11/5(土)安芸キャンプ
11月5日(土)11時半——。安芸球場
「あれ?辛井さん。どうしたんですか!?」
取り合えず、フェンス越しに島谷監督に挨拶をする。向こうは明らかに「何しに来たんだ?」というような顔をしている。何しろ、退任後は北陸の温泉宿に旅行すると伝えていたからだ。だから、後ろに視線を向けて説明してやる。
「……拉致された」
「それは……お気の毒に……」
その視線の先にどっしり座っているのは、OB会長の河渕さん。全てを理解できたのか、島谷はそう返してきた。
「ホント、酷いですよ。昨日、球場を出たところで問答無用で、『安芸行くぞ』ですよ?こっちの都合なんか聞いてくれずに、挙句の果てには『おまえは黙ってついてくればええんや』ですからね」
まさに暴君ですよと、後ろに聞こえないように気を付けながら、島谷に言った。
「まあ、高知にも美味しいものがありますから。元気を出して……」
顔を引きつらせながら、これ以上関わり合いたくないというようにして、島谷は話を打ち切ってグランドへ戻っていく。「見捨てないで」とも言えず、仕方なく河渕さんのいる三塁側席の最上部に戻る。
「挨拶は済んだんか?」
「ええ……しかし、どうしてこの場所に?暑くないんですか?」
ここは確かに球場全体を見渡せる場所だが、この時間は正面に太陽があり、11月と言えども暑い。隣には小屋があり、そこから見ることもできると思うのだが……
「ここがええんや」
近くのファンに気づかれて、写真を取られようが動こうとはしなかった。
「それにしても……」
グランドでは、ランチ特打が行われていて、それを見て河渕さんは続けて言った。
「結局、自分で理解しないと、身に付かへんっちゅうことやな……」
「はい?」
突然の呟きに意味が分からず訊き返すが、答えてはくれなかった。だが、その表情は険しく、冗談で言っているのではないということだけは伝わってきた。
(どういう意味だろう?)
ゆえに、仕方なく考えてみる。今はトレードで移籍してきた渡部と嵩浜がマシンを相手に打ち込んでいるので、二人のバッティング技術に不満があるのかとまずは考えるが、必ずしもそうでない可能性もある。
すると、河渕さんは言った。
「それは、おまえにも言えるんやぞ。これから野球評論家になるんやろ?せやったら、今、ワシが言うた言葉の答え、自分で見つけぇや」
そうしないと、評論家として食っていけないぞと、彼は忠告してくれた。そして、これは宿題だと。
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