11/9(水)今日は札幌で、解説の代打を
11月9日(水)21時——。すすきのドーム
(はぁ……何で俺、北海道にいるんだろ?)
土日は高知で、月曜は東京。そして、火曜日に大阪に一旦帰り、さあ、いよいよ北陸へ旅に出ようと思った所で、それより遥か北の札幌へ……。
「どうかしましたか?辛井さん」
「いえ、何でもありませんよ、はい」
同じ解説者の大魔神が気にかけてくれたのか、声を掛けてくれたが、あくまで家庭の事情であるため、笑って誤魔化した。
(兄貴の奴……コーチに就任するのになんで断ってなかったんだよ!)
そうやって、心の中では覚悟が足りない兄を罵る。つまり、今日、この札幌で代表チームの強化試合の解説をしているのは、コーチに就任することが決まっていたにもかかわらず、解説やって日銭を稼げると本気で思ってキャンセルしなかったバカ兄貴の代役だ。
「ところで、辛井さん。今、打席に入っている坂藤選手ですが……」
そんな考え事をしていると、急に実況の新友氏に話を振られた。まさか、見てもなければ聞いてもいなかったとはいえず、慌てて無難な話を持ちだした。坂藤の事だったら……と。
「ああ、1回の悪送球の事ですか?あれは取れない村豚がヘボなだけで、坂藤はなぁーんも悪くはないでしょう。高校生でも後ろにそらしたりはしませんよ?何しろ、正面に飛んできたボールですからね」
「いえ……そのことではなく、バッターボックスに立っているので、打撃の事についてですが……」
新友氏が苦笑いを浮かべて訊き直してきた。大魔神は横で笑いをこらえている。「何で6回裏なのに、1回表の話をするのか」と言わんばかりに。慣れていないんだから、仕方ないだろと言い返したくなった。
「今日はここまで2三振ですが……改めて、打てない理由はありますか?」
「まあ、攻め方ですかね。日本のチームなら、あいつの苦手なコースは明確で、そこにまずは投げて意識させますよね?」
「ええ、内角高めですよね」
「そうです。……ですが、オーストラリアチームはそれを知らないわけで、それで配球がいつもと違っていることに、坂藤は戸惑っているんですよ」
「なるほど。それでは、どうすれば打てると?」
「シーズンのことは忘れて、来た球を打つ。それだけですね」
そして、今は3打席目だ。そろそろ、そのことに気づけば……
カキーン!
変化球を捉えて、打球は右中間へ高く舞い上がった。
「打球は……のびる!ぐんぐん、のびる!!」
実況の新友氏が興奮してマイクに向かって叫ぶ。しかし、あと一歩のところでフェンスに当たってホームランにはならなかった。
(惜しい……!)
どうやら、まだ少し迷いが残っていたようだ。来年の課題だな。
「8番坂藤、タイムリーツーベースヒット!これで、5対1!若き主砲の貴重な一打で、追加点が日本に入りました!!」
新友氏はそう締めくくった。それを聞いて思わず突っ込みを入れそうになった。「8番は主砲じゃないだろ」と。
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