アフロディーテは顕現する

@Lady_Scarlet

聖女降臨

聖女降臨

 ドドンドンドン、ドドンドンドン


 伝説にある大地のドラムが打ち鳴らされているような、地響きにもにた重低音が響く。


「な、何が起こった?」


 魔王軍四天王の一人である剛腕のゴラン閣下ですら、眼前の事象に混乱を余儀なくされていた。


 アルサレム王国の要塞都市を陥落させ、今まさに人間どもを皆殺しにしようとしていた時、都市を丸ごと飲み込んだ巨大な魔法陣が出現した。


 慌てて私達は空中に退避したが、魔法陣の発動はおさまらず、強い閃光が私達の目を焼いた。


 そして光がおさまると地上に生けるものは何も存在しなかった。ただ一体を除いて。


 ドドンドンドン


 大地が、大気が震えるような、肉体よりも魂を震えさせるような、そんな音とも呼べぬ不可思議な衝撃波が魔法陣の中心から吹き上がる。


「閣下! あそこに何者かが!」


 副官が指差す先にそれは居た。


 肌色の岩のような、それ


 それは片膝を付き、握りしめた拳を地面に打ち付けたような姿勢でいた。


 バギハギと轟音を上げながら、そのものを中心として地割れか起き、驚きと緊張が魔王軍を縛り、ただ固唾をのんで見守る中、それはゆっくりと立ち上がった。


「な、何だあれは?」


 ゴラン閣下の副官が震える声で呟いた。


 私の胴よりも太い腕、太い脚。クッキリと割れた腹筋。虎獣人である剛腕のゴラン様よりも美しく靭やかな筋肉が全身を包んでいる。


 金の長い髪は結い上げられこれまた太い首も露わとなっていた。太い眉や高い鼻梁は意志の強さを感じさせる。


 そして、さすがにゴラン様よりは小さいものの、人間とは思えないほど大きい。


 まさに武神と言った容貌のそれの左肩には、その猛々しい姿に反して可憐な白百合の紋章が刻まれていて、それはミスマッチのようでありながらも、何故かそれはそこにあるべくしてあり、それ以外の紋様など有り得ないと何故か思わせた。


「武神召喚か…?」


「オーガキングでは?」


「ば、馬鹿な! あの紋章は!?」


 魔王軍の同胞どもが恐慌とともにそれらを口にする。


 馬鹿どもが! あれを見て分からないのか!


 何故言葉を発する? 何故それがあいつの注意を引かないと思うのだ!?


 私の本能が、何も発すな何もするな、あれの前では身じろぎ一つ吐息の一つも許されはしないと告げているのに。


 ああ、くそ! 逃げることすらできないというのに、私を巻き込むな!


 そして、それはついにこちらを見たのだ。


「な!」


「ウゴッ」


「へぶっ」


 同胞達は即死魔法を浴びたかのように次々と墜落していく。そこには我軍の副官すら含まれていた。


 私の心臓も冷たく締め付けられるような圧迫感を覚えるが、魔法耐性が高いためか何とか死なずにすんでいた。


「ぐっ、これほどの圧は魔王様以来だな!」


 この状況でさらに注意を引くような言動をするとは、さすがゴラン様、豪胆な方だ。


「我は剛腕のゴラン! 魔王軍四天王の一人! 貴様も名を…」


「見たな?」


「ひっ!」


 怖かった。いやもう、魔王様より怖かった。もうお家帰りたい。


 ゴラン様が名乗りを上げ、それの名を問おうとした時には、もうそれはゴラン様の頭を鷲掴みにしており、額と額が当たるほどの距離でゴラン様を睨みつけていた。


 えつ、いつ動いたの? さっき下にいたのに。


「乙女の裸を見たものには死を」


「えっ」


 私がえっと呟く間にはもうゴラン様の頭は握りつぶされて爆ぜていた。


 チビッた。


 ムリムリムリムリ!


「お前も見たな?」


「は、え?、み…」


 もう訳が分からない。何なの、さっきまで魔王軍勝利だったのに、もう全滅なんですけど!


 もう諦めましたけど、い、痛くしないでください…


「ぬ、なんだおなごか… 危うくお主も始末するところであったわ」


 そう言いながら死神は地面へと落ちていった。


「えっ、た、助かったの?」


 涙と鼻水やら何やら、色んな体液が出まくってえらいことになりつつ、その筋肉死神から目が離せない。


「おい、降りてこい」


「ひゃ、ひゃい!」


 逃げられるなんて当然思っていない私は、もう落下するよりも早く飛んで死神様の元へと降りていった。


「女子(おなご)に見られたくらいで怒りはせん。そう怯えるな」


「ひゃい!」


 無理です。瞬き一つでダウンする自信があります。


「のう、何故我はこんなところで、裸でおるのだ?」


「わかりません!」


「ぬ?」


「はわわわわ、魔法陣が! 魔法陣が出てたので! 召喚されたのでは!」


 怖い。何かしら答えないと死ぬ気がして仕方ない。


「召喚とな? それはなんぞ?」


「へ? べ、別次元の力を呼び出す魔法?」


 召喚って魔法なの?スキルなの? 使えないから知らないよ!


「ふむぅ、それでここはどこなのだ?」


「アルサレム王国の要塞都市であります!」


「都市? 廃墟ではないのか?」


「さっきまでは都市でした!」


 あなたが廃墟にしていまいましたが!


「何だ、お主ら皆殺しにしたのか? 外道よの」


「ち、違いますよ!」


 あなたも魔王軍を皆殺しにしましたよね!?


 それに人間はあなたを呼び出した召喚の生贄にされたんだと思います!


「ところで、何か着るものはないか」


「き、着るものですか?」


「ああ、乙女は無闇に肌を晒すものでは無いだろう? お前は、まあ、少し違うかもしれんが」


「わ、私はサキュバスなので、肌を晒すのも仕事です!」


 え、乙女? さっきの聞き間違えじゃなかったの? そう言えばあれ付いてない。ツルッとしてて綺麗。大胸筋が凄くて霞んでたけど、よく見たら結構巨乳。


「これ、どこを見ておる」


「すいません、サキュバスなもので!」


「よく分からんが、お主の服を貰っても着られそうにないな」


 当たり前です! 身長だけでも倍近いのに、体積なんて何倍あるか!


「ん? しかしこれは一体? 私の体はこんなではなかったはずだが…」


「そうなんですか? では召喚の影響かも」


「そうか、それで少し痩せて筋肉が落ちてしまったのか。胸も小さくなっておるし」


 それで筋肉落ちてんのかい!


「あの、その辺に服屋はあると思いますけど、サイズが合わないと思いますよ」


「そうか?」


 死神はその辺りの人間の死体や魔族の死体を見渡した。


「ほれ、あやつなど、我より大きいぞ?」


「あれはゴラン様です! 特別大きいのです!」


 死神は首無し死体のゴラン様からマントを引っ剥がして身にまとった。


「ぬう、汚いし臭いな」


 汚いのはあなたが頭を捻り潰すから、血とか脳みそとか付いてんですよ!


「ところで貴方様はどなた様で?」


「ぬ? こちらでは自分から名乗るのが礼儀ではないのか?」


「あ、失礼しました! 私、サキュバスプレミアのミレーヌです」


「すまん、サキュバスプレミアとは?」


「サキュバスの上位種です。サキュバスは魔族の一種で人間にえっちな事をする種族です!」


 すると驚いたことに死神様は頬を赤らめて、やや慌てたように私の口を塞いだ。あ、あれ? なんかお花みたいな良い匂いがする!


「これ! 女子がそのような不埒なことを言うでないわ!」


「えー」


「何じゃ、ここではそういう文化ではないのか」


「いや、まあ人間はそうかもしれませんけど、私魔族だしサキュバスなもんで、えっちな事が専門なんです」


「むむむ、ではお主の種族的には破廉恥なことではないのか?」


「むしろ自慢?」


「そ、そうなのか。それは知らぬこととは言え失礼したな」


「いえいえ、大丈夫です! もっと恐ろしい方だと思ってたんですけど、お優しいんですね」


 こちらにきて数分で何千という魔族の命を奪っているのだから優しいはずもないが、優しいと思い込まずにはやっていられないのだ。優しくなかったら、私助からないし。


「ふっ、失礼なやつだ」


 死神様は苦笑いを浮かべる。


 優しいって言うのは死神様的に失礼なのか! これ、どうしたら良いの? なんて返せばいいの!? 


「す、すいません」


「乙女に恐ろしいとか言ってはならんぞ、傷付くではないか」


 そっちか!


「と、ところでお名前をうかがっても?」


「うむ、我はアフロディーテ」


 それ美の女神の名前やん! そりゃ筋肉は美しいですけども!


「とても素敵なお名前でお似合いですね!」


「そうであろう?」


 段々この方の扱い方が分かりかけてきた。アフロ先輩とか呼んだら、多分プチッとされてしまう。


「アフロディーテ様は元の世界へ戻られないのですか?」


「どうやって戻れば良いのだ?」


「えっ、あんまり知らないんですけど、うちの召喚士達が召喚する悪魔とか幻獣とかは戦闘が終わったら空間の割れ目みたいなのから勝手に帰ってましたよ」


「空間の割れ目? こんな感じか?」


 アフロディーテ様が手刀を翳したと思ったら、目の前の空間が切り裂かれていた。切れ目からは何とも言えない変な光が漏れていた。


「どれ」


「あっ!」


 その割れ目にアフロディーテ様は無造作に頭を突っ込んだ。


「こ、これ大丈夫なやつなの!?」


「ふう、全然違うところに繋がったぞ」


「よ、よく無事でしたね… 空気がないところとかマグマの中とかに繋がってたら死んでたかもしれませんよ」


「そういえば、空気は無かったな。夜空のような空間で綺麗ではあったが、大地もなかったしちょっと寒かった」


「それあかんやつ! もう止めといた方が良いですよ」


 いや押し込むべきだったのか? そんな腕力無いから無理だな。


「ところでアフロディーテ様は人族なのですか?」


「これは異なことを言う。人以外の何に見えるというのだ」


 こ、これで人族なのか。こんなのばっかりだったら魔王軍瞬殺だし。


「あまりにお強いのでもっと高位の存在かと…」


「ふむ、まあ我より強き者など見たことはないが、我の伴侶となるべきは我よりも強き者。我は我より強き者を探しておる」


「そ、そんなの居るのかなぁ? 絶対勇者とか賢者より強いし。あ、魔王様ならさすがに、いやでも…」


「何じゃ、心当たりがありそうではないか」


「人族ではないですけど」


「そうか、さすがに畜生では伴侶にはできんな」


「畜生じゃないです! 私の上司の魔王様です!」


「魔王様? また外道ではあるまいな?」


「私達には優しいですよ」


 人間には外道かも知れませんけど。


「ふむ!では会いに行くとしよう!」


「えええ!?」


 この人を魔王城まで連れて行ったら、私の滅茶苦茶怒られる、というか殺されそう!


「して、ここから近いのか?」


「結構遠いですよ。途中で魔王軍の転移門を使っても10日くらいはかかります」


「どっちの方向だ?」


「えーと、あっちですけど」


「よし、行くぞ」


 そう言って私の首根っこを、まるで子猫を掴むかのように摘んだ。そして私の視界はブラックアウトした。


「おい、起きろ」


「はっ! こ、ここは? えー!?」


 以外に優しく起こされたものの、そこは雲の上だった。滅茶苦茶寒いんですけど。私の飛べるけどこんな高度まで飛べないんですけど。どうなってんですか。


「とりあえずお主の言う方向にジャンプしてみたが」


 風圧がそこそこあるものの、速度に対して弱すぎる。アフロディーテ様が結界を張っているのかも。


「雲で場所がわかりません…あっ! あそこ!」


 眼下は雲で確認できなかったが、風圧に耐えながら進行方向を見ると雲から突き出た山が見えた。そこは魔王城があるデスマウンテン。


「なんじゃ、あそこか。近いではないか」


「ええ? もう着いちゃうんですけど!」


 向こうに小さく見えていたと思ったらすぐにそれは目前へと迫った。


「どうやって止まるんですか?」


「え?」


 アフロディーテ様の何言ってるのこの人みたいなキョトン顔が意外と可愛いと思ってしまった。なんか負けた気がする。


 そして私達はそのまま魔王城の結界も壁も、紙でも破るかのように突き破った。


 なんとも都合よく、我々は魔王様の目の前で止まっていた。魔王様の防御結界はぶち抜けなかったようだ。良かった、魔王様がミンチになってなくて。


「ななな、何事! 何者ですか!?」


 魔王様は驚愕に目を見張り、側近の悪魔公爵が慌てて誰何してくる。魔王様の驚き顔、めっちゃレア! 悪魔公爵は性別が無いくせに魔王様の前では女型でピッタリとした黒のドレスを着ている。あいつ魔王様を狙ってやがるんだ。


「ふむ、貴様が魔王か」


「そうだ。貴様は?」


 あれ、並べると魔王様とアフロディーテ様キャラ被ってない? 口調が似てるんですけど。


 魔王様は細マッチョでスラッとしているので、アフロディーテとはビジュアルが少女漫画と劇画くらい違うけど。


「我はアフロディーテ。さあ、死合おうではないか」


「お婿さん探しでしょ!?」


「お婿さん?」


 悪魔公爵のテスタ・ロッサが私の突っ込みに反応して不快そうに顔を歪めた。


「そうだ。我は伴侶に我より強き者を求めておる」


「ふん、我はお前など求めておらんぞ」


「すぐに落としてくれよう」


 それは恋愛的にですか失神ってことですか。


「さあ、かかってくるがいい!」


 そう言ってアフロディーテ様はマントをパサッと翻した。


「あっ、ばか!」


「あっ、痴女」


 アフロディーテ様はマントの下は真っ裸のままなのだ。テスタ・ロッサ様、あんたそんなこと言ったら滅殺されちゃいますよ。


「なっ!」


 魔王様が驚いて目を見張ったと思ったら顔を背けた。魔王様、アフロディーテ様から目を逸らしてしまったら即死させられちゃいます!


 私の敬愛する魔王様を守るため、私はアフロディーテ様の眼前に身を投げだした。


「アフロディーテ様のばか! マント翻したら駄目でしょ!」


「ぬ? あっ、きゃっ!」


 え、きゃって言った?


「お主、見たな?」


「見てな…いや、見てしまったな、その美しい体を。そのふくよかな胸や引き締まった腰も、そして下生えもない秘所も、我が目に焼き付いて離れぬ。しかし、それはそなたが悪いのだぞ?」


「えっ美しい?」


「う、美しいだと!?」


 テスタ・ロッサ様とアフロディーテ様が魔王様の言葉に驚いているが、テスタ・ロッサ様の顔にお前マジかよって書いてある。ああ、テスタ・ロッサ様死んだな。


 しかし、確かに巨乳ではあるし全体的に引き締まり過ぎてるし、言われてみれば頭髪と眉以外は無毛のツルツルで、意外に肌が綺麗だ。でもあの一瞬でそんなにしっかり見てたの?


 何とも言えない微妙な空気の中、少し頬を赤らめた魔王様はアフロディーテ様に近寄ると、ゴラン様のマントを剥ぎ取り、自身のマントをアフロディーテ様に掛けた。


「レディがそんな臭くて薄汚れたマントなど着るな。代わりにこれでも着ておけ」


「あ、ありがと…」


 ありがと? すまぬ!とかじゃないの? アフロディーテ様はかかんで小さくなりながらキュッとマントを胸の前で引き合わせて裸体を隠した。


「えっえっ?」


 思わず魔王様とアフロディーテ様を見比べて、二人の顔を覗き込んでしまう。なんで二人共顔を赤らめているんですかね?


「お、乙女の裸を見るなんて、駄目なんだからね!」


 誰、あんた。


 アフロディーテ様のキャラが崩壊していく。いや、まあ元々ちょっとだけ乙女成分あったけどさぁ。ちょっと女扱いされて乙女が目覚めすぎてるよ。


「すまぬ。確かに乙女の裸体を見てしまっては責任を取らねば王としての器が問われる。もちろん責任は取ろうぞ」


「ほ、ほんと?」


「もちろんだ。私の妻になってくれるか?」


 乙女モードのアフロディーテ様の肩に手を起き、そっと微笑みながら問いかける魔王様。


「えっ、何この茶番」


 毒づくテスタ・ロッサ様。


 しかし私も同感だし、責任を取ってくれるならいくらでも裸を見せたのに!


 あれか! 私もテスタ・ロッサも処女じゃないからか!


 処女厨なのか!


「で、でも、私より強くないきゃ、いや!」


 おい、一人称まで変わってるぞ。なんか呪いでもかかってたのか。


「そうなのか? 我は婦女子に振り上げる拳は持たぬぞ」


 魔王様ってフェミニストなのよね。それがまたカッコいいんだけど、今の状況はどうかと思いますよ。


「ううう、じゃあ手の平見せて」


「こうか?」


 魔王様が手の平を彼女に見せる。思わず私も覗き込む。綺麗な手。


「じゃんけん! はい、私の負け!」


 魔王様の手に向かって、アフロディーテ様は拳を軽く突き出した。


「「はっ? なにそれ?」」


「ふふふ、我のために負けてくれるか。お主は優しいな」


 ちょっと魔王様は魔眼が腐っているか、頭がおかしいのではないでしょうか。


「もう! 幸せにしてくれないと駄目なんだからね!」


「ふふふっ、任せておけ!」


「私、悪魔界に帰っていいですかね?」


 テスタ・ロッサ様が魔王軍幹部を示すローブを床に叩きつけた。わかりみが深すぎます。


「すまん、テスタ・ロッサ。結婚式の立会人になってくれるか」


「いやですけど」


 魔王様、ちょっとデリカシーなさ過ぎじゃないですかね。そんなこと言えませんけど。


「ではミレーヌ、お主に頼めるか?」


「そうね、ミレーヌちゃんがいい!」


 だからアフロディーテ様、乙女モードやめてください。


「魔王様、私の名前覚えててくれたんですね」


「当たり前だろう? 可愛い部下なのだから」


 くそう、魔王様やっぱり素敵!


「分かりましたよ!」


「私帰るから!」


 私が了承すると、テスタ・ロッサ様はやってられるかと姿を消した。


 それから慌ただしく結婚式の準備が始まり、それに合わせて魔王軍は人族の領域から引き上げていった。


 お二人の衣装が仕立てられ、それが完成するまでの間にアフロディーテ様はまたひとっ飛びして人族の王城へ訪れた。もちろん結界も壁も突き破って。


 その時は服の仕立てが完成していなかったので、シーツをトーガにしていた。ワンショルダーなので白百合の紋章が剥き出しになっていた。


「そ、その紋章は!」


 宰相が驚きの声をあげる。


「貴様ら、我が夫、魔王に手を出すならば我が相手になる。死が望みなら今ここで名乗り出よ!」


「その紋章があるということは、貴様は召喚された聖女のはず! なぜ敵の魔王に味方する!」


「聖女の愛は生きとし生けるもの全てに平等! 敵も味方もないわ! ただし、我は聖女である前にただの乙女、乙女たる者愛し愛される伴侶を守るのは当然よ」


「愛し愛されるだと!」


「堕落させられたか」


「ふん、何とでも言うが良いわ。ただ魔王を害するものは、この聖女アフロディーテの敵と知れ!」


 そう言って威圧を放つと王都全ての生き物を気絶させ、またひとっ飛びして魔王城へと戻ってきました。


「魔王よ、この聖女アフロディーテに、共にあるときも、また分かたれたときも、生けるときも、死せるときも、永遠に変わらぬ愛を捧げることを誓いますか?」


「ここに誓約する」


「聖女アフロディーテよ、この魔王に、共にあるときも、また分かたれたときも、生けるときも、死せるときも、永遠に変わらぬ愛を捧げることを誓いますか?」


「はい、誓います」


 背の高いアフロディーテ様が跪き、そのヴェールを魔王様が捲ると、はにかんだ笑顔のアフロディーテが目を潤ませていた。


 そしてその唇に魔王様がそっと口付ける。


 するとアフロディーテ様の聖女の紋章が光り輝き、彼女の全身を光が包んだ。


 そして光がおさまると、そこには小柄で可憐な少女がいた。


 誰あんた?


「アフロディーテ?」


「はい、旦那様」


 少女は真っ赤な顔で微笑んだ。


「はっ? どうなってんの? ぐうかわなんですけど?」


 思わず立会人をしていた私も突っ込みを入れた。


「おやおや、やっと安心したのかい?」


「はい!」


 微笑みかける魔王様は動じませんでした。美少女は嬉しそうに溢れんばかりの笑顔になった。


「どういうこと?」


 思わず呟いた独り言に、アフロディーテ様が答えてくれた。


「ああ、今までの姿はバトルフォームなのです。知らない世界に連れてこられましたから、身を護るためにバトルフォームになっていたのです」


「口調も違いますよね?」


「それはノリです」


「ノリ…」


 そしてこの結婚式は全世界に同時中継されており、聖女アフロディーテが魔王と共にあるということが世界に認知されたのだった。


 今回の戦争は人族が仕掛けたものだったので、王族を恫喝して回った聖女のおかげで戦争は終結した。


 そして二人に気に入られた私は、何故か軍から異動になってアフロディーテ様付きの侍女となった。


 やがて月日は流れた。


「すまぬな」


「良いんですけど、バトルフォームはやめてもらえませんかね?」


 私はお二人の子供のオムツを換えながらも文句を言ってしまう。


 バトルフォームは聖女のスキルなのではなくて、元々アフロディーテ様が持っていた体質らしく、お二人の子供にもそれは受け継がれていた。


「この子、お漏らしするとバトルフォームになっちゃうんですよねぇ」


「ふふふ、可愛いものだな」


「いやいや、このゴツい体からオムツ取り替える身にもなってもらえます? そしてそこにいるなら、たまには親子の触れ合いでご自身が取り替えたら良いのでは?」


 さすがに二人にも慣れてきたので、多少の軽口は言えるようになった。


「そうだな、たまにはやってみるか」


 言ってみただけなのに、意外と嬉しそうに魔王様はオムツを履かせ始めた。魔王様が触れると安心するのかバトルフォームはすぐに解除されるので、取替も簡単だ。是非毎回やってほしい。


 魔王様と聖女の子供は天使のように愛らしくスクスクと育ち、後に聖魔王という変わった称号を名乗ることになる。


 そして魔族と人族は戦乱もなく聖魔王の元へと統一されていくこととなる。


 歴史書にはこう記される。


 最後の大戦を止めたのは、白百合の紋章を持つ一人の少女。聖魔王の母にして最後の聖女。


 強く美しく、しかして可憐な乙女、聖女アフロディーテだと。

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