第2話 プロローグ②(下水道の清掃続き)
55日目。
士爵に任命された決め手は、王女様のお気に入りだった首飾りを見つけたからであった。
これにとても感激した王女たっての希望で、爵位を叙任するという話になったのだという。
ちなみに叙任式は開かれず、書面での通達になるという。感謝されてるのかされてないのか、よくわからない扱いである。
(爵位なんて貰っても、ありがた迷惑なんだけどな。金さえ貰えたらそれで十分なんだけど)
領地持ちの貴族でも、直ちにその土地に向かわなくてはならない、というわけではないらしい。
しばらく王都でゆっくりしていても問題はないそうだ。旅支度も必要なので、お言葉に甘えて王都にしばらく滞在することにする。
そもそも、士爵や准男爵のような位の低い貴族といえば、文官として働く宮廷貴族が多い。領地持ちの士爵、准男爵は結構珍しい。
任された土地も、開墾がほとんど進んでいない土地で、誰も管理してないのだという。つまりどうでもいい土地なのだ。
急いで領地に向かう必要はない。
(近くに山と海と森があるが、それだけだ。もしもダンジョンが見つかれば荘園としての価値は高くなるんだけどなあ)
それでも領地としては悪くなさそうな土地のように思われたが、そうではないらしい。
ちょっと調べてみるとすぐわかった。
潮風がきついため塩害がひどく、作物を育てるのに向いていないらしい。
その上魔物が多く生息しているため、人が安心して生活できる環境ではないのだという。
じゃあ海を活かして交易路にすれば、という話になりそうだが、不運なことに海賊も水棲魔物も棲み着いている。
挙句の果てに、なんと、過去に疫病が流行ったいわくつきの土地でもある。
つまり完全な遊び地なのだ。
(……まあいいや、試しに内政ごっこやってみようかな。ちょっと興味あったんだよね、領地経営。採算が立たなくなりそうだったら領地ごと王家に返上してしまえばいいし)
貴族としての出世に全くこだわりが無いので、俺は気楽なことを考えていた。
56日目〜89日目。
内政に興味はあったけど、かといっていきなり領地経営というのも心の準備ができないものである。なのであの手この手で出発を引き伸ばした。
やれ、まだ下水道の清掃が完遂していないだの。
やれ、まだ王都の住民たちから引き受けた清掃依頼が残っているだの。
やれ、まだ荘園経営のための勉強が不十分だから王都の図書館で勉強したいだの。
とにかく使える方便は全部使って、ひたすら時間稼ぎを行うことにした。
結果。
下水道に棲息していた魔物を半分以上駆除してしまった。
王都の井戸は全部綺麗になり、外延区にある手付かずだった巨大なゴミ溜めもあらかた片付いてしまった。
そして、王家の力で、荘園経営の勉強のため図書館から本をいくつか写本してもらって、貸与してもらうことになった。
(いやありがたいけど、そういうことじゃねえんだよ!!)
王都に滞在し続けるための言い訳が徐々になくなってしまい、ちょっと苦しくなってしまった。
王都にいる人たちからは相変わらず感謝されているが、徐々に「なんでこの人領地に行かないんだろう……?」といった空気を醸し出されて、何となく気まずい空気になっていた。
90日目〜103日目。
そろそろ冬が近づいてきたので、「いやあ生憎の季節ですね! 雪があると交通も不便ですし、越冬してから領地に向かいますね!」と宣言する。とりあえずこれで三ヶ月は時間が稼げた。
それに、王命である下水道の清掃が完遂していない、という言い訳をこれでもかとばかりに振りかざした。
王家からの勅命なのだから誠心誠意打ち込ませてほしい、と熱心に頼み込んだ。一年かけてでも綺麗にしますと約束したわけである。王家からは感謝半分、呆れ半分に承諾をもらった。
要するに、好きにしろ、ということらしい。
(こうしている間にも、スライムが成長しているのを感じる。もしかしたらもう、下水道に棲み着いている魔物はあらかた食べ尽くしちゃったかもしれないな)
本当に食いしん坊のスライムである。
並外れた食欲と消化速度。これはもう、よく食べるとか元気旺盛とかそんな範疇ではない。
底なしの穴のようなものである。
もし仮に、このスライムが王都そのものを食べ始めたとしたら。
いったい何日で王都は食べつくされてしまうのだろうか。
(……いや、変なことを考えるのはよそう。とりあえず、冬を越す前に色々と身支度しなきゃな)
スライムとの魂の結びつきが、日々強くなるのを感じ取る。
今までスライムを数え切れないほど召喚してきたが、これほど魂の結びつきが強くなったことはなかった。
下水道に住み着いている魔物たちの大半を難なく平らげてしまったこともあるし、もしかすれば、このスライムは相当強い魔物なのかもしれない。
104日目〜161日目。
王都全体の臭いが随分と落ち着いてきた。冷静に考えるとこれはとんでもないことである。
何せ、都市とは臭うものなのだ。
家畜を飼うものや醸造屋などは、路地裏にゴミを捨てて野ざらしにするし、住民たちだって便壺に貯めた屎尿を平気で路肩に捨てる。
これでも、石畳と下水道が発達したおかげで、衛生はましになった方なのである。
とはいえそれでも臭うものは臭うのだ。王都で香水が流行っているのも、街の臭いが鼻につくから、というのが一つの要因でもあった。
それが、ここ最近は街の臭いが落ち着き始めたのだから、すごい話である。
(うちのスライムが、王都のあらゆるゴミを食べているからだろうな)
冬というのもあるだろう。一般的に冬はゴミの排出が少なくなる季節である。加えて気温が下がって、ものが腐りにくくなる時期でもある。
およそ半年かけて王都は、みるみる清潔になった。
162日目〜189日目。
いい加減、王都を出発しないといけなくなってきた。
冬も越してしまったし、旅支度は順調に進んでいるし、王都のゴミ掃除も一段落してしまったし、正直、これ以上王都に居座る口実がなくなってしまったのである。
もちろん、このまま王都に居座っても悪くはない。
毎日ゴミはひっきりなしに発生しているので、スライムに食べさせる餌に困ることはない。
多分、無理やりごねたら、まだまだ王都に残ることはできるだろう。
「でも、人生で一度ぐらい、領地経営に挑戦してみてもいいよな……?」
出発を思い立ったのにも理由がある。
日頃からゴミ収集を頑張りすぎてしまったせいか、あんまりお金をもらえなくなってしまったのだ。
最初のころは、ゴミ溜めを綺麗に平らげたら周囲の飲食店や宿屋から心ばかりの謝礼金をもらうことができたし、井戸水を綺麗にすれば、周囲の住民から心づけをもらうことができた。
決して多くない金額ではあったが、「ゴミ掃除だけずっと続けても何とか生活できそうだな」と思う程度の、生計をぎりぎり立てられそうな金額をもらえていたのだ。
それが最近、どうにも当たり前のことになってしまったのか、謝礼が支払われなくなってしまったのだ。
つまりタダ働きである。スライムの餌やりも兼ねているので、タダでもいいと言えばいいのだが、ちょっと損している気持ちにもなるというものだ。
「王都にもうちょっと残ってもいいんだけど、タダ働きはちょっとなあ」
思い立ったが吉日である。
そもそも、旅立つ準備はこれでもか、というぐらい十分に済ませていた。今まで踏ん切りがつかなかっただけである。
目指すは遥か西の辺境の地、バスキア。聞いたこともないような土地の名前だったが、気持ちは不思議と晴れやかであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます