2

 昼飯の後、眠気を感じた俺が居間のコタツで横になってウトウトしていた時だった。


 電話が鳴り、お袋が出る。


「もしもし」


 母親と言うものは、なんで電話だと声のトーンが上がるんだろう。そして、電話の相手が家族だったりすると、そこからいきなり通常のトーンに戻るのだ。それがない、ってことは、電話をかけてきたのは家族ではないのだろう。


「あ、ハイ、ハイ。わかりました。いーえぇ。おかまいなくー」


 電話を置いたお袋が、俺を振り返る。


尚之なおゆき、あんたさぁ、悪いけどまた除雪車で出動してくれない?」


 声のトーンが通常に戻っていた。


「……へ?」


「朝やってもらったけど、それからもう五十センチくらい積もってんのよ。それでね、『なべや』のおばあちゃんが、今日病院に行く日なんだけど、雪が積もりすぎて歩けないんだって。だからさ、『なべや』の家を最優先で、もう一回除雪して」


 「なべや」というのは、ウチの二軒隣の家の屋号だ。以前はおばあちゃんと息子夫婦、孫たちが一緒に暮らしていたが、息子夫婦が転勤になってしまい、今はおばあちゃんが独り暮らししている。


 朝はそこも除雪したはずなのだが……確かに、この雪のペースじゃそうなるかもなあ……天気予報でもまだしばらく強い冬型の気圧配置が続く、って言ってたし……


「わかったよ。『なべや』を最優先ね」


 俺は立ち上がり、朝の除雪の時に着て、その後クリーンヒーターの上に干しておいたウインドブレーカーを手に取り、乾いていることを確かめる。


---


「あっらー、尚之ちゃん。いつも雪すかしやってもらって、申し訳ないねぇ」


 俺が一通り近所を除雪してウチに戻る途中、「なべや」の家の前で、コート姿のおばあちゃんがニコニコしながら声をかけてきた。六十ちょっとだからまだ全然元気なのだが、血圧が高めなので、月一くらいで病院に行かなきゃならないらしい。


「いえ。これはウチの役目ですから」俺はそう言ってかぶりを振る。


「だでもさぁ、今回はオラが無理言ってやってもらったすけさぁ。オラんちでお茶でも飲んでいかんかね」


「え……でも、おばあちゃん、これから病院でしょ?」


「いいんだて、史奈ふみながいるすけさ。ほら、おまんたあなたたち、昔はよく一緒に遊んでたねっかね」


「……!」


 久々にその名を聞いた。


 おばあちゃんの孫の史奈は、俺と同い年の幼馴染。俺とは保育園から中学卒業まで一緒だった。だが、進学した高校が違う。彼女はこの地区では一番の進学校に進み、俺は二番目の高校に進んだ。頑張れば彼女と同じ高校に入れたと思う。だけど、当時の俺はあまり頑張る気がなかったし、二番目の高校でいい成績を取っていれば大学の推薦入試に有利に働くかもしれない、という思惑もあった。結果的にその戦略は見事に当たった、という感じだが。


 それはともかく。


「え、ええ……そうですね……」


 ごまかすように笑いながら、何気なく「なべや」の家の玄関を見た俺は、凍り付く。


 そこに、セーターとデニムを身にまとった、一人の若い女が立っていた。無表情。だが、それは間違いなく史奈だった。


 中学卒業以来もう三年近く会っていないし、連絡も取ったことは一度もない。そして……


 俺と史奈の間には、大きなわだかまりがあった。


 それなのに……なんで彼女は、俺を見ているんだろう。


「それじゃあね、尚之ちゃん。オラはもう行くすけ、ゆっくりしていきないね」


 そう言って、おばあちゃんはニコニコしながら手を振って、歩いていく。


「は、はい……お気をつけて」


 応えて俺は視線を史奈に戻す。


「……」


 沈黙。だが、やがて、


「……上がったら? もうお菓子とお茶、用意してあるし」


 ぶっきらぼうに、史奈が言った。


「……わかった」


 俺は除雪車を彼女の家の前に停め、エンジンを切る。


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