悪い奴だな、と自嘲する。
「それで、どんなこと話したの?」
「特に何もなかったよ。文化祭頑張ろうとか、そんくらい。あ、でも富永さんずっとお前のこと心配してたぞ。申し訳ないことしたって」
別に気にしていないのに。本当にいい子なんだな、とつくづく思う。
その後も少し談笑をした。こんな時間がずっと続けばいいのに。そうすれば、この胸の痛みもいずれなくなる。
「それじゃあ俺、これで帰るから。明日はちゃんと学校来いよ。富永さん、すごい心配してたんだから」
「わかってるって。もう元気だから。ありがと」
スッと扉越しに康太が立ちあがる音が聞こえる。帰っちゃうんだ。どっと胸の中に寂しさが溢れてくる。もっといてほしい。そう考えるよりも先に身体が動いた。
「あのさ」
私はベッドから起き上がり、部屋の扉へと向かう。寝間着姿は流石に見せられないけれど、もう少しだけ康太と一緒にいる時間がほしい。ほんの少しでいいから、康太の傍にいたい。そんなことを想ってしまうのは、罪なことだろうか。
「康太はさ、富永さんのこと、好き?」
なんでそんな分かりきったこと聞くんだ。相変わらず自分のバカさ加減が知れる。当然康太は迷うことなく「そりゃもちろん」と答えた。ホントに鈍感な奴だ。そんな無神経なこと言って、嫌われて知らないぞ。
「じゃ、じゃあ……」
そこまで声が出たけど、途中でやめた。怖くなった。一番聞きたくない答えが返ってきそうだったから。
私のこと好き?
そんなこと言えるはずもない。
「何?」
「いや、なんでもない。今日はありがと、お見舞いに来てくれて。ちょっと元気出た気がする」
「そりゃよかった。じゃあ、また明日学校でな」
「うん、また明日……」
トタトタと階段を下りていく音を背に、私はもう一度ベッドにダイブする。さっきまでのやり取りを思い出すと、布団に身を隠したくなる。誰か私を殺してくれ。私は声にもならない叫び声をあげ、バタバタと脚を動かしながらベッドの上をのたうち回った。
せっかくの2人きりのチャンスだったんだから告白すればよかったのに、と心の中の悪魔が呟いた。確かにこんな状況そうそう訪れてこない。だけど、告白したところで結果は見えている。私は報われない。それどころか……今の関係が壊れるくらいなら、私はこのままでいい。これ以上康太との距離が離れるのが嫌だった。だけど、どちらにしろ康太はいずれ私の元を離れていくんだろうな。そんな予感がしてならなかった。いつになったら私は康太の応援ができるんだろう。
「好きだよ、康太」
誰もいないところでなら言える。だけど本人の前じゃ、言えるわけがない。恥ずかしいよりも怖いが勝る。
はあ、と私は溜息をついた。この感情は、一体いつになったら消えてくれるのだろう。
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