11/11(金)縁起がいいこの日に……
11月11日(金)11時——。鳴尾浜球場
1が並ぶこの日、この時間に、縁起がいいからという理由で、ガラス張りになっているロイヤルスイートの上の外壁に「2022V」の看板を取り付ける。今年は日本一になったので、Vは赤文字だ。
「しかし……これでようやく6つ目ですか。ギョッズの石碑のように、枠が足りないという事態に早くなればいいですな」
空いている枠はあと二つ。ここが足りなくなれば、ギョッズが石碑を追加したように、どこかに枠を新しく追加しなければならないのだが……
「果たして、生きている間にそんな嬉しい話は聞けるのだろうかねぇ……」
つい弱気になって零してしまった。2リーグ制になってから今年で72年だが、その間でたった6回しか優勝できていないのだ。単純に割ったとしても、あと二つの枠が埋まるまで約24年、足りなくなって追加しなければならなくなるのは36年後だ。
「つまり、最短でも俺は106歳だ。実際にはもっとかかりそうだし、たぶん無理そうだな……」
「オーナー!何を弱気なことを仰られるのですか!これから、最低10連覇!V10時代の幕開けですよ。こんな枠などあっという間に足りなくなりますよ!」
「……蔦邑くん。それ、本気で言ってるの?知り合いに評判のいい心療内科の先生がいるから、紹介してあげようか?」
少しストレスがたまりすぎているようだ。そう思って、隣でヨイショする蔦邑球団本部長を可哀想に思って通院を勧めて見た。加えて、有休はちゃんと取りなさいと。
「ははは……イヤだな。冗談ですよ……」
すると、彼はポケットからハンカチを取り出して、汗が出てないのに額にそれをあてた。やはり、診てもらった方がよさそうだ。
「それにしても……」
「如何なさいましたか?」
独り言のつもりだったが、百南球団社長が気遣ってくれた。だから、昨日からモヤモヤしていた懸念を零してみる。
「いやな、うちのチームって伝統的にオチがあるチームだろ?」
「はい、そうですね。不本意ではありますが……」
Vロードがデス・ロードに化けたり、日本一王手からの連敗、優勝目前の身売り騒動にトドメの33-4。他にも世紀の落球やメイク・ミラクルの犠牲者になったことだってある。
「それなのに、今年は何もないぞ。本当に、大丈夫なのか?」
「な、何がですか?」
「ほら、昨日言っていた豪華客船旅行だ。最後の最後でセウォル号やタイタニックになるなんてオチは、本当にないのだろうな?」
とてつもなく笑えない悪夢のようなオチが待っているのではないか。そう思うと気が気ではない。
「だ、大丈夫だとは思いますが……違法改造や救命ボートが足りないといったことがないか、担当する阪下君には念のために伝えておきましょう」
「頼んだぞ。じゃないと、蔦邑くんのいう10連覇などという夢は、壇ノ浦で滅亡した平家のごとく海の藻屑となって消えてしまうのだからな」
作業員たちが丁寧に看板を外壁に取り付ける中で、馬鹿みたいな真剣な話をそう締めくくったのだった。
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