バレンタイン、どうする

たっぷりチョコ

前編


 バレンタインチョコを目の前に、フリーズするオレ。


 オレ、池田トオル。

 どこにでもいるごくごく普通の高2男子。

 身長は170センチ。まだきっと伸びる。絶対。

 家族は両親と2つ上の姉、プードルのこげ丸を飼ってる。黒っぽい茶色だから焦げ丸。

 友達は多いと思う。

 クラスの中心てわけじゃないけど、楽しいこと好きだし、人としゃべるのも好き。

 女の子好き。女友達は多い。姉がいるせいか、女子の輪の中にいても平気。

 調子いいのがたまにキズだけど、それなりにうまくやってる。


 ただ、最近気になる人が・・・。


 学校の帰り、小腹がすいたからパンとプリンを買うだけのつもりで入った駅前のスーパー。

 店に入るなり、バレンタインコーナーで足が止まる。

 ラッピングされたチョコレートの箱、手作り用の板チョコ、奇をてらした変わり種のチョコ。いろんな種類のチョコが陳列されている。

 天を仰げば、でっかいハートの看板が、『気になるあの人へ』の文字が。


 的を射た看板に変な汗をかいてくる。


 確かに、最近気になるなーと思う人はいますけど!

 明日バレンタインですけど!

 でも、オレ男だし、バレンタインは女の子から貰いたいし!

 だいたい、今気になってる人って、人は人だけど男だし!

 男友達だし!


「いやいや、ないないない!」

 心の声が漏れてることに気づき、慌てて手で口をおさえる。


「なにがないの?」

 オレンジ色の声が隣から聞こえ、振り返ると新島さんがいた。

「いつからいたの?!」

 びっくりしすぎて心臓が口から飛び出そうになる。

「今だよ。部活の帰りなの。お店入ったら池田くんがここにいたから」

 バレンタインコーナーに視線を送り、ハートの看板を見上げてからオレに視線を戻した。


 新島さん。

 同じクラスの新島さんは薫(かおる)という名前で、オレのトオルと一文字違いだけでほぼ一緒。

 それに気づいたときはふたりして意気投合してすぐ仲良くなった。

 明るくてサッパリした良い子。


「部活ってバスケだっけ」

「うん、部活の後はお腹すくんだよねー」

「オレも! お腹すいちゃってさ。パンとプリンはどこかなー」

 店内を見回しながらその場を立ち去ろうとしたら、新島さんに腕をつかまれる。

「ね、明日誰かにあげるの?」

 新島さんの目が輝いている。


 女子って恋バナ好きだよなー。

 まずいところを見られたと落胆するオレとは違い、新島さんは楽しそうだ。


「ね、せっかくだから手作りにしたら?」

「手作り?」

 一瞬、きょとんとする。

 家庭科の授業のように、三角巾被ってエプロン着けたオレがハート型にチョコを溶かし入れている光景が浮ぶ。

「ない! ていうか、マジありえない!」

 慌てて首を横に振る。

「えー、手作りのほうが絶対喜んでくれるよー」

新島さんは頬を膨らませて残念そうだけど、マジでそんなこと思ってんの?

「だいたい、バレンタインて女の子が男子にあげるイベントだろ? 男が、しかも手作りなんて・・・」

「古い! 池田くんは昭和の親父か! バレンタインは気持ちを伝えるイベントだよ! 外国じゃむしろ逆で、男性が女性にあげるの! フランスなんてバラと一緒にあげて気持ちを伝えるんだってー」

 うっとりする新島さん。

 ちょっと食い気味な新島さんには引いたけど、日本だけのイベントじゃないことにびっくりした。


「だから池田くん、頑張って! 男子が女子にチョコあげてもいいんだよ!」

「お、おう・・・」

 ガッツポーズまでして応援してくれるのはうれしいけど・・・、女子かぁ。

 そりゃそうだ。普通、気になる人がいるとなったら異性に決まってる。

 胸の中がモヤモヤする。


「で、どんな子なの?」

「え?」

「同じクラス? 他クラス? もしかして先輩後輩?」

「え、えーと・・・他クラスで、友達」

 て、オレなに答えてるんだよ!

 新島さんの押しの強さについつい口が滑った。

「どんな子? 私の知ってる子?」

 好奇心いっぱいの眼差しにがっくり肩を落とす。

 もういいや、言わないと放してくれなそうだし、女子だと思ってるし。


 とりあえず、相手が男子とバレないように気をつけて慎重に言葉を選ぶ。

「えーと、たぶん、新島さんは知ってると思う。仲いいのかは知らないけど」

オレの言葉に新島さんがふむふむとあいづちを打つ。きっと頭の中で誰だか推測しようとしてるんだ。

「性格は明るくて、いつも友達といることが多くて・・・」

 というか、ひとりの時間があるのかって突っ込み入れたいくらい誰かとつるんでる。

 多分、人といるのが好きなんだと思う。

 あいつ・・・橋本は。


「高校で仲良くなったの?」

「うん。まぁ、その前から目立つ奴・・・じゃなくて、目立つ子だったから知ってはいたんだけど。仲良くなったのは同じ友達がいてそれがきっかけ。気もあったし、同じ陽キャだし、一緒にいてまぁ面白いし?」

 頭の中で橋本の顔が浮かぶ。

「へー。目立つ子かぁ、誰だろ? ね、好きになったきっかけとかは? いつから?」

「んーいつって言われても。まだ好きというか、気になってるだけだから」

「そーなの? 話聞いてるともう好きっぽく聞こえるよ?」

「えー? ただあいつ・・・じゃなくてその子のことについてしゃべってるだけだけど」


 不思議がる新島さんの気持ちはよくわかる。

 でもオレの中ではまだ納得してないっていうか、抵抗する自分がいる。

 橋本は良い奴。

 一緒にいて面白いし、気も合う。

 勉強もできるし、運動神経も良い。(オレだって)見かけもそこそこイケメンだし、人の悪口とか言わないし。

 友達としてはホント良い奴。

 

さっきから橋本の顔が浮かぶ。

茶髪で耳にはピアス。

よく笑う奴だから、笑顔の橋本ばかり浮かぶ。


「よく気が利く奴でさ、自動販売機で小銭足りなくて困ってたら代わりに払ってくれたり、ティッシュなんて普通持ち歩いてないじゃん? なのにサッとポケットから出して貸してくれたり、この前なんか現文のゴリ先生に目つけられそうになった時もオレのことかばってくれたり。なのに、ときどき何もないところで転びそうになったり、置き勉してる数学の教科書忘れたとか言って借りにきたり」

プッと吹き出して笑いがこみ上げる。

「意外とドジっ子なんだよなーあいつ。妙に抜けてるっていうか、天然っつーか。気遣いはハンパないのに」

 あと、隣にいるといつも良い香りがする。

 

 橋本のことで頭がいっぱいになってるオレの横で、新島さんがくすくすと笑いだした。

「どしたん?」

「池田くん、めちゃめちゃ恋してる顔してたよー。その子のことすっごく好きなんだね」

「はぁ?! 違うから。気になってるだけだから!」

慌てて顔を隠すけど、新島さんはニヤニヤしっぱなしだ。


 オレ、そんな顔してた?! 

 橋本のこと思い出してただけなのに?


「はいはい。じゃーサクッとチョコ選んで明日あげよう! 私も買うから代わりに買ってあげるよ」

「新島さん、好きな人いるの?」

「男バスの先輩。片思いだけどね」

 えへ、と照れ顔。

 

 かわいい。

 そう、新島さんはかわいい!

 同じクラスだけあってよくしゃべるし、気も合う。今だって一緒にいて楽しい。

 オレがチョコをレジで買うのが恥ずかしいだろうと思って、オレの分まで一緒に買うと言ってくれる気遣いもキュンとくる。

 橋本より気が利くかもしれない。

 見た目だって、セミロングの黒髪で清楚だし、顔だってかわいい。

 こうやって新島さんと並んで立っていれば恋人同士に見える・・・かもしれない。(釣り合ってるかわからんが)

 そしてゆるぎない、女子!


「先輩、これ好きそう!」

 あれこれ目移りした後、新島さんは大人っぽいラッピングのチョコを手に取った。

「池田くんは決めた?」

「買う前提になってるし」

 まぁ、新島さんを好きになったところで今の会話で失恋だ。


 なんで、橋本?

 友達だし。友達以前に男だし。

 オレ、女の子と付き合いたいし、女の子好きなのに。

 なんで、橋本?

 なんで男?


 自分への問いかけがループして、だんだんわけわかんなくなる。

 ふと、青い箱と目が合う。

 裏を返すと、中に入ってるチョコについての説明とチョコの写真が記載してあった。

「へー、三種類のチョコ・・・味重視かぁ。あいつ甘いもん好きだし」

 あげるならこれか・・・って、あげないし!

 慌てて箱を戻そうとしたら新島さんがストップをかける。

「あげるかは置いといて、とりあえず買ってみようよ! それ、おいしそうだよ」

 新島さん、粘るなぁ。

 バスケ部でつちかった根性なのか、なんでそこまでオレに粘ってくれるんだろう。

 でも、そういうところが新島さんの良いところな気がする。

 悪く言えばおせっかいだけど、良くいえば友達思い。

 

 新島さんの「後悔しない?」と言わんばかりの瞳に、ついにオレは負けた。

「・・・買います! 新島さんの言うとおりこれ、おいしそうだし」

 お願いします! と青い箱を新島さんに託す。

「じゃぁ、買ってくるね!」

 オレに手を振って、レジへと向かう新島さん。


 どっとため息が出る。

 マジであげるの? あのチョコ。

 橋本に?

 

 青い箱を手にした橋本の顔を想像してみる。

 ドン引きする顔、微妙な顔。

 間違っても喜びはしないだろう。

 でも、チョコはうまそうに食べそうだ。

 口元にチョコをつけながら、ほうばる橋本が目に浮かぶ。


「お待たせ! はい、これ池田くんの」

 レジでバレンタイン用の紙袋を貰ったと言って、それに入れて渡される。

「じゃー、これ。チョコのお金」

 お金を受け取りながら新島さんが微妙な顔をする。

「あれ? 金額違った?」

 フルフルと首を横にふる新島さん。

「なんかごめんね。結局買わせちゃったみたいになって」

 しゅんとうつむく新島さんがかわいい。

「これじゃただの押し売りだ」

「そ、そんなことないよ! ていうか、お互い頑張ろう! 勇気出してチョコ渡すんでしょ?」

「・・・うん」

 落ち込んでた新島さんにやっと笑顔が。


「オレも・・・あげるかはわかんないけど、頑張ってみるよ」

「うん! 頑張って!」

 ガッツポーズをして応援してくれる新島さん。

 元気になってよかった。

 だけど、嘘ついてごめん。

 多分、いや、きっと。

 このチョコは自分でおいしく食べることになりそう。

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