第2話 キャラメイクって楽しいよね
『やっほー!まーくんWWO楽しいよー!』
『あっれー?まだできないのー?可哀想なまーくん…添い寝してあげるよぉ!』
『ちなみにわたしのアバターとっても可愛いから楽しみにしててね!』
『ねぇー聞いてよまーくん!今日ゲーム内でナンパされちゃったよー!』
『あ、そうだ!わたしはジョブ純魔法使いでいく予定だから被らせないようにね!』
『個性っていうのをレベル上げするのが良いみたい!個性は複数選択肢あるから選ぶのは慎重にね!ものによってはレベ上げ条件厳しいからね!』
『NPCの好感度って大事っぽいよー!キャラの外見は影響ないみたいだけど!』
『いよいよ今日がまーくんのWWO人生の幕開けだね!わたしの方が1週間早生まれだからお姉さんを頼りたまへ!えっへん!』
くーっくっくっく。
この1週間ずいぶんと好き勝手なメッセージを毎日毎日欠かさず送ってきてくれてありがとう来栖。お陰様で幾度か怪人ふぇーにジョブチェンジしかけたぞ。だがしかし!貴様の横暴も今日限りだ!いざ行かん!真の異世界!
俺はメット型のフルダイブマシンを被り、付属品の専用チョーカーを首にセットするとベッドイン!さぁいこうか!ダイブスタート!
俺の意識と感覚だけが現実から解き放たれる。今肉体はない。その状態でゲームのロードの残り時間を示すタイマーとバーを眺めている。一種のゴースト状態だ。フルダイブゲームを始めたばかりの頃はこのロード時間を利用して幽体離脱ごっこで暇を潰したものだ。今もしているけど。
空中を上下逆さまでふよふよと漂いながら来栖の話の中にあった個性というものについて考える。個性とはWWOを生きていく上で、ある程度の行動指針を決定する最重要パラメータだ。
個性にレベルというある種絶対のステータスが存在する以上キャラクターの成長に絡む要素としては無視できない。
βテスト時点では個性(仮)として「唱う」を選択して魔法メインで遊んでいた。「唱う」のレベル上げ条件は呪文の詠唱をすることだったので、戦闘をこなせば自然とレベル上げができて気にならなかったが、この後獲得する個性次第では戦闘以外にも気を配らなければならない。
因みに「唱う」をレベル上げしていくと個性自体が「詠唱」へと進化する。そして「短縮詠唱」、「二重詠唱」といったスキルを獲得できる。「詠唱」自体もまだまだ進化しそうではあったのだがβテスト時点では封印されていた。個性によらず個性スキルを獲得することは製品版では可能とのことだったが、個性由来と比べると効果の減弱や消費MP、消費スタミナの増加といった劣化版になるとは運営から発表されている。まぁ個性由来のスキルがインスタントに獲得できるスキルとまんま同じ効果だったら残念すぎるしな。
なんにせよ初っ端の個性ガチャは大事ということだ。このゲームはリセマラできないのだから。
と、そろそろロードが終わるな。
『ようこそ異世界へ』
どこからともなく女性の声が聞こえる。
『わたしは新たに異世界へと旅立つ者たちに肉体と異世界を生き抜く個性を与えるモノ』
そこでふと背後を振り返ってみると上下が逆さまの純白の翼を持つ美女天使さんの姿が見えた。天使さんは何か微笑ましいものを見るように小さく笑いながら手を振っている。
そこで気付いたのだが俺は今幽体離脱ごっこの途中であって、空中を上下逆さまにふよふよしている真っ最中なわけだ。つまり逆さまなのは俺で、その俺の姿、はないから意識?幽体?を見て彼女は笑っているのだ。
「こ、これは失礼しました天使様」
慌てて地面に戻りつつ謝罪する。天使様の俺に対する印象が個性ガチャに影響するとは思わないが念のため態度には気を付けよう。
『いいえ、旅人よ。あなたのような愉快な者こそ世界には必要なのですよ』
愉快ですかい…遠回しに馬鹿にされた?
「きょ、恐悦です」
『いえ、わたしは女神アイビスの使徒たる天使、名をオルタナと申します。これからあなたが異世界へと旅立つ短い間ですがよろしくお願いしますね』
そう言うとにっこりと微笑む天使、いやオルタナ様はすっごく綺麗でしばらく見惚れてしまった。スクショ案件なのだが残念ながら今はシステム的に不可らしい。
「こ、こちらこそよろしくお願いします、オルタナ様」
『はい、ではこちらへ』
見惚れ硬直から脱した俺を連れてオルタナ様が向かったのは奇妙な神殿だった。その神殿は屋根がなく、石造りの白い柱が3本、線で結ぶと三角形を形成するように等間隔に立っている。幽体離脱ごっこの時に周囲を見た限りそこには神殿など存在しなかったのだが。
『えぇ、わたしが現れたのと同時にこの神殿もこちらに出現しましたから』
ナチュラルに心を読まれた!?
あの神殿で何をするのでしょうか?
『行けばわかりますよ』
間違いないな。なんということだ…これでは下手にアレな妄想もできない。いや、しかしこれはチャンスでは?オルタナ様を誉めて気分良くしたら何かプラス査定になるのでは?来栖もNPCの好感度は大事って言ってたしな!ならば!
いやーオルタナ様は美しいですね。お付き合いされている男性天使の方はいらっしゃるのですか?いやオルタナ様ほどの美貌をお持ちの方には愚問でしたね!男なら誰しも一度は、と思わずにはいられない知的さと優雅さを兼ね備えた天使様に出会えて感無量ですっ!オルタナ様と結婚する方が羨ましいです!
ど、どうだ…割と本心を少し盛った感じにしてみたが、果たして反応は如何に?
『…本当にそう思われますか?』
こちらを伺うように少しだけ上目遣いで見つめてくるオルタナ様。大変可愛らしい。おまけに男性の目を釘付けにするであろう豊かなバスト。スタイル抜群、容姿端麗かつ溢れ出る圧倒的な包容力。おのれ男の天使共が羨ましいぞ!いつでもこんな美女を眺めてアレな妄想に浸れるとは!
「勿論ですよ!嘘偽りなくオルタナ様は素敵です!」
『そうですか…とても嬉しいです。ではわたしも正直にお伝えしましょう。わたしにはお付き合いしている方はいません。ええ、今まで一度たりとも、いません…。男性天使でしたか…?彼等は女神アイビス様に夢中で、私たちになんて見向きもしません…』
オルタナ様は俯いてしまい顔色は窺えないないがその声音には悲壮感が漂っている。
あれ?なんか地雷踏んだ?
『わたしたち天使が何故わざわざ旅人達の相手をするのだと思いますか?』
「えーっと…なぜでしょう?」
『ちやほやしてくれるからです』
あ、言い切りやがったぞこいつ。
『わたしと結婚する方が羨ましい、でしたか…良いでしょう』
はい?
『あなたがあちらで英雄となればわたしのこの身の全てをあなたに捧げましょう』
んん?
『わたし以外の天使もおそらくそれが目的でこの役目をしているのでしょうから』
おや?なんだか嫌な予感が…まさかこれ婚…
『では!…ところであなたのお名前は?』
「…マコトですが」
『ではマコトさん!あなたにはわたし女神アイビスの使徒、天使オルタナの婚約者として他の天使の婚約者に負けぬ活躍を期待します!』
なんだよこれ!まだキャラメイクもしてねぇのに謎のフラグ踏んじゃったよ!
【ユニーククエスト[天使の婚活:オルタナ]を受注しました】
クエストを開始しますか?
→はい はい
展開が早えんだよ!ってかやっぱり婚活じゃねぇか!まだ身体もないのよ!それより選択肢仕事しろや!なんで選択肢がYES一択なんだよ!仕方ないから押すよ!押せば良いんだろ!ポチッ
俺が実質強制クエストの開始を決定した途端オルタナが嬉しそうに俺の手を取って神殿中央へと駆け出す。
『それではマコトさん行きましょうか♪』
これどっちみち「はい」を押さないと進行不能だったのではないだろうか。オルタナが強引なのか天使とはそういう生き物なのかは分からないがそんな気がする。というか変わり身早いなこの天使。登場時は上位者として下々を導く優しい天使様風だったのに今やルンルン♪にへらっとしている。悪くない。
『こちらの魔法陣の上に乗ってください♪』
オルタナの指し示す場所には仄かに緑色に輝く複雑な魔法陣が設置されていた。
『今からマコトさんには異世界で生活する為の肉体を作っていただきます♪』
ふむやっとここまで辿り着いたか。ロードの待機時間を含めてもなんだかとても長い道のりだった気がするぞ。
俺が魔法陣の中心に足を踏み入れると目の前に裸姿の身体が出現した。ボディスキャンで現実世界の俺の身体を読み取っているから不思議ではないのだが。大事なのは俺のムスコが露わになっていることだ。
「何故に全裸!?」
『あらあらこれは大変!?下着を忘れるなんてわたしったら!』
わざとらしいぞオルタナ。そういうのは1人でこっそり楽しんでくれ。本人を巻き込むな。
というか俺は年齢制限に引っ掛かるからパンツの着脱は不可に強制的に設定されるはずなのだが…
『わたしにはアバター作製の権限がありますから♪』
さいですか…
気を取り直してパンツを装備した俺自身に手を加えていく。身長はそのままに少し筋肉質に『もう少し』手足の長さは足を少し長くしよう『ここにも筋肉を少し足して』。顔は身バレしない程度に弄るか『眉はこれで鼻はこっち、目はそのままで』そうだな口はそのままで良いか?『はい♪』
「おい、オルタナさんや」
いつの間にか肩をピタリとくっつけてあれやこれや言っていたオルタナ。
『何でしょう???』
「なんで勝手に筋肉増やしたり顔のパーツをお弄りあそばせやがるので?」
『未来の夫となるかもしれぬ身体ですよ?妥協は許されません!』
ふんすふんす!と意気込むオルタナ。まあ元はと言えば俺の責任だし彼女の意見も聞いてあげよう。
「髪型と髪色はどうする?」
『髪型は髪が伸びてしまえば崩れてしまいますからマコトさんのお好きになさってください。髪色はこれで!』
そうか髪も伸びるのだった。オルタナが指定した髪色は黒に金のメッシュ。なるほど俺の元の髪色とオルタナの髪色を合わせたものか。割と良くある配色だし構わないか。
「目の色はどうする?」
『わたしは今の黒色の瞳好きですよ』
「はいよ、じゃあ目はこのままで。他は気になるところあるか?」
『いえいえ、気になるところは既にこちらで』
ん?既にこちらで、だと?
「…具体的にどこを弄ったんだ?」
『て、天使にそのようなことを言わせようとするなんて…いじわる、ですよ?』
きゃあきゃあ言いながらもじもじするオルタナ。
「…つまり人に言えないようなところを弄って自分好みに作り直したと、そういうわけか」
まじかよこいつ、俺のムスコに何してくれんだ。
『わ、わたしも使うかもしれないのですからよろしいではありませんか!』
「ばっ、そういうことを多感な男子に言うな!大体俺は17歳だからそういうのはまだできないんだ!」
『ですが!それは言い換えれば一年経てば良いということでは!?』
「うっ…たしかに」
オルタナの正論に言葉に詰まってしまう。納得し難いが、非常に業腹だが我がムスコを弄った件は水に流そう。
「もう好きにしてくれ…」
『ご理解いただけたようなので続けましょうか♪』
こいつ俺よりも楽しんでやがる。俺の身体なのに…
その後細かな調整を行い、俺の異世界での身体は完成した。今俺は作成した身体の調子を確かめている。
『とっても素敵です♪』
「そりゃ半分はオルタナの趣味でできてるからな」
そうは言いつつ実際かなりイケてると思う。動きやすいしかっこいい。だがこれ来栖に見せたらなんて言われるか判ったものじゃないな。まぁいいやその時はオルタナに責任を取ってもらおう。
『次はいよいよマコトさんの個性を決めましょう♪』
「!?遂にきたか!」
『マコトさんのパーソナルデータと事前採取したDNA情報を元にあなたに相応しい個性をピックアップしました』
やっぱりここで使われるのか。
βテストの時は身体スキャンと網膜スキャン、指紋の登録だけだったが、
頼むぞ俺!ここで変なの引いたら今後の人生にまで影響するからな!凄まじい緊張感だ。オルタナも先程までの頭お花畑モードではなく真面目天使さんモードだ。
「見せてくれ、オルタナ」
『はい、ではこちらを』
オルタナがそう言うとシステムウィンドウが俺の前に現れる。
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[プレイヤー名 マコト]
あなたの個性を以下の中から1つ選択してください
・【嗅覚】
-----------------------------------------------
「これ、だけ……?」
あれっおっかしいな〜?なんでか選択肢が1つしかないように見えるんだけど…
んん?目を擦っても変わらないや。そうかまだ他の選択肢を読み込み中なわけね!オルタナったらおっちょこちょいさんだな〜ははは。
『い、いえ…あの、申し上げにくいのですが…その…で、でも1つだけというのはとても珍しいのですよ!?レアですよ!?そっ、それに個性に貴賤はありません!』
判決は下った。だがそれを受け入れられるかどうかは別だ。一縷の望みをオルタナの茶目っ気大爆発に賭けたのだが本人の口から否定されてしまった。ならこれはあれか?俺は怪人クンカクンカだったったことか。そうか…そうか…ふぇー
俺が茫然自失のふぇー状態に突入したのを察したのかオルタナが慌て出し、トンチンカンなことを言い出した。
『せ、せっかくなので嗅ぎますか!?今ならわたしのことクンカクンカしても良いですよ!?』
ほら!と両手を前に差し出していくらでもどうぞと…
その後のことは良く覚えていない。俺が目を覚ました時にはオルタナの姿は無く、先程まで居たはずの神殿でもない民家の一室、そこに置かれたベッドの上に俺はいた。
ふむ、家具は木造で戸棚が1つ、テーブルと2脚の椅子、壁にかけられた時計
何とも殺風景、というより生活感の無い部屋だ。
「まぁ最初にやることは決まってるんだがな」
そうなのだまずやることをやらねばなるまい。いつだってそうしてきたのだ。
「俺の個性の選択肢嗅覚しかないってなんじゃそりゃあああ!!!」
その叫びを聞いた者はいない。だがその嘆きを知る者はいる。
『勝手に送り出してしまいましたがマコトさんは大丈夫でしょうか…』
わたし天使オルタナは先程まで彼と共にいたベッドの上でその豊満な身体をあられも無く曝け出していた。肌にはしっとりと汗をかいている。
『ですがあれ以上は青少年の倫理守護プログラムに抵触してしまいますし…やむを得ないこととマコトさんもお許しくださるでしょう…』
そう呟きつつも少し惜しいことをしたと思ってしまうのは彼がわたしに夢中だったからだろうか。
『全身の隅から隅まで隈なくクンカクンカされてしまいました…もうお嫁にいけません』
そう、頭のてっぺんから足のつま先、翼の先端に至るまでの全てを。あの時の彼は個性のことで取り乱していたが、ある意味本能に忠実だった。少しの恐怖と男に求められる喜び、天使といえども恥ずかしいところをクンカクンカされるということへの背徳、それに伴う高揚を感じた。彼がわたしを堪能している時、ふいに唇と唇が微かにだが確かに触れた。その感触を思い出しては身体が熱を帯びるのを止められない。
『はぁ…もどかしいですね。この身体の疼き…どうしてくれるのですか、マコトさん。もしわたしが堕天してしまったら、責任取ってもらいますからね』
今はもうここにはいないプレイヤーを想い天使オルタナは初めて感じる甘美な疼きに酔いしれるのだった。
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