後編
登校するなり唖然とする。
忘れてた。
橋本はとにかくモテる。
4組の前の廊下には人だかりができていて、その中心には爽やかに笑う橋本の姿が。
ひっきりなしに渡されるチョコに両手がふさがっている。すでに橋本の顔が半分見えない。
マジか。
いや、だよな。
だって橋本だし。
今はフリーだけど、元カノいるし。ちなみに、今まで4人付き合ったことあるって聞いた。
鞄の中には昨日買ったチョコが・・・。
壁に手をつき、ガクッと頭を落とす。
ポンポンと肩を叩かれ、振り返るとクラスメイトの女子が立っていた。
「おはよ、池田くん。 はい、これ!」
ハッピーバレンタイン! と言ってラッピングされた小袋を手渡される。
「あ、ありがとう」
どん底な気持ちが浮上する。
そうだった、オレ男だった。
新島さんと一緒にチョコ買って、さんざん橋本に渡すか渡さないかで悩んでテンパッてあんま寝れなかったけど・・・。
「オレ、貰える側じゃん!」
ぱあぁぁと心に希望が溢れる。
教室に入ると次々と女子からチョコを貰い、あっという間に両手がふさがった。
橋本ほどじゃないけど、オレもそこそこモテるらしい!
「女の子と仲良くしててよかった~。まぁ、義理チョコですけど」
うれしいけど、ちょっと複雑な気持ちでチョコを抱えていると、ポンと大きい手が肩に乗った。
「友チョコとも言うらしいぞ」
「高野」
オレとほぼ同じ身長の高野がチョコをのぞき込む。
「ひがむなよ、高野には彼女からのチョコがあるだろ。貰ったんだろ?」
「まだ。でも、部活の後貰う予定。たくさんの義理チョコよりひとつの本命ってね」
左胸に手を当てて目を閉じる高野。
「あっそーですか。食べ過ぎて鼻血出てもぜってー高野にチョコやんねーから!」
フンッとそっぽ向いて席に着く。
高野とは高1のころからの友達。親友みたいなもん。
1年のころから付き合ってる彼女とは今でもラブラブだ。
ときどきうざいと思う時もあるけど、正直憧れる。
もしやと思って持ってきた紙袋に貰ったチョコをありがたい気持ちで入れていく。
友チョコだろうと義理チョコだろうと、こんなオレにあげようという気持ちを持ってくれたことに感謝したい。
「アーメン」
胸に両手を組んでお祈り。
「なにそれ、池田くんてキリスト信者だっけ?」
くすくす笑いながら新島さんが現れた。
「今年もチョコ貰えたことに感謝してたのー」
残念ながら何にも属していませんが。
「そんな謙虚な池田くんに私からも授けよう!」
「ははー! ありがたや~」
無事、新島さんからのチョコもゲット。
見ると、透明袋に入ってるのはチョコトリュフだった。
「え! これ手作り?!」
「うん、昨日帰った後作ったの。味見はしたからちゃんとおいしいよ! 双子の兄弟のお墨付き」
「あれ? でも昨日スーパーで買ったチョコは?」
「あれは先輩にあげるの。さすがに先輩に手作りはハードルが高いよぉ」
うひゃぁ~と恥ずかしがりながら顔を隠す新島さんがかわいい。
「ところで、もうあげたの? 例のチョコは?」
急にコソコソ話のように小声になる新島さん。
「あ」
すっかり忘れていたというか、忘れたいチョコ。
何かを察知した新島さんがガッツポーズをして励ましてくれる。
「私も部活のときに渡すの。お互い頑張ろ!」
「あーうーん、そうだね」
ちらりと廊下に視線をやる。
新島さんには頑張ってほしい。
でも、オレは無理かも。
そもそも、男同士だし。
男からチョコなんて貰ったら、さすがの橋本だってキモがるに決まってる。
オレよりモテるし。
「ねー、橋本くん、元カノの今井さんからチョコ貰ってたよー」
「えー! それってより戻すのかなぁ。今井さん美人だもんねー」
教室に入ってきた女子ふたりの会話に血の気が引く。
マジか。
ゴンッと机に頭を打ち、撃沈する。
放課後。
結局、チョコは渡せなかった。
そのまま家に持ち帰る気にもなれず、屋上へ続く階段へと向かった。
ここは人気がなく、人もあんまり来ないので時間をつぶすにはちょうどいい場所。
最上階に座り込み、青い箱のふたをパかッと開ける。
「おー、おいしそう!」
一口サイズのチョコが六つ入っている。どれも同じ四角い形をしてるけど、色が三種類とも微妙に違う。
一列目のチョコは一番色が薄い。
ミルクだろうと思い、手に取って口に頬張ると、当たった!
「チョコに罪なし。橋本にあげるなんてマジもったいない!」
ミルクチョコレートが口の中いっぱいに広がって甘さで心が満たされる。
橋本は今頃、元カノとよりを戻してチョコでも食ってるんだろうな。
美人の今井さんと橋本がチョコを持ってイチャイチャしてるシーンが勝手に脳に浮かぶ。
一気に血の気が引いて、せっかくのおいしいチョコの味が一瞬で吹き飛んだ。
あぁぁ、最悪!
「最悪ってなんだ?!」
自分の感情に突っ込みを入れる。
もうわけわからん。
昨日からわけわかんない葛藤が続く。
さすがに疲れてくる。
「トオル? ここでなにしてんの?」
突然の声掛けに、オレはびっくりしてチョコの箱を落としそうになる。
茶髪にピアス、ブレザーにブランド物のセーターをのぞかせて、いかにも陽キャ全開の橋本が下の階段からひょっこり現れた。
「橋本こそなんで?!」
「なんか上から声が聞こえてくるなぁと思って。ひとりで何やってんの?」
くすくすと笑いながら、当然のようにオレの隣に座った。
一瞬、ドキッとする。
橋本は誰にでも距離が近い。
最初は馴れ馴れしさになんだこいつと思ったけど、時間がたてばこの近さに慣れてなんとも思わなくなっていた。
いたんだけど、橋本のことが気になるようになったら、この距離は心臓に悪いことが発覚!
友達相手に緊張してきた。
「なにって別にいいだろ」
「あ! チョコだ。うまそう! オレにもちょーだい!」
見えないように隠そうとしたけどあっさりバレた。しかも、こっちが返事するよりも早く二列目のチョコをゲット!
「あー! なに勝手に取ってんだよ!」
「まぁまぁ、減るもんじゃないし」
「どーみても減るんだよ」
「ん! うまい! オレ好みのチョコだ」
嬉しそうにチョコを頬張る橋本の笑顔に胸がキュンと鳴る。
橋本が好きそうなチョコだと思ったけど、やっぱり当たった!
箱に入ったチョコを見つめ、これにしてよかったと安心する自分に、ハッと気づく。
いやいやいや、そこどーでもいいし!
「あ、ごめん。つい食べちゃったけど、バレンタインチョコだよな。まさか本命?」
「自分で買ったんだよ!」
「自分で? 誰かにあげるつもりだったてこと?」
するどい橋本にオレの目が泳ぐ。
「はぁ? 自分チョコだよ! 自分にご褒美とか言って買うやつ」
へーと適当に返事する橋本。
口が裂けても言えん。橋本に渡そうとして買ったなんて・・・。
「トオル、今年もたくさんチョコ貰っただろ」
「義理チョコですが何か? 橋本だって貰ってたじゃん。オレより」
元カノとか。と、付け足す。
橋本の茶色い瞳が少し揺れた。
「元カノって言っても義理チョコだよ」
「え? 普通、別れた相手に義理チョコ渡します?」
「そーゆー子なの。なんていうか、フットワーク軽いっていうか」
フーとため息をつきながら、橋本は足を投げ出して天を仰いだ。
茶髪の隙間から耳のピアスが光る。
なんか変な空気になってしまった。
つーか、オレ!
一体どのポジションで言ってんだよ。
自分の彼氏が元カノからチョコ貰ったことを問いただしてるみたいな会話だった。
オレは今カノか?!
「ちょ、チョコ食います? 他の味もあるよ」
なんとか和まそうとチョコの箱を差し出すと、橋本は素直にこっちを向いた。
「さっきビターだったから甘いのがいい」
「一列目の、ミルクだった」
「じゃーそれにする」
パクッとミルクチョコを頬張る橋本。へにゃと甘い顔になった。
「つーか、残り全部やる」
丸投げとばかりに、箱ごと橋本に押しつける。
思わず受け取った橋本はきょとんとした顔をした後、
「え? どーみてもひとつしか食べてないじゃん。せめて全種制覇しよーよ。食べたくて買ったんじゃないの?」
「義理チョコいっぱいあるし」
「おい」
腑に落ちない顔をしていた橋本だったけど、チョコをしばらく見つめてから、
「このチョコ好きだし、ラッキー。サンキュ、トオル」
「どーいたしまして」
というか、橋本に買ったチョコだ。
あげるつもりはなかったけど、こんな形であげることになるとは。
いいのか悪いのかよくわからんけど、橋本がうまそうに食ってるからよしとしよう。
「さっむ!」
気を張っていたのがゆるんだのか、屋上のドアの前だということに脳が気づく。
2月といってもまだ全然寒い。雪だって降る。
外は風が吹いてるのか、ドアから隙間風がヒューヒューうなってる。
ブレザーの中にセーターは着てるけど、寒い。
「校舎の中とはいえ、マフラーくらいしてくればよかった」
袖をおもいっきり引っ張って手を隠す。
身を縮めて丸まっていたら左腕に重みを感じる。振り返ったら橋本がピタッとくっついている。
5センチの身長差をゼロ距離で実感する。
「な、なに?!」
動揺して声がうわづった。
冷たい空気の中にふわっと橋本の香りがして、心拍数が上昇!
「オレも寒い。ていうか、やっぱトオルも食べろよ」
そう言って、チョコをオレの口に押し込んだ。
自分の唇に橋本の指が当たり、エロい。
チョコの甘い匂いと橋本の香りが混ざって、エロい。
意識しないようにと思っても意識するから、顔だけじゃなく耳まで熱を発していく。
寒さなんてあっさりぶっ飛んだ。
もう、糖度高すぎて血管切れそう。
「うまい?」
上機嫌な橋本の笑顔にムカつく。
「オレがあげたチョコですけど?」
睨みつけても、橋本の機嫌は変わらず。むしろ、さっきよりオレに体重を押しつけて寄っかかってくる。
残りのチョコを食べる橋本の横顔はかっこよくて。
ムカつくけど、キュンとくる。
おわり。
バレンタイン、どうする たっぷりチョコ @tappurityoko15
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます