11/8(火)去就

11月8日(火)11時——。鳴尾浜球場


「あっ!尼子さん。おはようございます」


「おっ!桐浪か。おはよう」


練習のために訪れた鳴尾浜球場のロッカールームで、二人は挨拶を交わした。彼ら二人は、安芸キャンプには参加しておらず、これからこの球場で自主トレをする予定だ。


「聞きましたよ。残留するんですって?しかも、FA宣言した上でって……」


聞いていた話と違いますねと、桐浪は笑って言った。


「仕方ないだろ。本当は日本シリーズに出て、評価を上げてやろうと思っていたのに……試合どころかベンチの中にさえ入れてくれなかったんだから……」


おかげで、他球団には『何かトラブルでもあったのか』と疑われて、それまで熱心に誘ってきた方々からの連絡が一斉に途絶えたと、尼子は苦笑いを浮かべて言った。「こんなはずじゃなかったんだよなぁ……」とぼやきながら。


「まあ、確かに仕方ないっスよね。いきなり登録抹消されたかと思ったら、髪を黒く染めたりなんかしたんですから。あれなら誰だって、ラビッツに移籍する話が水面下で決まったのかと思っちゃうでしょ……」


ゆえに、辛井監督代行に疑われたのは、「自業自得っスよ」と揶揄うように桐浪は言った。何しろ、ラビッツへの移籍は、明智光秀並みの究極の謀反なのだ。ご法度なのだ。決して許されることではない。


「ふ……意中の球団はラビッツではなかったんだが……ホント、その通りだな」


しかし、尼子は桐浪に笑われても怒るようなそぶりを見せず、むしろ、どこか吹っ切れたように言葉を返した。「自業自得」という言葉を噛みしめながら。


「……まあ、そんなことよりも、おまえはどうなんだよ。アメリカ、行くのか?」


「そうっすね……」


桐浪は一瞬考えた末に答えた。


「ボクも……残ることに決めました」


「おや?そちらも聞いていた話とは違っているような……?」


尼子は少し驚きながら、あっさり白旗を上げることを決断した桐浪に訊き返した。


「だって仕方ないでしょ。ポスティングは球団が決めることで、ボクが決める事じゃないんですから。その球団がダメって言ってるんですから、どうしようもなく……」


桐浪は苦笑いを浮かべながら、尼子の質問に回答した。こんなことなら、球団が惜しむような活躍をするのではなかったとぼやきながら。


「……未練はないのか?」


「ええ、大丈夫です。アメリカには、FA権を取ってから堂々と行くことにしました。一先ず、来シーズンは防御率0点台でセーブ王のタイトルを目指すつもりです。共に、来シーズンも戦いましょう」


桐浪はそう言って右手を差し出してきた。


「こちらこそ!」


尼子はその手を取り、力強く返した。

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