第4話 告白、その末に慟哭

 わたしはかつて1人の人種に、命を救われた。今からおよそ、500年程前の出来事。わたしは自分で言うのも変だけど、高貴な生まれ。当時はまだ幼く、弱かった。そんなわたしを周囲は過保護なまでに、大切にしてくれた。籠の中の鳥、側から見たら、そう思われる程に。当時のわたしには、酷く窮屈だった。だから外の世界に、憧れた。その憧れを利用され、欲深な人種に、捕らえられた。


 彼女と出会ったのはアルスという人種の街、その南方にある、アルスの丘。檻の中、魔法で身動きを封じられたわたしができたのは、花の香りを、流すことだけ。それが、あの時のわたしにできた、全て。でも彼女は、来てくれた。


 『素敵な花の香りに誘われて、ね!』


 彼女は恐怖に震えるわたしに、緊張感無く微笑んで、わたしを捕らえた人種達を----------------


-----------鏖殺した。素手で。


その姿は物語に出てくる、オーガそのもので、とても格好良かった。今のわたしの戦い方が素手主体なのは、彼女の影響。彼女はその場で、わたしを、解放してくれた。わたしはお礼にある物を彼女に、渡した。それを渡したことが、今のわたしが置かれた状況の原因となるとも、知らずに。


 わたしとて、人種の寿命のことは知ってる。彼女が既にこの世にいないことも、分かってる。それでも毎年、アルスの丘に来て花の香りを街に流しているのは、ただの気休め?みたいなもの。期待は、してなかった。そんなわたしの前に、おかしな人種が、現れた。


 『はじめまして。俺の名前はマコト。あなたの匂いに誘われてここに来ました』


 かつての彼女を彷彿とさせる、第一声。でも彼女とは比べるまでも無いほど、弱い。ちょっと脅しただけで、立ってられないなんて。見逃してあげようと思ったのに、何故か話掛けてくる、変な人種。気まぐれでフルネームを名乗ってみたけど、彼女と同じく、聞き取れないみたい。少し、哀しい。


 この人種わたしに助力を、申し出てきた。弱っちい癖に。この身が、幼く見えるせいだろうか。それもこれも、彼女に渡したあれさえ、手元にあれば…。でも今のわたしはかつての、わたしではない。その気になれば、この人種程度、100人でも200人でも瞬時に、殺せる。だから、この人種の話に、少しだけ乗ってやろう。


 『…なんで?何が目的?』


またわたしを、攫う?それならば、殺す。我が同胞を狙う?であっても、殺す。わたしが持たぬ物を欲する?面倒なので、殺す。このわたしの思考は、現状を打破するのを半ば諦めた、その八つ当たり、なのだと思う。でもわたしは彼女以外の人種を、信用しない。


 『俺が求めるのは形ある物ではありません。ですがそれはこの世界中で唯一フィルだけが持っているものです』


正直、驚いた。まさかこうも見事に、外してくるとは。少しだけこの人種に、興味が湧いた。形がなく、わたしだけが持ってるもの。今わたしが身に付けてる物は、服と靴を除けば、手袋と、髪飾り。彼女に渡した物と比べれば、なんて事はない、安物。いくらこの人種が弱くても、欲しがるとは、思えない。だとしたら、なに?わたしだけが持ってるもの、地位?でもそれも今はあまり、意味がない。それにわたしのことをこの人種は、知らない。なら、この人種…名前は確か、マコト。マコトが欲するもの、それはもしかすると、わたし自身?


 そういえば、人種は番となるのに告白という儀式を行うと、人種について記された書物に、書かれていた。これが、俗に言う一目惚れられ、というものなのか。しかし告白とはなかなかに、知的な問いかけなのだな。


 

 『あなたが欲しいもの。それは---わたしの愛』



だが人種と比べて、遥かに永き時を生きるわたしに知的な戦いを挑むとは、愚か。しかし、なんだろう。この胸のモヤモヤは。魔法?ありえない。マコト程度の魔法、効くはずない。でも、それならこれは、なに?


 マコトが近づいてくる。それに併せてモヤモヤが強くなる。


 …もういい。このモヤモヤが、何かは分からない。でももし、わたしの答えが外れてたら、その時には、マコトには死んでもらう。


 そう心に決めたわたしの前で、マコトは片膝をつき、左手を胸の前、右手を差し出し、その目は真っ直ぐにわたしを見つめる。そして、




 『はい、その通りです。フィル、俺はあなたの愛が欲しい!』



やっぱり、わたしの思った通り。人種の問い掛けなんて、この程度。


 胸のモヤモヤは、いつの間にかなくなっていた。




-----------------------------------------------




俺は人生で最もキメにキメた告白をして、今まさにその答えを待っている。正直答えはYESでもNOでも構わない。これはフィルに恥をかかせないための告白だ。だから断られてもちょっと俺が傷付くだけだ。しばらくそっとしておいてくれれば大丈夫。


 フィルから既に不安の感情が匂ってこないことに心の中で安堵しつつ、彼女の沙汰を待つ。そしてその時は来た。それはもうあっさりと。



 「いやよ」



か、覚悟を決めていてもこう心にくるものがありますねぇ…



 「…り、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 来栖の時は告白しようとした。だが今回はちゃんとした告白だ。それも人生初の。いくらフィルのためとは言え、人生初告白の失敗、その字面だけで吐きそうだ。


 「マコトは、弱い」


フィルの答えは随分とあっさりしたものだが、俺を納得させるのに十分なものだ。なにせレベル1の無職だ。何故か個性レベルは上がってるが。それにしてもβテストの時はゲームスタート時点でジョブを選べたのだが、取得条件とかどうなってるんだ?来栖が魔法職に就いたとか言ってたからあとで聞いてみよう。


 「確かに、俺は弱いです。今は、


 そう「今は」。俺はここから強くなる。いずれはフィルすらも超えるほどに。俺には極まったPS(プレイヤースキル)はないが、それなりに色々なゲームに手を出した経験はある。そして経験から強くなる術をいくつか知っている。例えばこんなのも、


 だからフィル!俺をあなたの弟子にして下さい!」


これぞ我が叡智!「強キャラに育成してもらおう!」だ!


 俺は告白した体勢から流れるようにジャパニーズ土下座スタイルへとトランスフォームッ!そしてここからは、運だ。



 唸れ俺のLUC12よ!地味に俺のステの中で1番高いその力を見せてくれっ!





 しつこい。



 それがわたしの抱いた、マコトへの感想。告白は断った、そしたら、弟子入りを志願してきた。確かに弱いなら、鍛えれば良い。それにしても

そんなにわたしの、側にいたいの?


 わたしはいつの間にか殺すということを考えるのを忘れてマコトの弟子入りについて考えていた。


 わたしに惚れてるなら、上手く動いてくれる、かも。彼女に渡したあの「ティアラ」を、取り戻すために。そう考えた時には、未だに頭を地面に擦り付けているマコトに向かって、口を開いていた。


 「わかった。あなたをわたしのために、鍛えてあげる」


 



 勝った!フィルというNPCは明らかに自我を持つ、スーパーAIを搭載したユニークキャラだ!そんなスーパーでハイパー、おまけに美少女に弟子入りできたのは大勝利と言えるだろう。


 「フィル…いえフィル師匠!不肖この俺、マコトは!師匠の目的の一助となるべく努力は惜しみません!何卒ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します!」


 「ん。悪くない」



フィルは満足そうに頷く。師匠呼びはお気に召したらしい。


 

 「それで師匠、お恥ずかしながら俺は現在レベル1の無職です。今後の方針として、師匠の戦い方を学んでいければと考えておりますが、ジョブの選択について師匠のお考えをお聞きしたく!」


 

 フィルは俺の言葉に少し驚いたようだ。まぁそりゃ、レベル1の無職なんて街にいるNPCでも子供や赤子くらいなもんだしな。だからこそ続くフィルの答えには意表をつかれた。


 「そうそれは、都合がいい」


 「それは…どういうことでしょう?」


 「わたしは、武器を使わない」


 「なるほど」


 薄々というか思えば最初からそうだったんだが、フィルさん言葉足らずすぎませんかねぇ?


 しかし師匠の言葉から察するのも弟子の役目かと頭を切り替える。武器を使わないということは素手又は魔法で戦うってことだ。少し特殊なジョブに弦楽士から派生する吟遊詩人があるが、あれはリアル歌唱力を求められる地雷ジョブだ。もし弦楽士になれと言われたら逃げよう。逃げられる気はしないが。真面目な話フィルの見た目からは魔法っぽい、というか俺の予想通りの種族なら魔法一択だ。



 「…魔法、ですか?」


 フィルはフルフルと首を横に振る。どうやら違うらしい。え、うそマジで?まさかこの小柄な体型で拳で戦うの?ホントに?


 「半分、正解。答えは手足と、魔法」


 そういうと、ぷにぷにと柔らかそうな拳を突き出す師匠。


 「わたしの戦い方は、手足に魔力を纏う、魔闘流と、魔法を合わせたもの」


 突き出された拳に魔力が纏われる。ゲーム的には魔力とはMPを魔法としてではなく直接的な力として使用した場合の呼び方だ。基本的に魔力は魔法と違い放つことができない。そしてフィルのやったように魔力を纏った場合、一度に消費するMPが少ない代わりに、持続的にMPを消費する。

ステータス的にはMPさえ確保できればINTは低くても大丈夫なのが救いなのだが、そこに加えて魔法も使うとなれば話は別だ。大抵のゲームでは火力が正義だ。では火力を出すにはどうするか、簡単な話特化させれば良い。STRなりAGIなりINTなりに極振りすれば火力が出る。そのままじゃ使い物にならないからその他のステに振ったとしても、いずれかに特化していれば火力を出すのには苦労はしない。


 ここで拳闘士と魔法士について考えてみよう。拳闘士は比較的平均的なステ振りが求められるジョブだ。STR型、VIT型、AGI型、DEX型と特化型のバリエーションが多いジョブとも言える。対して魔法士はどうか。言うまでもなくMPとINTに極振りした方が強い。《WWO》では魔法の発動に必ず詠唱が必要となる。短縮や二重詠唱はあるが俺の知る限り無詠唱は存在しない。となると動き回って詠唱失敗のリスクを取るよりも固定砲台となった方が火力を出しやすい、それが魔法士だ。


 さてこの2つのジョブのハイブリッドは可能か否か。答えは、可能だ。火力を犠牲にすれば。フィルは種族的にMPとINTが元から高いから何とかなってるのだろう。だが俺はそうじゃない。大規模戦闘ならば問題ないが、パーティに人数制限のある戦闘に、前衛でかつタンクでもないのに火力が出ない、そんな奴いりますか?うんうんいらないよね!



 やっばい、超やっばい…逃げるか?でもなぁ…


 今も俺の前でぷにぷに神拳を突き出すこの師匠を裏切れるのか。だがステータスは嘘を付かない。確実に俺はパーティに入れないボッチ系プレイヤーになるだろう。まぁ来栖は組んでくれそうだけど…そう来栖なら組んでくれる…



 なら良いか


 

 こういうところは俺は来栖を信頼してる。性格も容姿も良いし運動もできる。性別以外には言うことがない。まぁ勉強はあんまりか。


 よし!覚悟はできた!火力は来栖に出してもらおう!そうしよう!


 「では師匠!俺は拳闘士になればよろしいですか」


 「まずは、そう」


 「分かりました!ところで師匠。つかぬことをお伺いしますが、ジョブはどこで獲得できるのでしょう?」


 「さあ?」


 可愛らしく小首を傾げなさる師匠。若干呆れている匂いがしたような、気のせいだろう。


 街に戻ったら一度ログアウトしてすぐ来栖に聞かねばなるまい。いざ!と、街に戻る前に確認しなければならないことを思い出す。


 「師匠はいつもはどちらに?修行をつけていただけると言えども、師匠とお会いできなければそれも叶わぬかと」


 「わたしの、お家」


 「ご自宅はここから遠いので?」


 「すごく。だから、これ」


 師匠はインベントリから何かを取り出すと俺の方に差し出してきた。ハンドベル?手に取ってみるが間違いないない。妖精の翅のような装飾の施された小さなハンドベル。アイテム詳細を確認する。



 [妖精姫の呼び鈴]

 妖精姫に認められた者に与えられるハンドベル。使用すると妖精姫の場所まで移動できる。再度鳴らすことで元いた場所に戻ることができる。



 すっげぇ!?お手軽転移系アイテムだぞこれ!?っていうかフィルさん妖精姫!?姫様なの!?「妖精だろうなぁえへへ」とは思ってましたけど!まさかのお姫様かよ!つかこんなアイテムぽんと渡せるってこの世界の王族ってすげぇな!

 

「絶対に、なくさないで」


 「っ!?はっ!この命に替えましても何人にも渡さぬと誓います!」


 浮かれて失念するところだった。もし俺がこのハンドベルを売るってことはないが、失くす又は盗まれた場合、フィルの身に危険が及ぶ。アイテム詳細にもある通り、これはフィルに認められた証であり、信頼とも言えるだろう。その信頼を裏切るわけにはいかない。


 「じゃあ、拳闘士として成長したら、来て」


 「はい!誠心誠意精進させていただきます!」


 「またね」


 フィルはインベントリから俺に渡した物とは別のハンドベルを取り出すとそれを鳴らした。そして俺に手を振りながらその場を去ったのだった。



【スキル 威圧耐性Lv1】

【スキル 交渉術Lv1】

【スキル 生存本能Lv1】

【スキル 演技Lv1】


を獲得しました。


【ユニークスキル 弱者の牙】


を獲得しました。


【個性スキル】のレベルが上がりました。

それにより【嗅覚吸収】を獲得しました。続いて


【称号 妖精姫と花畑】

【称号 無謀を敷く者】

【称号 妖精姫の弟子】


を獲得しました。


 「なにごと!?」


 いきなりシステムアナウンスさんが荒ぶりだしましたがな。というかスキルの獲得って戦闘後とか生産職なら製作後に起こるはずなんだが、もしかすると…


 「今のエンカウント扱いなのかよ…」


 つまり実際には戦闘はなかったが、戦闘することもあり得た先程までの状況は、システム的にはエネミーエンカウントと同じ扱いということだ。


 「まぁスキルが手に入ったし嬉しい誤算だな」


スキルと称号の効果確認は街に戻ってからにしよう。オルタナ関連の称号も嗅ぎニストに触れたくなくてスルーしてたし。既に日が暮れて辺りがもう暗くなってきた。幸い街の近くだから暗くても街の街灯や民家の明かりを目指せば道に迷うこともない。それにしてもアルスの街の夜景は見事なものだ。教会がライトアップされてるのは謎だが、領主邸より目立ってるぞ。


 「この景色を見るためだけにでも丘を登る価値はあるか」


 それにしても戦闘した訳でもないのに疲れた。さっさと宿でログアウトしようと足早に丘を降る。そして、





 「閉まってるぅうううう!!!」



 既に閉ざされた南門の前で、膝から崩れ落ちた俺の慟哭はアルスの夜に溶けて消えたのだった。

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