第8話「どうして......」
ざあざあと、雨音が激しさを増していく。止む気配は全く感じられない。両親は共働きだから今すぐには動けず、ずぶ濡れになりながら帰るしかない。元々そんなつもりだったから別に気にも留めていないけれど。
康太、ちゃんと富永さんと話せているだろうか。きっと相合傘効果で富永さんも少しは康太のことを意識するかもしれない。そうなったら……そうなったら、ちょっと嫌だな。
こんなドス黒い感情もこの雨は洗い流してくれるだろうか。そんな気持ちで私は昇降口を出る。私の制服はものの数秒でびしょびしょになってしまった。いつもよりブレザーが重たい。水を吸っているせいか、それとも別の理由か、あるいは両方か。知ったところでどうすることもできないが。
雨は強く冷たく私の体に打ち付けた。この一粒一粒が思ったよりも痛い。まるで肌が切り裂かれるようだ。おまけに風も吹き始めてきた。進んでいる方向とは真反対の、逆風だ。
いつも隣にいた康太は今日はもういない。きっと、もう肩を並べて歩ける日は来ないかもしれない。そう思うと、途端に虚しさが私の心をえぐる。きっと、私が無意識のうちに生み出した化け物なのだろう。この獣は無遠慮に私の心の中を荒らした。今までの康太との思い出が音を立てて壊れていくようだ。
どうして、私じゃなかったんだろう。
どうして、富永さんだったんだろう。
どうして、どうして……。
悔しかった。辛くて、苦しくて、体内にあるもの全てを吐き出しそうだった。今すぐにでも喉元を引き裂いて死んでしまいたい。
怪物はそれでも心の破壊を止めない。もうやめて、と何度も叫んでも、康太との思い出は崩れていく。ガラス細工がそうなるように、細かい破片を飛ばしながら。
「康太……」
私の足は止まっていた。曇天を仰ぎ、雨に打たれる。ツーッと、頬をあたたかい線がしたたり落ちた。雨の雫ではない別の何かだ。もう止まらない。ボロボロと蛇口が壊れたように涙がこぼれ落ちる。
どうして、私は後悔ばかりの選択を選んでしまったんだろう。もっと早くに告白しておけば、とつくづく思う。その後悔が積もりに積もって、今この惨劇が生まれてしまっている。こんなことになるなら、康太のことなんか好きにならなければよかった。
雨はやむことなく強く振り続けている。泣いても泣いても気持ちが収まらない。この抑えきれない感情は一体どこに向ければいいのか。それでも私は歩みを進めた。今はもう何も考えたくない。おぼつかない足取りで家路を歩くその姿は、まさに生きる屍と言えるだろう。
ただいま、と言える気力はもう残っていなかった。立っているのが精一杯で、雨に濡れた制服に潰されそうだった。玄関はもう私のせいで水浸しで、もう既に帰っていた母は私を見るなりすぐにタオルを取ってきてくれた。「傘どうしたの」と怒られたけど、何も心には響かなかった。
私は、本当に馬鹿な人だと思う。
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