閉じ込められた歌姫と王子になれない青年

発芽

1 始まりは噂話から



 ――ねぇ、あなたはもう知ってるかしら。孤児院に住むなんの身分もない少女と、ある貴族のご子息さまとの素敵なお話を。


 お嬢様を亡くされたそのお屋敷は、家族にとって、それはもう深い悲しみに包まれた。ご子息である兄は、再び屋敷に明るさを取り戻したいと願い、同じ年頃の少女を探しはじめた。


 周りを明るくする笑顔と、花びらが舞うような愛らしいあの歌声。幸せそうに歌うその笑顔で、聴いている人の心をも幸せにする。


 あの歌声を、もう一度取り戻したい。

 北へ、南へ。探して探して、探して――。ご子息様の目に止まったのが、まさにこの街。広場で歌っていた身寄りのない少女だった。

 彼は孤児院へ通い、やがて少女を屋敷に連れて帰った。


 でもね、屋敷の状況はお嬢様が亡くなられた直後よりも悪化してしまった。そもそも、ご子息様がお一人で勝手に連れて来たのだから。庶民でも最下層の暮らしをする少女。ご主人様と奥様が快く思わないのも当然だった。しかも生前も妹をとても大切にしていたご子息様は、連れて来た少女を同じように接し大切にするならなおさら。

 いずれご子息様は別の令嬢といつか一緒になるというのに、これではいい縁談も寄り付かない。ご主人様は少女を部屋に閉じ込め、ご子息様のことはしばらく留学という体で屋敷から出し、二人を離れさせた。

 その別れる前夜、ご子息様は少女に“必ず、戻るから。それまで待っていてくれ”と交わしたそうよ。いつかまた会えるその日まで、手紙のやり取りをして……。



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