Smelly Life 〜俺の個性の選択肢「嗅覚」しかないってなんじゃそりゃ!〜

さーりゃん

第1話 プロローグ

 Wellbeing World Online略して《WWO》の発売を今か今かと待っていた身からすると現状は控えめに言って


 「さいあくだぁ…」


 両手を投げ出し全体重を預けた椅子の背もたれが軋みを上げる。魂が生きる気力と共に天に召される。俺こと土井 真琴(どい まこと)は17年という短い人生の中でも三本指に入る絶望感を感じていた。先日予約受付を開始した《WWO》の1次予約抽選の結果が本日発表された。1次抽選、2次抽選とあるが1次抽選に当選すると2次抽選当選者よりも1週間も早く《WWO》のプレイを開始することができる。是が非でも1次当選と意気込んでいたのだが


 「抽選漏れたぁぁ…」


 手元のデバイスに届いたのは1次抽選の結果、落選。当選倍率を考えれば落選やむなしなのだがそれはそれ、これはこれ。《WWO》は現存するフルダイブゲームに革命を起こした全世界待望のまさに異世界なのだ。βテスト時点で五感に刺さる感覚が現実と遜色なく、視覚、聴覚は勿論のこと、触覚、味覚、そして意図的にフィルターが掛けられることの多い嗅覚までもが完璧に再現されていた。プレイヤーは汗をかくし、身体を拭かなければ当然の如く臭う。病気のバッドステータスになり易くもなる。歯を磨かなければ味覚が鈍り、口臭もすれば虫歯にもなるだろう。

 《WWO》の世界は剣と魔法のファンタジー世界だが、異世界で「生きている」という実感、密度が他のゲームの比ではない。故に異世界に憧れるゲーマーの端くれとしては落選という結果が受け止めきれないのだ。


 「2次抽選も落ちてたら破裂しそう」


 冗談抜きで少なくとも精神的に破裂し、物理的に吐くだろう。

 これ程までにメンタルをやられたのは2年前、中学の3年間片想いしていた他校の子、通学路で見掛けるだけだったその子に意を決して話しかけたあの日以来だろう。


 思い出すのも辛いがあの日俺は勇気を出して話し掛けたんだ。なけなしの勇気を振り絞って。


 「あのっ!」


 「えっと…私、ですか…?」


 「は、はいっ!いつも朝、見掛けてて!その…かっ可愛いなって思ってました!良かったら連絡先教えてくださいっ!」


 「わぁ!わたし可愛いですか!?嬉しいです!」


 「はいっ!めちゃくちゃ可愛いです!」


「んふふ♪なんだか照れますねっ」

 

 (突然話し掛けてきたキョド男にも神対応…照れる姿がかわいすぎる…)


 「あ、ごめんなさい!連絡先ですよねっ!」


 「良いんですか!?」


 「はいっ!あ、でも…どうなんだろ…?」


「えっと…?」


「んーっとね?私-----」





 



 

 ただでさえ落ち込んでいるところに過去の黒歴史を思い出して自己嫌悪を併発し暗黒面に飲まれそうになる。そんな瞬間を狙ったかの如くARマルチデバイスに着信が入った。

 

 デーンデーンデーン♪デッデデン♪デッデデン♪


 ARで立体表示された着信元を見なくても相手が誰だか分かる。暗黒卿のテーマは「あいつ」専用なのだから。正直話をする気力もないし特に今はこいつと話したくないのだが、無視すると家に凸ってくるから仕方なく通話ボタンをタップする。


 「もしもし!まーくん元気!?わたしは元気!」


 「そうかいそりゃ良かった切っていいか?」


 「やっ!あーこの感じじゃ漏れたの?漏れたんでしょ!?おしっこ!うぷぷっ」


 「あーそうそう漏れた漏れた!」

 

 「やーん!まーくんばっちぃ!」


 「そういうお前は…聞くまでもないか…」


 コイツがテンション高いのはいつものことだが今日は3割り増しで高い、うざい。ということは何か良いことがあったってことだ。

まあそんなもの一つに決まっているが。


 「うんっ!もちろん当選だよぉ!えっへん!」


 ドヤ顔うっざ!


 「うんうん、おめでとうおめでとう」


 「ありがとっ!まーくん愛してる!チュッ♪」


 「吐きそうだ…じゃあ切るぞ」


 「そこはイキそうだ…じゃあ突き合おうって言って欲しいなぁ〜」


 「」ツー…ツー…


 うん、通話は切れてるけどあの感じのまーくんはキレてはない。相変わらずの塩対応だけどまーくんはキレると無言になるのだ。まーくんはそっけない態度を敢えて取っているが私はそれが分かっているから彼とのお話はとてもとても楽しい。あの日わたしに声を掛けてきた彼は『めちゃくちゃ可愛い!愛してる!連絡先を教えてハニー!』って熱烈な告白をしてくれて…やん♪思い出したら照れちゃうぅ…


 「あーあ、早くまーくんと一緒に《WWO》遊びたいなぁ〜」




 このの2人の関係は当事者である真琴を除き2人に関わる者によって見方が変わる。土井家の真琴の母目線では恋人関係であり、事情を知らない第三者目線では友人関係であり、2人を知るゲーム仲間目線ではライバル関係である。因みに真琴目線では捕食者と被捕食者である。どちらがどっちとは言わないが自然界ではオスはメスに食われるらしいよ。




 わたし達2人の関係の始まりは中学3年の通学路、あの時はまだまーくんのことは何とも思っていなかった。それが今のように変わっていったのは友人として連絡を取り合うようになり、一緒にゲームをするようになってからだ。


『わたしは彼と遊び、彼で遊び、わたしで遊んで欲しい。そして最期は---------』


それは果たして恋なのか、愛なのか、それとも別の何かなのか。しかして中学生の頃よりかわいく、綺麗に、そしていやらしくなったその娘は真琴が片想いをしていた相手




----来栖 莉央(くるす りお)-----17歳『男』であった。








 そう、思い出すのも憚られるあのXデー。


 

 『んーっとね?わたし----男だよ?』


 唐突に放り込まれた予想外の爆弾。俺は来栖の言葉をすぐには理解することができず、さりとて確かに、聞き間違いようもない程にはっきりと告げられた『男』という単語を前に俺は言葉と知性を放り出した。


 『ふぇー』


 『!?』


 『ふぇー』


 『あ、ハイ入力シマスネ』


 『ふぇー』


 『それでは…』


 さしもの来栖といえども初めての経験だったであろう、ふぇーふぇー言いながら己がデバイスを差し出してくる怪人ふぇーとの邂逅は。だが許して欲しい、脳天直下で炸裂した爆弾の威力はそれ程までのものだったのだ。来栖と別れた後の俺は茫然自失で気がつくと自室の椅子に座っていたのだが、意識がしっかりするにつれ行き場を失っていた感情が溢れ出した。



 「男の娘ってなんだぁ!!!まだそっちの世界に踏み込む勇気はねぇんだよぉ!!!まぁ気付かない俺が悪いかもしれないよ!?すれ違う時顔ばっか見てたからね!その可愛らしいお顔に見惚れてたからねぇええ!よくよく見りゃ胸の校章男子校のじゃねぇかぁああああ!!!くそったれええええ!!!」


大絶叫、そして見兼ねた母からの説教。近所迷惑うんぬん、仮にも惚れてたんだろうんぬん、今度紹介しなさいうんぬんかんぬん。

 色々と感情がジェットコースターで精神がコーヒーカップだったこともあってその後のことは良く覚えてない。だが結果として来栖が家に遊びに来るようになった。何故そんな結果になったのか思い出そうとする頭が痛くなる。




 『オオキナコエ、ダス、ヨクナイ』


 『チャント、クルスチャンニ、アヤマル』


 『コンド、イエニ、ツレテクル』




 ハッ!?なんだ今のは!?


『コンド、イエニ、ツレテクル』?


ま、まさか!?洗脳…?

 そうだ…そうとしか考えられない!

 

 「母よ、息子を売ったのか!」


 気付きたくなかった!なんて残酷なんだ!酷すぎる!

 実の息子を生贄にして娘(男)を召喚するなんて人のやる事じゃない!悪魔の所業だ!


 まず討つべきは来栖にあらず、討つべきは己がウチにあり!


 「戦争じゃあああ!!!」


「ご飯できたわよ〜?降りてらっしゃ〜い?」


 「はーい!」




 あれ?何しようとしてたんだっけ?まぁいいや飯だ飯!


 



 ふふふっ…戦争はずっと前からダメなのよ?


 その呟きは鍋の具と共に俺の胃袋へと消えたのだった。




 

 夕飯は美味かった、確かに美味かった。お陰様でお腹いっぱいだ。なのに何かが引っ掛かるようなそうでとないような奇妙な違和感。1次抽選に漏れたことは-----うん、もう大丈夫だからもっと別の…?




 そういえば今でも思うんだけどスカート履いてんのはズルじゃない?スカート=男子校の図式は成り立たないよ?校則どうなってんの?もしかして女装男子校なの?似合ってれば良いの?パンツは?来栖のパンッ…



 「ふぇー」

 考えてはいけないことが世の中にはあるものだ。お陰様でドッと疲れた。そりゃこれ以上考えられないように言葉も知性も逃げ出すわな。彼等の逃亡のおかげで命拾いしたぜ!


 ピョイ♪


 メッセージの着信…来栖ではないから良し!なになに?


 《WWO》2次予約抽選当選おめでとうございます、だと?




 「ふぇー…っええええ!!!?」

 

 

 

 あ、逃げ出した言葉と知性が草葉の陰からひょっこりと!

 

 「やったあああああ!!!」


 人には叫ばざるを得ない状況が人生で3つある。産まれた時、悲しみに暮れた時、そして喜びを爆発させた時だ。そうつまりこれは叫ばざるを得ない、否!叫ぶべき時!俺の体内で荒れ狂うパトスを解放するのだ!ご近所さんにもお裾分けだ!シャウト!シャウト!シャウトォ!!!


 「やったあああああ!!!」



 「こら!大きなお声はだめでしょ!」


 おお、母よ。俺を洗脳し操った悪辣の使徒よ。良い良い、全てを許そう。さぁご一緒に?


 「やったぶっフガァー!」


 物理的に手で口を抑えられたが俺の魂のシャウトは掻き消せないぞ、母よ。


 「やれやれ…また壊れちゃったのねぇこの子…」


 未だ母の手で口を抑えられながらもフガァーしている俺を見て諦めたのか、母は俺の目を見て幼稚園児に言い聞かせるかのような慈愛に満ちた声で-------





「ヤッタァ オオキイ ダメ」


 「ヤッタァ シズカニ ヤル」


 「ヤッタァ クルスチャンニ ホウコク」



 この日言葉と知性がお亡くなりになった俺は「やったあああ!」を子声で連呼する頭をやったあマンにジョブチェンジした。ふっ、怪人ふぇーは全ジョブ中最弱よ!

 翌日何故か俺が2次抽選に当選したことを知っていた来栖からお祝いメッセージが届いたのだが…なんで話してないのにあいつ知ってんの!?怖っ!

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