第2話「諦め」

 略奪愛、という物騒なワードが私の頭の中によぎる。そもそも略奪どころか、まだ康太と富永さんは付き合ってすらいない。だから2人を引き離して、私が康太と付き合っても、問題は何一つないのだ。でも……康太はきっとそれを望まない。


 康太には幸せになってほしい。でも康太の描く幸せの中に私は含まれていない。きっと私が康太に告白しても、康太は喜ばない。康太が喜ばないのなら、私も嬉しくない。


「やっぱ応援しなきゃ、駄目だよね」


 ベッドから体を起こし、私は全身鏡に映る顔を覗いた。酷い顔だ。目元は真っ赤で、鼻水も垂れ、顔はぐちゃぐちゃだ。


もう諦めるしかないんだ。覚悟決めろ、私。


 そう言い聞かせるように私は両頬を思い切り叩く。パチン、と部屋に気持ちいいくらいの音が響き渡った。おかげで頬がじんじんと痛い。だけどこんなもの、失恋のショックの比でもない。


 私は制服を脱ぎ捨て、普段着であるTシャツとデニムに着替えた。色気も何もない、動きやすさだけに注視したファッションだ。こんな格好を康太が見ても、きっとときめいてすらくれないだろうな、なんて……。


 ……マズいな。思った以上に私は康太に浸食されているらしい。何をするにしても、真っ先に康太のことを考えてしまう。今日の料理のこと、この前見たテレビ番組、近くにいた野良猫……どれだけ些細なことでも一番に康太に報告したくなる。多分、これが恋心なのだろう。今日私は改めて康太への恋心を自覚した。それがいかに大きいものかも知ってしまった。こんなこと知りたくなかった。


 康太への想いを断ち切るには相当時間がかかりそうだ。これはとんでもなく精神に負荷がかかるぞ。全身鏡に映っている私の顔は、すこし引きつった笑みを浮かべていた。


「私って、ホントバカだなあ……」


 叶わないとわかってもなお、康太のことを想わずにはいられない。だって、康太のことが好きなんだから。ずっとずっと好きだったんだ。この抑えきれない感情は、いったいどこへ向ければいい? そんな自問自答を投げかけたところで答えは返ってくるはずもない。


 このモヤモヤはきっとすぐには消えない。少なくとも今日はずっとこの不快感と共に生活することになるだろう。台所で夕飯の準備をしていたお母さんに「ちょっと気分転換」と言って、私は家を出た。私が行き絶え絶えで帰って来た時も、お母さんは何も言わなかった。察しのいいひとだから、私に何かあったことは絶対お見通しだと思うけれど、今は何も尋ねてこないお母さんの優しさに感謝した。


 外はもう太陽が傾き始めていた。空は茜色に染め上げていて、まるで秋の訪れを感じさせるような風景だ。こんな景色は私のセンチな心を刺激する。ずっとずっと心の中に抱えていた爆弾が今にも炸裂しそうだ。だけどもう諦めるって決めた。忘れるって誓った。そうしないと、康太のことをちゃんと応援できないから。


 夕日が綺麗だった。その美しさが私の心に染みる。本当はあの夕日に向かって叫びだしたいけれど、周りが住宅なのでやめた。それに、周りから絶対笑われるし、何より康太に見られるのが恥ずかしい。結局、というか案の定気分転換にもならず、私は元来た道を引き返した。この途中に康太とすれ違えたら、なんて思ってしまった自分を殴りたい。まあ出会えなかったのだけれど。

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