雪解け
Phantom Cat
1
雪国の冬の夜は明るい。積もった雪が街燈や家から漏れる光を反射、拡散するからだ。
しかし今はそんな景色も、天から降り注ぐ雪に隠れてよく見えない。俺はため息をつく。
これは、積もるタイプの雪だ。
大粒の、いわゆる「ぼたん雪」と呼ばれる雪は、積もりそうで意外に積もらないものだ。まあ、せいぜい積もったとしても二~三十センチと言ったところだろう。太平洋側では知らんが、この辺りじゃこのレベルでは積もった内に入らない。
一晩で一メートルも積もるような雪は、もっと小粒でサラサラで乾いている。まさに今、窓の外の景色を覆い隠しているそれのように。
こりゃ、明日の朝は早起きして除雪しなきゃ、だな。今日は早く寝ることにするか。どうせヒマだしな。
そう。俺は推薦試験で既に本命の地元の国立大学に合格してしまっているのだ。従って冬休みのこの時期、同年代の受験生諸君には大変申し訳ないが、まことにもってヒマだった。
いつもなら親父が除雪作業をするのだが、今彼はなんと痔ろうになって入院している。昨日手術したばかりで、年明けにならないと退院できないという。仕事で忙しい彼は、正月休みのこのタイミングでしか入院できなかったのだ。姉貴はできたばかりの彼氏と年明けまで過ごすらしく、今年は帰省しないという。というわけで、家のメインの除雪担当は俺、ということになる。正直言って面倒だった。
だけど。
実は二年前から、秘密兵器が登場したのだ。
ヤマハ YS1390AR。
幅90センチの、小型除雪機の最高級モデル。基本的に構造はいわゆるロータリー式除雪車と同じで、フロントに「オーガ」という、ぐるぐる回るらせん状の刃が並んでいて、それが雪をかきこんで上に向けたシューターから吹き飛ばしていく。
まさに文明の利器なのだが、値段も高くて百万円くらいする。もちろんウチだけじゃなくて近所の家も金を出してくれたし、自治体からの補助金も使って買ったのだが、ウチの親父がメインで操作することになっているので、いつもウチに置いてある。
こいつのおかげで除雪がずいぶん楽になった。雪が積もったらこの辺の細い路地と近所の家の玄関までを一通りこいつで除雪する。親父だけじゃなく、俺も何度もこいつを使って除雪している。座席があるタイプではないので車両扱いにはならず、原付免許しかない俺でも操作できるのだ。
俺はこいつを使った除雪作業が、結構好きだった。単に走るだけでの原付と違って、なんというか……「ロボットみ」とでも言えるようなものがあるのだ。あるいは戦車の操縦をしているような、というか……
実際、こいつの移動はキャタピラだし、シュータを左右に回しディフレクターで上下方向を調整して雪を飛ばすのは、まるで戦車の砲塔を回転、砲身を上下させて主砲を発射するような……とにかく、俺みたいなメカ好き男子の心をくすぐる何かがあるのである。
というわけで、翌朝の「出撃」に備えて、俺は早めに床につくことにした。
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6:00。まだ周囲は真っ暗だ。
思った通りだった。一メートルとまではいかないが、それに近いくらい雪が積もっている。しかも降る雪のペースは昨日と同じ調子で、止む気配が一向にない。
一階のガレージに降りた俺は、壁にある電動シャッターのスイッチを入れる、ガラガラと大きな音を立てながらシャッターが上がっていく。この辺りの新しい家は、たいてい一階がガレージとか物置で、居住スペースは二階以上だ。そして屋根は急な斜面になっている。雪がある程度積もると自動的に落ちてくるので、屋根に上がって雪下ろしをする必要はないのだが、その分屋根の下に雪がかなり積み上がることになる。
これを定期的に除雪しないと、ひどい時は地面に落ちた雪が屋根に届いてしまうのだ。ウチではその除雪にもこの除雪機を使わせてもらっている。まあ、ここら一帯の除雪を担当してるんだから、それくらいの役得があってもいいだろう。
エンジン始動。しばらく暖気運転してから変速レバーを前進に。オーガの高さは最大位置。クラッチレバーを握って、前進開始。除雪スイッチ、オン。オーガか回転を始める。シュータ角度よし。目の前の雪の壁にオーガかかぶりつき、シュータから飛び出した雪が美しい放物線を描き始めた。
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