第3話「私に出来ること」
翌日の朝、「行ってきます」と玄関を開けるとすぐに康太の姿が見えた。ぎゅっと胸が締め付けられる感覚がする。
「おはよう、
「お、おはよ……」
恋心を忘れようといくら思っても、康太の顔を見たら嫌でも思い出してしまう。自分がどんなに康太のことを好きだったのかを。私はすぐに目をそらし、康太の少し後ろを歩いた。
「昨日はごめんね。どうしても外せない用事があってさ。ホントごめん」
「いいって。もう気にしてないし」
そっか、と私は康太の方を見た。本当に気にしていないようだった。それはそれでなんだか釈然としないが、不愉快になっていないのなら別にいい。
「あ、あのさ、私、応援するから。富永さんのこと」
自分で言っておいて胸が苦しくなる。蛇のように心臓にまとわりついて、キュッと締め付けて潰しにかかっているようだ。上手く笑えているだろうか。泣いてはいないだろうか。ドクンドクンと鼓動がうるさい。
康太は一瞬ポカンとした表情を浮かべていたが、咄嗟に顔を真っ赤にした。
「な、なに言ってんだよ! そういうの、別にいらないから」
「でも私が助けてあげないと康太いろいろ失敗しそうだから」
「しないって」
しないだろうな。本当は自分でも何となくそう思っている。あんまり頼れない奴だけど、ここ一番という時には強い。
「ま、私が康太のことからかいたいだけなんだけどね」
と言ってみたけれど、本心は違う。きっとそう遠くないうちに康太は私の元を離れてしまう。その前にできるだけ康太と一緒にいたい。その口実だ。そして康太の告白を見届けて、私の恋心とも別れを告げる。そういう算段だ。
結局私が勝手に康太のアシストをするという形で話は進むことになった。康太は何一つとして了承していないけれど。
「それで、富永さんってどこ住みだっけ」
「どこだっけ。電車通学って話を前にどこかで聞いたことがあるから、まあ俺らと全然違うのは間違いないな」
「駅、学校の反対側だもんね。それじゃ一緒に登下校して仲良くなる作戦は無理か」
そんな会話をしながら私たちは学校へ向かっていった。もちろん私の心にダメージがないと言われたら嘘になる。でもこの痛みも少し慣れるとそこまで痛みを感じない。どこかで心が壊れてしまったのだろうか。そんな風に憂いながら、私は康太のために何ができるのかを考えた。
そこでふと、あることを思い出した。高校に入学してすぐのことだ。クラスの中で役職を決める時間があった。学級委員長とか、そういう感じのあれだ。
「康太さ、富永さんと一緒だったよね」
「何が」
「文化祭実行委員」
あ、と思い出したように康太は口を開ける。文化祭実行委員は、10月の頭に開催される文化祭に向けてクラスを取り仕切る役職だ。1学期は完全に仕事がなかったので忘れていた。だけど今はもう9月の頭だ。もうそろそろ文化祭に向けての準備も少しずつ始まっていく。そうすれば一気に2人の距離が縮まる。
「それだよ! その準備期間で富永さんと仲良くなるの! どうせ買い出しとか一緒に行くんでしょ? そこしかないって!」
「いや、でもいきなり2人っきりってちょっと」
「富永さんと付き合いたくないの?」
グッと私は康太に顔を近づける。康太は目をそらしながら「付き合いたいです」と小さく呟いた。本当に大丈夫なのだろうか? 多分私が押したらコロッとなびいてくれるのではないか。
……試してみようか。心の中の悪魔が私に囁く。いやでも私の初恋は忘れるって決めたんだ、といくら制止しても、ずっと抱えていたこの思いは簡単に消えるものではなく、出来ることなら康太に振り向いてほしい。
だから、魔が差した、という言い方が相応しいのだろう。
「そんなんじゃ、私の方が先に康太を奪っちゃうじゃん」
頭の中がグルグルする。なんでこんな恥ずかしい台詞言っちゃったんだ。しかも何だこの日本語。どことなくおかしいのは気のせいか。いろいろと恥ずかしくて死にそうだ。
ちらりと康太の顔を覗いた。予想以上に引いていた。うわあ、と汚物を見るような目だった。その目線がグサリと私の胸をえぐる。ああもう死にたい。いっそ誰か殺してくれ。
「お前、何言ってんの?」
「……冗談に決まってんじゃん、バカ」
結局この後は一言も喋ることができず、私たちは学校に着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます