第3話 嗅覚さんは荒ぶりまたやらかす

 さて諸君この度怪人クンカクンカに晴れてジョブチェンジすることとなったマコトです。さてそんなワタクシが今何をしているでしょうか?


 正解は家宅捜索。


 新規プレイヤーの誰もが真っ先に訪れる場所である簡素な一室内の捜索だ。俺にはとあるゲームプレイの癖があるのだが、共感してくれる人も多いだろう割と有名な癖だ。それはマップを端から端まで埋めたい、フィールド内のアイテムはそれが何であれ集めたい、というものだ。正直時間の無駄であることは多いが、偶に掘り出し物があるからやめられない。そして早くも成果を得た。ベッドの下に伸ばした手の先に何か触れた。引っ張り出してみるとビー玉ほどの白い球体だった。


 インベントリにしまう前にアイテム詳細からこれがなんなのか確認する。

 

 [女心の白玉]

使用者の性別が男性の場合、女性に性転換する。使用可能回数1回


 「おぉ!大当たり!高く売れるやんけ!」


幸先良しではないか。巷の流通量次第では非常に高額で取引されるのが性転換アイテムの特徴だ。これは他ゲーで経験済みなので間違いない。すぐに売りに出す気はないのでそのままインベントリにしまう。


 「さてさて〜♪あと怪しいのは戸棚だな〜♪」


 鼻歌混じりの上機嫌に戸棚を捜索。戸棚の中には小瓶が入っていた。ファンタジーで小瓶と言えばあれだろう。


 [初級ポーション]

 服用又は掛けられた対象のHPを僅かに回復する


 案の定ポーションだったか。それも初級じゃテンション上がらないぜ。貰えるものは遠慮なく貰うけど。ところでこの効果説明の僅かにってのはどれくらいなんだ?割合?固定値?


 「要検証だな」


本格的に戦闘でポーションを使う前に効果検証しようと決めて、とりあえずインベントリに仕舞い込む。俺が次に目を付けたのは戸棚の後ろ側と壁との隙間だ。


 「ムッ!」


きらりと光るものがあるぞ。なんとか身を捩りながら隙間に手を伸ばすが、届かない。光る物体は戸棚の後ろ側のド真ん中辺りに落ちていて、左右どちらからも手が届かない。戸棚は重く、今の俺のステータスでは満足に動かせない為、取るには何か棒のような物が必要だ。


 室内にそれらしいものが無いかと探してみるが生憎と棒状の物は見当たらない。ならば一度外に出て木の枝でも持ってくるかと考える。実際それが一番確実だ。だが同時にある懸念も。


 「この部屋、一度出たら戻れるか分からんしなぁ〜」


 そもそもここがどこなのかもわからないのだ。左上のミニマップには[始まりの部屋]という名称と部屋の内部のみが表示されており、部屋の周囲の地形も名称もわからない。それにこの手の部屋は部屋を出た瞬間には扉ごと消えてしまうことすらあり得る。


 「つまりは手持ちのアイテムを駆使して知恵と勇気でこの戸棚という壁を乗り越えろということか」


うーむだがこの部屋には使える物が無さすぎる。流石にいつまでもここにいるのは躊躇われるし、最終手段だ!


 「ふーっ!ふーっ!ふーっ!」


これぞ秘技人力エアロブラストだ!


 「ふーーーーっ!ふーーーーーっ!」


き、厳しい!さ、酸欠で頭がフラつく!


 「ふーーーーっ!?」


 か、微かに動いたぞ!俺はエアロブラストの角度を調節、敢えて床方向に吹き付けることで上昇気流を作り出す!


 「これでトドメだ!ふーーーーーーーっ!」


 目を瞑り渾身の一撃を放つ。反動でクラクラする頭を押さえて成果を確認する。


 おや、光る物体はまだ戸棚の後ろに居座っているが位置が動いたことで反対側から手を入れれば届きそうだ。


 「これで貴様も年貢の納めどきよぉ!」


 ヤツは中々に強敵であったが俺の知恵と勇気の前に敗れ去ったのだ。


 俺はそれを人差し指と中指で摘み上げると慎重に引き抜く。俺の前にその全容を明かした光る物の正体は…


「コイン?」


[ネファレム王国硬貨 (銅)]

ネファレム王国で流通している通貨。銅貨は最小単位の硬貨である。


 なるほどなるほど。最も取りにくいところに最も価値なきものを置くとは。さてはこのゲームの運営意地が悪いな?


 まさしく骨折り損のくたびれ儲けに終わったわけだが俺の心持ちは晴れやかだ。これで心置きなくこの部屋を去れるというものよ。


 扉に手をかけ開け放つ、迷うことなく一歩踏み出す。扉を潜った途端目に飛び込んできたのは------空、雲一つない青空だった。そして俺は石畳に後頭部をぶつけた。



 「あうちっ!」


 何故このような仕打ちを受けねばならないのか。恐らく俺と同じ新規プレイヤー達の痛い視線を浴びつつ、努めて何事もなかったかのように立ち上がる。


 どうやらここは広場のようだ。先程俺の後頭部に痛烈な一撃を見舞った石畳、広場には所々に木が植えられており、中心には噴水が設えてある。広場から放射線状に道が整備されており、その道沿いにはレンガや木造の建物が立ち並ぶ。


 [はじまりの街 アルス]

 

 ミニマップで確認するにここはアルスという名の街らしい。現状を確認してさてどうしようかと思っていると、どこからか香ばしい匂いが漂い鼻腔を擽る。


 ゲーム開始直後なので手持ちは多くない。ステータス画面を確認すると所持金は銀貨5枚に銅貨11枚らしい。11枚と半端なのは先程の1枚が悪さをしたからだ。


 「相場を調べがてら街を見て回るか」


 現在装備も何もないのだ。お金は節約しないとな。


 そういえば俺の個性って結局どうなったんだ?なんかあやふやになっていた気がするのだが…


 恐る恐るステータス画面を開き、プレイヤー詳細を選択。


 【プレイヤー名 マコト】 Level 1

種族 ヒューマン 年齢 17 性別 男

称号 天使の婚約者 天使の堪能者 嗅ぎニスト

職業 無職

HP 110

MP 35

STR 7

VIT 5

DEX 9

AGI 10

INT 4

LUK 12


個性 嗅覚Lv15 (嗅覚探知、嗅覚解析、嗅覚増

   強)



 なんだこの謎の称号達は!特に嗅ぎニストは最悪すぎるだろ!いつの間にこんな称号獲得したんだよ!おまけに1番のツッコミどころは嗅覚L v15って本当にどうなってんだ!


 「ひっひっふーっ…落ち着け俺よ」


 そうだ全ての事象には結果があるのだ。俺のステータスに存在するこの変な称号も、急激にレベルの上がった嗅覚も、言ってしまえば結果だ。それはつまりこの結果に辿り着く何かしらの事象が存在したということ。


 思い出すんだ俺!そうだあの時だ!個性ガチャで爆死して茫然自失の俺にオルタナはなんて言っていた?



 『せ、せっかくなので嗅ぎますか!?今ならわたしのことクンカクンカしても良いですよ!?』



 それだぁあああ!そういうことか!ってことは俺は全く覚えてないが、俺は全く覚えてないが!俺はオルタナの匂いをクンカクンカして文字通り堪能してしまったわけだ…堪能…




 いや、うんなに?ちょっとくらい惜しいことしたななんて思ってないよ?ほんと。オルタナってどんな香りなのかなーなんて気にならないよ?でも少しは覚えてても良かったのになーって思ったり思わなかったり。うんうん、正直に言おうか、やり直しならぬ嗅ぎ直しを希望します!ついでに嗅覚Lvも上がりそうだしね!


 まぁ冗談はさておきこれはありがたい。恐らくは天使という上位存在であるオルタナの体臭は嗅覚に凄まじい経験値を齎したのだろう。ここから導き出される嗅覚のレベル上げに有効なもの、それは体臭だ。それも強者もしくは女性の、だ。後者だった場合かなりレベル上げには苦労することになる。前者であっても難しいのは同じだが心理的、物理的ハードルがエベレストだ。しかし俺はそこはあまり気にしていない。最悪いざとなればアイツに頼む覚悟を決めれば良いからだ。因みに言っておくが男の体臭は考慮しない、てか嗅ぎたくない。


 ひとまず体臭で嗅覚のレベルが上がることが判明したので、体臭以外に嗅覚レベルを上げる方法があるならそれを見つけておきたいところだ。そのために色んな匂いを嗅いで嗅いで嗅ぎまくろう!


 いざ街の散策!いざ匂いのする方へ!




 《WWO》サービス開始してまだ1週間しか経っていないが1次抽選組と2次抽選組を見分けるのは簡単だ。装備を見ればすぐにわかる。ゲーム開始直後は無地の麻布のシャツに茶色の半ズボン、そしてサンダルを装備している。現在マコトが歩いているのは商店が立ち並ぶアルス南地区商業区画なのだが、そこにはマコトと同じ格好をした者はいない。


 マコトはオルタナの匂いに夢中になった記憶と共に、オルタナが『先ずは見習い学校に行ってくださいね』と教えてくれたことも綺麗サッパリ忘れている。この世界に初めて来た者が真っ先に訪れるべき場所。所詮見習いと侮るなかれ、職業選択のみのらず、各ジョブ武器の取り扱い、薬草の知識学べて、プレイヤーレベル1からでも使用できるスキルを習得することもでき、アルスの街周辺のモンスターの倒し方までレクチャーしてくれる職業訓練校、それが見習い学校だ。実は広場にも[見習い学校はこちら!]という看板が立っていたのだがマコトはそれに気付かなかった。おまけに自分と同じ格好の者達が連れ立ってある一方向を目指して広場から去っていくのにすら気付かず、自分のステータスと睨めっこしていたのだ。


 あわれ無職が1人商業地区の匂いに釣られてあっちにふらふら、こっちにふらふら。


 商業地区は食べ物の良い香りが常に漂っている。それに混じって革や鉄、薬品、何かの薬草の匂いがする。1つの匂いに集中することでその位置を特定する(嗅覚探知)を使えば匂いの元に辿り着くのには苦労しなさそうだ。俺は肉をタレにつけて焼いた牛串の匂いを辿って焼き串屋に向かった。


 しばらく匂いに集中して歩き、人混みの中を進むこと2分、お目当ての焼き串屋を見つけた。


 「すみませーん、これ一本いくらですか?」


 店主らしき男はなかなか見事な筋肉をした捩り鉢巻きの似合う渋面のおっさんだった。


 「おうにいちゃん!見ねえ顔だが旅人かい!一本銅貨5枚だぜ!」


 「えぇまあ、今日こちらに来まして。では一本いただけますか」


 「毎度あり!ウェルカムサービスで一本おまけで持ってきやがれ!」


 「ありがとうございます!遠慮なくいただきます!」


 「また来いよー!」


 屋台のおっさんとにこやかにバイバイしつつ店と店の間に置かれた木箱に腰掛け、早速買ったばかりの牛串に齧り付く。肉は脂身が少ないが柔らかく、もみだれが良く染み込んでいてとても美味い!肉表面が所々お焦げになっているのが香りにアクセントを生みそれもまた素晴らしい。瞬く間に1本目を完食し、2本目に手を伸ばした時だった。ふわっと不思議な匂いが鼻腔を擽った。


 例えるならば深緑の森、草花の匂い、鼻の中をすーっと吹き抜ける爽やかな風。薬や薬草の匂いとも違う森そのもの然とした力強くも穏やかな香りがする。


 (嗅覚探知)俺はすかさずスキルを起動し、匂いの元へと向かう。どうやらその匂いはまっすぐ街の外から漂ってきているようだ。


 アルスの街は中央に噴水広場があり、北と南に街の入り口がある。商業地区は南に位置し、北は街の領主宅や教会、商業会館、ギルド会館など公的機関の建物が集まっている。東は一般市民の住居が多く、宿屋などもこちらに集まっており、西は職人達の工房が多く存在している。


 匂いの元は南門から街を出て少ししたところにある何かだ。離れていても大まかに匂いの発生源の位置を探知できるらしい。より匂いに集中したところで何となくだが匂いを発する何かが人型であることが感じ取れた。


 「なんやかんや嗅覚って便利だな…」


舐めていたことを心の中で嗅覚さんに謝罪しつつ残りの牛串をインベントリに仕舞い込み南門を目指す。商業地区の大通り沿いに走ること10分。やっとこさ南門に着いた俺はそのまま外に出ようとしたところを衛兵に止められた。


 「おいあんた!見ない顔だから旅人だな?武器も持たずそんなナリでどこ行くんだ?危ないぞ」


 声をかけてきた衛兵は20代半ばの面倒見の良さそうな兄ちゃんだ。


 「あーすぐそこの、そう!あの丘の上からアルスの街を見てみたくて!」


 俺は匂いの元となる人物がいる丘の方を指差し適当に誤魔化す。


 「いくら街の周りが安全だがらってなぁ…」


どうやら街の周りは安全らしい。俺は死んでもリスポーンできるのだが、それは置いておいても俺の格好を見て心配そうにしているこの兄ちゃん、めっちゃ良い奴。


 「心配してくれてありがとうお兄さん。でもちょろっと行ってすぐに戻ってくるから!」


 「わかった!わかった!でも森にはモンスターが出るから絶対に入るなよ。そんな格好じゃすぐ死ぬぞ?あと俺はランゼだ、お兄さんじゃねぇ」



 しっしっと追い払うような仕草をしつつ名前を教えてくれるランゼ。


 「俺はマコトです!じゃあランゼさん行ってきまーす!」


 俺は自分も名乗りつつ駆け出す。


 「日暮れ前には戻れよー!門が閉まるからなー!」


 



  

 さてさて、どこの誰かは分からんが既に補足済みだぜ!南門からどこかの町か村まで続いているあろう街道を逸れて丘を目指して草原を進む。標的の人物が依然丘上から動いていないのは丘に近づく程に匂いが濃くなるのだから間違いない。俺の足が丘の頂上に近づくにつれ、花の香りが強くなる。頂上に着いた俺の前には色とりどりの花が咲き乱れる花畑が広がっていた。


 その花畑の中心に我が探し人はいた。風にたなびく白髪、肌は陶磁器のように白い小柄な少女。その少女は翡翠色の瞳を突然現れた花以外の者に向ける。



 「なにか用かしら?」


確信、やはりこの少女、普通の人間じゃない。


 俺は(嗅覚分析)で相手の力量や人か否かを判別できる。それによりこの少女が俺よりも遥かに強く、そして人でないことには街を出る前から薄々気付いていた。今の俺では戦闘になった途端瞬殺される。それでもこの場に来た理由、それら嗅覚のレベル上げや単なる興味のためだけではない。



 「はじめまして。俺の名前はマコト。あなたの匂いに誘われてここに来ました」


 そう、まるでどこかの誰かを誘うようにあの匂いは漂っていた。それに気付いた者がここに来れるように敢えて匂いを流しているかのように。


 「わたしがここに来たのは、気まぐれ。そしてあの日のように花の香りを街に流したのも、気まぐれ」


 俺は花の香りに誘われたのではなく彼女の匂いに誘われたのだが、わざわざそんな変態宣言をする必要はない。彼女は全く何の感情も感じさせない無表情、だが俺には目に見えないものを感じ取れる鼻がある。確かに感じた彼女の変化、それは匂いとなって俺に告げる。


 「待ち人は来ませんでしたか。あなたからは寂しい匂いがする」


 ピクリと少女の肩が震える。そして俺が次に感じ取った彼女の感情、それは怒りだ。


 「っ!?」


「あなた、彼女のこと何か知っているの?」


 その瞬間激しい怒りの感情が不可避の圧力となり俺に叩きつけられる。目の前の小柄な少女が発するプレッシャーは俺の膝を折り、這いつくばらせるには余りある。俺は息をするのも辛い中必死に言葉を紡ぐ。


 「お、俺は、なにも、知らない…」


 彼女は地面に這いつくばる俺を観察するように見ていた。


 「…そう」


 俺の言葉に偽り無しと判断したのか彼女の感情の発露がとまった。俺は冷や汗を拭いふらふらと立ち上がる。このロリっ子想像以上に強い、それに無表情の割に感情の起伏が激しい。ここは慎重に立ち回ろう。


 「あなたの、お名前をお聞きしても良いですか?」


 「…フィル------」


なんだ?良く聞き取れない。ノイズ?いやどちからというと言語が異なる感じか?

 俺が困惑していると、こちらの状況がわかるのか少女はなんの感情も篭っていない声で言った。


 「フィル、で良いわ」


 その時微かに何かしらの匂いを、恐らくフィルと名乗る少女の感情を感じたのだが、それがどんな感情なのかは嗅ぎ取れなかった。


 「ではフィル、あなたの話を聞かせてくれませんか?俺はまだまだ力不足ですけど、いないよりはマシ程度には役に立ってみせますよ」

 

 フィルはどこか訝しげな視線を俺に向ける。確かにいきなり現れた人間があなたの助けになりますよ!なんて言っても信じる人はいないだろう。これは賭けだ。俺の助けなど不要とフィルが言えばそこで詰み。だからこそ絶対に俺を見つめる翡翠色の瞳から目を離さない。じとーっと手に嫌な汗をかく。どれくらいそうしていただろう。そろそろ俺の手汗が滴る領域に突入するかというタイミングで

やっとフィルが口を開いた。


 「…なんで?何が目的?」


 にやりと笑いたいが我慢だ。これこそ俺がフィル自身の口から出して欲しかった言葉。当然対価に何かを求めると考えた時点で俺よりも圧倒的強者であるフィルから譲歩を引き出すことに成功している。交渉という譲歩を。


 対価次第では組んでも良いかもと思わせられればあとの問題はこちらが出す条件、俺がフィルに何を求めるのかということ。



 「俺が求めるのは形ある物ではありません。ですがそれはこの世界中で唯一フィルだけが持っているものです」


 いくら人ではないとはいえ相手は女性だ。しかも口振りから永き時を生きていると思われる上位存在に、あなたの体臭を嗅がせて欲しい、なんて言えるわけがない。

 警戒するあまり遠回しに言いすぎたか…?フィルが可愛らしく首をコテンとさせて俺の言葉の意味を考え頭を悩ませている。


 いっそのことストレートに言うべきだろうか…。しかしフィルに人並みの羞恥心があった場合俺は確実に死ぬだろう。現時点でのデスペナにほぼ意味はないから死ぬことは良い。問題はフィルとの間に決して埋まらぬ溝ができてしまうことだ。変態即斬だ。


 だから出来れば答えはフィル自身に出して欲しい。遠回しな言い方をして相手に答えを出させ、その答えに乗っかるのが1番安全なのだから。


 しばらく頭をコテンコテンしていたフィルの動きが止まった。


 「あなた…そう確かマコト」


 「はい」


 「マコトの求めるものが何か、わかったわ」


 き、来たぞ!実質ここから先のフィルの言葉は俺の答えではなく、フィルの答えだ。


 「ほ、本当ですか?」


 フィルはこくりと頷くと俺の目を真っ直ぐに見つめる。


 「うん、あなたが欲しいもの。それは-------------------




--------わたしの愛」



  「!?!?!?」



 エ、エマージェンシー!エマージェンシー!そ、想定外の事態だ!これは正解と答えても高望みし過ぎDeathルート、不正解と答えても私を前にして不敬Deathルートが存在する!どうする!?ま、まずは何か言わなければ!


 その時焦る俺の鼻が何かの感情を感じ取った。これは、不安だ。だがこれは俺の不安ではない、そうこれはフィルの不安の感情だ。


 今フィルは何故か不安を感じている。生殺与奪の剣は常にフィルにあり、仮に彼女がこの場を去ろうとしたら俺に彼女を止める術はない。だがもしも、そんな絶対的な優位性を持つフィルが不安を感じるとしたら、それはどんな時だ?


 「で、どうなの?」


 「!?」


 フィルの不安の感情がより強くなる。それをきっかけとして俺は気付いた。目の前にいるのは人ではないし、俺より遥かに強く、永き時を生きている上位者だ。だがそれでも外見通りの少女なんだ。フィルは俺が君の愛が欲しいと自分に告白したのでは、と考えたのだ。仮にこの状況を自分自身に置き換えてみよう。自信満々に「俺の愛が欲しいんだろ?ベイビー」とキメ顔でフィルに答えたとして、



 もしそれが外れてたとしたら?



 答え: 死ぬほど恥ずかしい




 そこに思い至り思わず笑ってしまいそうになった。何故なら、確かにフィルは人ではない、がその可憐な見た目通りの純粋さを持ち、目の前の雑魚な俺に痛い子だと思われることを怖がる1人の女の子だとわかったから。


 そうとわかれば俺が取るべき選択肢は1つしかない。表情には現れないが、目の前の少女は今も不安を感じているのだから。そんな子に、



 恥かかせるわけにはいかねぇよな!!




 俺は腹を括るとフィルへと近づいた。俺が近づくことでフィルの不安の感情が少し強くなったことを感じつつも足は止めない。そして彼女から2メートル程の距離で立ち止まると、片膝をつき、左手は自身の胸に、右手をフィルへと差し出し、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。



 「はい、その通りです。フィル、俺はあなたの愛が欲しい!」

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