三 花消える

 数日後、春休みが近づく頃。


「ねえ、アキラ。最近外に出た?」


 唐突にカスミはそう尋ねてきた。


「……嫌味か?」


 問い返すものの、否定の声はどこか怯えているようにも聞こえる。


「最近、友達が町中でわたしを見たって言ってて……、でも、教えてもらった時間は全部、わたしは別の所にいたの。だから……」


「他人の空似、だろ」


「そうかな……」


「そうに決まってる。カスミは気にしいだからな」


「なっ……そんな言い方はないでしょ!? もういい! アキラなんかに相談した、わたしがバカだった!!」


 わざとらしい足音と共に気配が遠ざかる。……馬鹿はこっちのセリフだ。

 根拠のない噂話になんか踊らされて──


「え」


 窓に目を向けたのは偶然で、『それ』が目に入ったのも偶然で。

 それでも、数年ぶりに部屋のドアを開けるには十分すぎた。


 階段を駆け下りて一階へ。驚いたらしい両親の声を無視して外に出る。

 家の横にある細道を通って裏側、俺の部屋の窓が見える場所へ。


 引きこもりのせいで体力がないとは言え、同じ年の俺がここまで来るのに二、三分はかかった。

 


「だからっ……お前がここにいるのは、おかしいんだよ……!!」


 息も絶え絶えになりながら、俺は目の前のを睨みつけた。


「あは。わざわざ、それ言うためだけに外に出たの? アキラ」


 ねっとりとした声。気持ち悪い。あんなのはカスミじゃない。


「お前が、例のドッペルゲンガーって奴か?」


「うん、まあ、そうなる……かな? キミのきょうだいの立場が欲しいんだ」


 うすら寒い笑み。目が笑ってない。獲物を狙う目だ。


「あんなのと、入れ替わってどうする」


「関係ないよ。誰と入れ替わるかなんて、本当はどうでもいいんだ。はただ、人間になりたいだけ」


「そうか……」


 良かった。そこに拘りが無いなら、やりようはある。


「じゃあ、俺と入れ替われ」


 そう提案すると、そいつは目を丸くした。


「いや、別にいいけど……。キミはそれでいいわけ?」


「どうでもいい。俺の人生なんか、もうどうでもいいものなんだ。でも──カスミは違う」


 カスミは俺とは違う。

 カスミは学校に通えて、友達がいて、ちゃんと外の世界を生きられる。

 俺とは違う。俺なんかとは、違うんだ。


「見た目だけなら同じだし、行けるだろ。俺の立場なんか好きに使えばいい」


「ふうん、変わった人間だね。ワタシとしては、手間が省けていいけどさ。じゃあ、殺すよ? 今回は特別に痛くないようにしてあげる」


「ああ」


 それはそれは、お優しい事で。

 目を閉じる。暗い視界が、更に暗くなる。


 ……カスミは、気付いてくれるだろうか?


 最期、意識が途切れる前に──ふと、そんな事を考えた。

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