11/12(金)安芸キャンプ②

11月12日(土)12時半——。安芸球場


今日から合流した坂藤がランチ特打で快音を鳴らしていた。


カキーン!


また打球が高く宙に上がり、そのまま無人のスタンドに着弾した。


「気持ちよく打ってるねぇ」


同じく大阪から駆け付けた原田GMは言う。但し、それではダメだと付け足して。


「ダメだとは?」


「打撃練習やからな。打ち頃なボールが来ているわけやし、これで打てんかったら、お先真っ暗やで。それよりも、線が細すぎるんや。あれやと試合では力負けするやろな」


憎っくき村豚と比較して原田GMは説明した。下半身がどっしりしていないから、差が生まれるのだと。


「それは……練習が足りないと?」


糸川の引退試合でのコメントを思い出して訊ねてみる。原田GMはそれも一つの要因であることを認めたうえで……


「要は1年間を全うできる体力がまだないのだと思うよ。河渕さんが昔コーチをやっていた時に言っていたけど、『飯を食え』っていうのはそういうことなんよ」


だから2年連続で夏場以降に成績を極端に落としているのだと説明してくれた。


「まあ、それだけ教えることは多いということよ。技術だけではなく、プロ野球選手としての心構えも含めてな」


原田GMは楽しそうに笑った。そして、ボサっとしてないでそろそろ行くぞと。


「え?あの……見ているだけじゃないので?」


「おーん?それやとつまらんやろが。グランドに降りて、直接指導するんやから、辛井、おまえも手伝えや」


いやいや、どうしてそうなる。俺、辞めたばっかりなのよ?


「島谷監督に迷惑をかけるのでは……」


彼には彼の指導方法があるだろうから、元監督二人がお節介を焼くのは嫌うだろう。そのことを思って止めようと試みるが……それで止まるようなお方ではない。


「島谷!」


「あ……原田監督」


「坂藤借りるけど、ええな?」


「え……いや、この後予定が……」


「キャッツの未来のためや。そんなん断れ」


「断れって……サイン会を楽しみにしている子供たちが……」


「優勝してこそのファンサービスや。矢崎のような甘いこと抜かすなよ」


ただでさえ、代表召集で残り時間が少ないのだと、原田GMは力説してバッティング練習を終えた坂藤を捕まえて強引にサブグランドへ連れていく。


「辛井さん……」


残された島谷監督が泣きそうな顔をしてこちらを見た。サイン会、どうしたらいいでしょうかと。しかし、手にはマジックを渡そうとしているのが見えた。


「はあ……わかりましたよ。やればいいんですよね?」


「お願いします」


サブグランドに向かった二人のフォローは白原さんにお願いして、島谷監督と共にサイン会の会場に向かうことにする。しかし、いつになったら休めるのだろうか……。


「日本一監督!辛井前監督代行の登場です!!」


司会を務める阪下キャプテンの紹介で盛大な歓声が上がる中で、人知れず心の中でため息をついたのだった。

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