11/7(月)ドラ1最速仮契約

11月7日(月)12時——。東京・多摩市


「はぁ……なんで、退任したのにこんなに忙しいんだろ……」


球団から指定されたホテルに向かうタクシーの中で独り言ちた。昨日までOB会長の河渕さんに拉致されて高知にいて、ようやく釈放されると思ったら、原田GMから電話がかかってきて、今度は東京の……しかも多摩まで来いと言う。


なんでも、12球団最速でドラ1との仮契約を結ぶから、箔をつけるために同席しろだとか。


「ホンマは島谷が来るべきやが、おーん、あいつは『アレ』のためには安芸から離れるわけにはいかんやろからな。前監督であり、『アレ』監督のおまえに来てもらいたいんやが、ええやろ?ええなぁ?」


相変わらず意味が分かり辛いその言葉に、もちろん断ろうとはしたが……選択肢は「Yes」か「はい」のどちらかを選べと言う。結局許されずに、こうして仮契約が行われるというホテルに着いた。解せぬ……。


「辛井、すまん……止めれなかった」


そう言って入り口で詫びてきたのは、前2軍監督でGM補佐に就任した田平さんだ。


「わかってます……気にしないでください」


内心では、「もっと頑張ってくださいよ」と言いたかったが、当然、口にはしない。そんな田平さんの案内で廊下を進み、その先にある部屋に入ると、そこには原田GM、芳野スカウト、そして、森上選手が座っていた。


「お待たせしました」


「つ、辛井監督!」


森上選手は驚いて立ち上がった。それを見て、どうやら自分が来ることを伝えていなかったようだ。


「はじめまして……シニア・アドバイザーの辛井です」


差し当たって、無難に挨拶から入る。すると、透かさず原田GMが森上に告げる。


「実はな、球団の内部で君を強く推していたのは辛井監督なんや。朝野なんかより、絶対、森上君の方がいい、坂藤と並ぶキャッツの看板選手になるって言うてな」


「え……」


(えっ!?)


その言葉に、森上選手も驚いているが、自分も驚く。もちろんだが、そんなことを言った覚えは全くない。第一、朝野君推しだったのだ。ドラフト前までは。……しかし、原田GMは続ける。


「辛井監督はな、今朝まで高知にいたんやで。でも、こうして駆けつけてくれたわけや。是非、キャッツのこれからを託す君に会いたいっちゅうてな」


流石は日本一監督、着眼点が並でなければ、行動力も半端じゃないと、持ち上げる原田GM。


(いやいや、問答無用で呼びつけたのはおまえだろ!)


心の中で盛大に突っ込みを入れる。


「辛井さん……」


しかし、感極まって目を輝かせている森上選手に本当のことは言えるわけがない。君のことはドラフト会議の番組で初めて知ったなどとは。だから仕方なく、彼の肩をポンポンと叩いて言った。


「君には期待しているんだ。坂藤と共に、このチームの黄金時代を築いてくれ!」


「はいっ!!」


悪い大人たちに騙されているとも知らずに、喜びにあふれた威勢のいい返事が返ってきた。

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