第7話「雨」
文化祭まで残り1週間を切った、とある雨の日のことだった。この時期になるとみんな準備に精が出るようになる。私たちのクラス展示もそれは例外ではなかった。みんな和気あいあいとしながら段ボールに色を塗ったり、細かい飾り付けを作ったりしている。目玉であるイルカのオブジェは思った以上に製作が難しく、一時は「イルカは諦めよう」という声まで上がった。だけどリーダーは最後まで諦めず、その結果かなりクオリティーが高いイルカが完成しつつある。私も諦めなければ康太と付き合うことができたのかな、なんて思ってしまう。
気が付けば最終下校時刻ギリギリになってしまった。下校を促す校内放送が流れる。明日もいつも通り授業がある。急いで教室を元に戻し、オブジェクト類を担任の車や生物準備室に移動させた。担任が生物担当で本当に良かったと思う。
外はすごい雨だった。ざあざあと窓越しでも雨の激しさが伝わってくる。朝の時点では曇っていただけだったのに、お昼を過ぎると今のような豪雨となってしまった。折り畳み傘を持っておいてよかったな、と安堵しながら、私はその足で昇降口へと向かった。
昇降口の前に康太が立っていた。どうやら傘を持ってきていなかったようだ。
「こんなことなら天気予報ちゃんと見とけばよかった」
そうぼやきながら雨が止むのを待つ。しかしなかなか止む気配はない。ここから学校までは大体10分から15分ほどの距離だが、この雨だと走っても厳しいだろう。
もしかして、と心の悪魔が囁いた。これは相合傘のチャンスなのではないか、と。こんな経験なんて滅多にできることではない。しかも相合傘という物理的にも近づくことで康太とより親密になることができるのではないか。あわよくば告白できるかも……。
いやいや、と私は首を振った。そんなことをしても、康太の返事は決まっている。応援する、と誓った私の信念はどうやら脆く崩れ去りやすいみたいだ。我ながら情けない。
しかしこのまま康太のことを放っておくこともできない。そうだ、これは「仕方なく」というやつなんだ。家が同じ方向の康太とたまたま傘が1つしかなくて、だから一緒の傘に入る。これは仕方のないことなんだ。
そうと決まれば、と康太に声をかけたところで、私の視線は昇降口に向かう1人の少女の方に向かった。
「あ」
富永さんだ。どうやら富永さんも傘を持ってきていなかったらしい。随分と困っている様子だった。意図的なのか無意識なのかはわからないけれど、康太の隣に立ち、雨が止むのを待っている。
うん、仕方ないよね。
私は康太のところに駆け寄り、折り畳み傘を渡した。こんなの、神様が無理やりでも「くっつけ」って言ってるようなものじゃん。
「これ、使いなよ」
当然康太は戸惑っていた。そりゃそうだろう。じゃあお前はどうすんだ、とでも言いたげな様子でこちらを見る。知ったことか。私は続けた。
「これ使って富永さんを駅まで送るの」
「いや、富永さん反対方向だし」
「好きな人困らせていいの?」
本当に好きなら男気くらい見せろ。私は康太を睨んだ。じゃなきゃ、私は康太に惚れていない。
「でもお前はどうすんだよ。傘持ってきてないだろ」
「私はお母さんにでも迎えに来てもらうから」
「そう……それならいいけど」
戸惑いながらも康太は傘を手に取る。
「ありがと、朱莉」
そう言うと康太は富永さんに声をかけた、ここでの会話が聞こえていたのか、それとも康太が全部話したのか、富永さんは私の方を向いて申し訳なさそうに頭を下げた。いい子だ。私は「気にしないで」と返し、2人を見送った。
相合傘をする康太と富永さんは、後ろ姿だけでも様になっている。よく見ると康太の左肩が少しだけ濡れている。こういうところが康太のいいところだ。私の時でもしてくれるのかな。そんなことを考えながら、私は2人が見えなくなるまで昇降口に突っ立っていた。迎えなんて来ない。
これでよかったんだよね。
自分に言い聞かせるように、私はポツリと小さく呟いた。雨は増すばかりだった。
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