第5話 門、それに菊をつけるべからず
「いやぁ良い色ツヤだ!悪者は何人たりとも通さん!って気概を感じます!そこでほら!ここに善良な旅人がいるんですけど?南門様的には通してくれたり?しちゃったり?しない?あははご冗談を!まさか天下の二大門の一翼を担う南門様ともあろうお方が俺みたいな心根の優しい者を無碍に扱うわけないですよね!それにしてもアルスの街は良い街ですね!活気はあるし、夜景も素晴らしいし、それもこれも全て南門様あってのことですよ!いやホントに!それにしてもなんですなー!少々冷えますな!どうでしょう?此処らで温かい食事と柔らかなベッドで今後の2人の未来について語り合うというのは!」
閉め切られた門の前、やることがないのでとりあえず門に向かって話しかけること5分。そろそろ門を褒めるのも限界、というところで見知った人物がランタン片手に顔を出してくれた。
「やれやれ…門を褒めちぎってるバカがいるって来てみりゃお前さんかい、マコト」
門を出る直前に俺を呼び止めた衛兵のランゼが八割呆れ、二割納得の表情で俺を見る。
「おぉ!ランゼさんを遣わせてくれるとは!これぞ南門様の慈悲だ!」
「いやそこは俺の慈悲に感謝しろよ。名簿のチェックしてたらお前の名前がねぇから詰所に残っててやったんだぞ」
なんという慈悲深さ。俺は感動したと同時にランゼさんに対する申し訳なさで胸がいっぱいだ。そこで何かお詫びに渡せるものがあったかとインベントリを覗くと、ちょうど良いものを見つけた。
「ランゼさん、これはお詫びの印だ。遠慮なく食べてくれ!」
そう言って俺がランゼに差し出したのは昼間食べ損ねた牛串。まだ温かい状態でインベントリに突っ込んでいたためほかほかだ。
「お?串野郎の牛串か。んじゃいただくぜ」
ランゼは腹が減っていたのか俺から牛串を受け取るとすぐに齧り付き、あっという間に食べ切ってしまった。
「串野郎?」
「あぁ?店の名前だよ。てか買った店の名前くらい覚えとけよ…」
なんでもあの焼き串屋は衛兵あがりの店主が営むちょっとした有名店らしい。通りで良い筋肉していたわけだと納得する。ランゼ曰く串野郎は安くて旨い庶民の味方、だそうだ。牛は高いもんな。
「あーそれはそうとお前今日は詰所に泊まれ」
すんなりと通してはもらえないらしい。これは明日まで宿はおあずけかな?
「やっぱり今入るのはまずい?」
「手続き上わりと面倒。今門を開けたのも本来ならアウトだ」
「そ、それはとんだご迷惑をお掛けしました」
「今回だけだ。次からは朝まで南門様と熱い夜を過ごしてくれ」
「そ、そうならないように気を付けるよ」
チッ、聞かれていたか。ランゼは軽口混じりに俺の背中をバシッと叩くとそのまま衛兵の詰所まで案内してくれた。背中は地味に痛かった。案内された詰所内の部屋には仮眠用のベッドが2つあり、木製のテーブルに椅子が2脚。テーブルの上にはランゼの話にあった名簿らしきものの他にもいくつかの書類が置かれている。俺とランゼは椅子に座り、ランゼの淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。
「そういやマコト、飯は食ったのか?牛串貰っちまって言うのもあれだが」
書類を片付けながら若干申し訳なさそうにランゼが尋ねてくる。
「いやまだだけど気にしなくて良いよ。それにあれはお詫びとお礼だし」
俺は本当に気にしていないのだがランゼは「ちょっと待ってろ」と言って席を外す。戻ってきたランゼの手にはお盆に乗ったパンとスープが。それを俺の前にに置くと、
「余りもんだが腹の足しにはなるだろ」
やだ、なにこのイケメン!
「何から何までありがとう。今度一杯奢らせてくれ」
「そん時ゃしこたま飲んでやるよ」
フッと笑うランゼ、絵になるなこの男。
冷めないうちにいただくとしよう。いただきます。
スープは牛乳と野菜を煮込んだ栄養価の高そうな優しい味、塩味が強いのは衛兵という仕事が汗をかくからだろう。俺は学校給食のカレーやシチューが好きだ。高校では給食がないため時折無性に食べたくなる。大量に作ることで出る旨みというのか、同じ理由でゲレンデカレーも好きだ。このスープは給食を思い出させてくれる。パンは黒パンで少々硬いがスープと一緒に食べれば気にならない硬さだ。うめぇ。
俺が殊更美味しそうに食べているのが気になったのかランゼが不思議そうな顔をする。
「お前美味そうに食うなぁ。そんなに美味いか?それ」
「美味いだろ。ランゼはいつも食べてるからこの美味さが分かんなくなってんだよ」
「そうかぁ?串野郎の牛串の方が美味いだろ」
「それはそれ、これはこれよ」
いまいちピンとこない様子のランゼを他所に俺は給食スープに舌鼓を打つ。
「まぁそんだけ美味そうに食ってくれりゃ作った奴も満足だろうな」
これを作った人に心当たりでもあるのか、ランゼはどこか嬉しげだ。俺としてはそのシェフとは今後とも仲良くしたいところ。てか牛串持ってきたらランゼの分の給食を貰えないだろうか。
「食ったら寝るぞ」
「歯磨きは必須」
「良いとこのお坊っちゃんかよ」
こんな風に気軽にやり取りできる相手がいるのも悪くない。今日出会ったばかりだがランゼとは良い友達になれそうだ。その後は歯磨きを面倒臭がるランゼに無理矢理歯磨きをさせ、就寝。なかなかに愉快な夜だった。
翌朝街に入るための手続きを終え、ランゼに礼を言って別れた。別れ際に後日メシに行く約束をし、おすすめの安い宿を教えてもらった。ランゼに奢るためにも金を稼がなくては。
まだ日が昇って間もない中俺が向かうのは宿屋だ。宿はアルス東地区に多く集まっている。今後のことを考えても金に余裕がないのでランゼおすすめの宿を探す。宿の名前は「こまぎれ肉亭」。ランゼに聞いた時は俺も「急にどうした?お腹痛い?」と心配してしまったがちゃんとした宿とのこと。やりくり上手な店主さんが安く食材を仕入れており、料理も美味いし安いとランゼ肝入りのお宿だ。
ランゼと気が合うのはお互い庶民感覚だからだろうか。高くて美味いは当たり前、安くて美味いからこそ至高なのだと俺も思う。
流石にこまぎれ肉亭を匂いで見つけることは出来ないので、朝早くから歩いてる住民に聞いたり勘で探すこと20分少々。ようやく辿り着いたこまぎれ肉亭は家庭的な雰囲気を感じる3階建ての木造宿だった。中からおそらく朝食のベーコンを焼いた良い香りが漂ってくる。
宿の扉を潜るとドアベルが来客を告げる小気味良い音を鳴らす。どうやら一階は食堂兼受付となっているようだ。食堂には既に客が数人おり、朝食にありついている。
「はーい!いらっしゃいませー!」
受付カウンターからブンブン手を振り元気良く挨拶してくれたのは年の頃12、3歳ほどの女の子だ。背が小さいからかカウンター越しでは頭しか見えない。カウンターに近づくと女の子はにっこり笑顔で挨拶をしてくれる。
「ようこそこまぎれ肉亭へ!朝食ですか?」
「宿を取りたいのですが今からでも大丈夫ですか?」
「はい!空き部屋がありますので大丈夫ですよ!因みに宿泊費は一泊銀貨1枚、食事は別料金で一食に付き銅貨7枚です!」
手持ちの金は銀貨5枚に銅貨6枚、銅貨10枚で銀貨1枚だから、これだと3食付けたら一泊が限界だ。マジで早く稼がないとやばい。
「一泊でお願いします。食事代はその都度お支払いですか?」
「ありがとうございます!宿泊代はこちらでお支払いいただきますが食事代はその都度いただいております!今朝の朝食はいかがなさいますか?」
「ではいただけますか」
俺は宿泊者名簿に記名すると銀貨2枚を支払い鍵とお釣りの銅貨3枚を受け取る。
「かしこまりました!空いているテーブルでお待ちください!すぐに料理をお持ちしますね!」
そう言うとぺこりと頭を下げてパタパタと厨房に向かう女の子。あの子しっかりしすぎじゃない?確かに宿の娘ってしっかり者のイメージあるけど、真似できる気がしないわ。
テーブルに座って少し待っているとパタパタと先程受付をしてくれた女の子が慣れた様子で食事を運んできた。
「お待たせしましたー!こちらになります!」
出されたのはパンとベーコンエッグにコーンスープ、あとはサラダだ。
「ごゆっくりどうぞ!」
では早速、いただきます。
おぉ、卵の黄身は半熟、厚切りベーコンがトロリとした黄身に覆われ濃厚さと旨みを口の中で溢れさせる。やはりこの組み合わせは最高だ。最初にベーコンと卵を合わせた人間は表彰されるべき。サラダも燻製された特製ドレッシングのパンチの効いた香りがこれまた絶妙だ。そして瑞々しいプチトマトが口の中をリフレッシュしてくれる。パンに皿に残った卵の黄身を付けていただく。昨日詰所でランゼに出してもらったパンよりも柔らかくしっとりとしたパンで、朝食でいただくならこちらの方が良い。コーンスープはさらりとしていたが味は濃厚でこれまたパンとの相性は抜群だ。うましっ!
「ふふ、美味しそうに食べてくださってありがとうございます」
俺が朝食を食べ終え一息ついていると、受付の女の子が食後のコーヒーを持ってきてくれた。他のお客はもう出掛けてしまったらしくどこかリラックスしている。
「いえ本当に美味しかったです。コーヒーもありがとうございます」
「お客さんが美味しそうに食べてくれて夫も喜んでました」
「それは良かっ…ん?」
あれ?なんだろう、聞き間違いかな?夫って言わなかったかこの子。店主の名前がオットウもしくはオットーなのかな?かな?
「えっと、先程受付をしてくれた方で間違いないです、よね?」
「そうですよ?あ、はい!そうですよ!」
なるほどキャラ作ってたのか、ってそうじゃない!
「聞き間違いでなければ、夫っておっしゃいませんでした、か?」
恐る恐る聞いてみる。事案か?事案なのか?
「はい!こう見えて今年で27歳!結婚5年目ですー!」
「ぶっほ!」
俺は盛大にコーヒーで咽せた。
話を聞いてみると外見12,3歳の奥さんはアンナさんで、旦那さんはヘンリックさんというらしい。
なんでもアンナさんは昔近所の花屋さんで働いていたそうだが、ヘンリックさんに一目惚れして結構アタックしたらしい。だが当然と言えば当然ながらヘンリックさんは小さな子供に好かれてる、くらいにしか思っていなかったそうだ。
当時から宿を経営していたヘンリックさんだが、お客が少なく困っていた。これは大変とアンナさんが店の手伝いをさせてくれと言い出す。ヘンリックさんは客も来ないしやらせてあげよう、満足すれば帰るだろうと考えていたのだが、小さな子供がウェイトレスしてると中々に評判になり、料理が美味しくて宿泊代も安いことで一気に人気の宿に。そしてアンナさんが既に成人済みの大人ということが判明してめでたく結婚となったとさ、めでたしめでたし。
「と、言うわけなのよ坊や」
「アンナさんキャラがブレてますよ」
中々に愉快な人だな。外見がアレなせいで子供が大人ぶってるようにしか見えないが。
「ところでマコト君は旅人さんだよね?」
「ええそうですが、やっぱり分かりますか」
「まぁ人を見る商売だからね。最近急に旅人が大勢来てびっくりしてたんだよ。まぁお客が増えてありがたいんだけど。ウチにも何人か泊まりにきたよ」
それはWWOの正式サービスが開始されたからだな。こういう時プレイヤーと現地のNPCとの間で問題が起きるのはお約束なのだが。
「何か問題が起きたりしてませんか?」
「今のところは聞かないかな。旅人さんは一箇所にあまり留まらないからねー」
「それは良かった。知り合いに衛兵のやつがいるんで、ランゼっていうんですけど」
「ラン君の知り合いだったんだ!じゃあウチに来てくれたのもラン君が?」
「ええ、良い宿がないかって聞いたらここを薦められました」
「そっかー!わたしはラン君とは花屋の頃に会ってね!それ以来偶に顔出してくれる良い子なの!よくお客さんを紹介してくれるしね!」
「うんうん、確かに良いやつですよね分かります」
こうしてしばしアンナさんとランゼ談義に興じた。ランゼは顔が広いらしく言葉は雑だが面倒見の良さから人気も高く、顔も良いからモテるらしい。結婚はおろか恋人がいるって話もないそうだが、今度会ったらそのあたり聞いてみよう。万が一衆道に走らんとするならば止めてやるのも友の情けよ。
そろそろ客室の掃除をするからーとアンナさんはパタパタと階段を登っていく。俺も当初の予定通り一度ログアウトしよう。鍵のタグには302と書いてある。階段を上がって3階へ、部屋はすぐに見つかった。
鍵を開けて中に入る。客室は広くもなく狭くもないちょうどいいサイズで、窓際にシングルサイズのベッドが1つ。ベッドの横のサイドテーブルにはアンナさんの趣味なのか花瓶に花が生けてある。良い香りだ。部屋の隅にはポールハンガーが置かれ、部屋の中央にテーブルと椅子、テーブルの上には水差しとコップが置かれている。過不足無い良い部屋だ。
流石に外を歩き回った服でベッドに横になるは躊躇われるから仕方なく下着姿に。
「靴とか服も揃えないとな」
いつまでもサンダルというのは避けたい。
ベッドに横になるとログアウトするか否かのシステムウィンドウが出現する。ゲーム内でそのまま寝たい場合はNOを選べば良いが、今は現実に用があるのでYESだ。
ログアウトした俺は早速来栖に電話を掛けた。もしゲームにインしていた場合でも、デバイス登録してあれば視界内にコールサインが表示されるので着信が一目でわかる。ゲーム内と現実での通話ができるのはゲーマーにとって便利なことこの上ない。普段2コールで電話を取る来栖がなかなか出ない。もしかして戦闘中だろうか。だとしたら悪いことをしたかもしれない。純魔って話だから詠唱中は会話出来ないし。
「もしもし!出るの遅くてごめんね!」
「いや戦闘中だったか?悪いな」
「もう片付いたから大丈夫!それでどうしたの?もしかしてパーティのお誘い?」
「あーパーティは今度頼むよ。その前に…ジョブってどこで入手するのかなって」
ハローワークはどこですかって聞くのもこんな気分なんだろうか。妙に小っ恥ずかしい。
「へ?もしかしてまーくんまだ見習い学校行ってないの?」
「見習い学校???」
「キャラ作った時に言われなかった?天使君に」
なるほど、あの時に本来なら説明がされていたはずなのか。だが俺はその記憶が飛んでしまったから覚えていないと。うん!全てオルタナが悪いな!そうに違いない!それにしても天使君か、キャラの性別で出てくる天使の性別も変わるのかもな。
「えっと、まぁ色々あって説明を聞きそびれたらしい。それでその学校ってどこにある?」
「噴水広場はわかる?そこに看板があるからそれに従えば着けるよ!わたしが案内しようか?」
「いや広場はわかるから大丈夫。でもフレンド登録したいし俺がジョブ獲得したら一回会おうか」
「デートのお誘いだね!おっけー!じゃあまーくんの用事が終わったらまた声掛けてね!」
「はいはいデートデート。忙しいのにありがとな来栖」
「全然いいよー!じゃあまたね!チュッ♪」
どうやら来栖は随分と先に進んでいるみたいだ。もしかしたら別の街にも既に到達してるかもしれない。
「早く追い付かねば」
そういえばスキルと称号の確認するの忘れてたな。この歳で物忘れが激しいと将来に不安しかないんだが。
「思い出したから良し!」
俺は気合いを入れ直すと再びログインするのだった。
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