3

 史奈の家は、大昔の記憶とあまり変わっていなかった。居間に入ると、確かに大福がコタツの天板の上に二つ置かれている。


「……」


 俺がコタツに入ると、無言のまま、史奈が急須からお茶を茶碗に注いで差し出した。


「あ、ありがと……」


「……」


 相変わらず史奈は無言のまま、自分のお茶を入れた茶碗を持って俺の向かいに座る。


「……」


 沈黙が痛い。


 なんで俺はこんなところにいるんだろう。


「お茶……いただきます……」


「どうぞ」


 ……。


 ずずず、と音を立ててお茶をすする。いい香りの緑茶だ。


 しかし……会話が続かない……


 てか、よく考えたら今の状況って、いい年した男女が二人っきりで、一つ屋根の下にいるんじゃないか?


 おばあちゃん、そうなることを承知で、それでも俺を家に呼んだんだよな……


 ……。


 ま、おばあちゃんにとっての俺は、いつまでも史奈と仲良く遊んでいた小さな子供なのかもしれない。でも……俺も史奈も、もうそういう年齢じゃないんだよな……


 それにしても、なんで彼女がここにいるんだろう。彼女は高一の夏休みの時に両親と弟の康彦やすひこと一緒に市街地の方に引っ越したはずなのに。とりあえず、俺はそこから聞いてみることにした。


「史奈……帰って来てたんだな」


「……うん」


「なんで?」


「康彦がうるさくてさ……かといって、練習するなとも言えないし……」


「練習?」


「彼、市の合唱団だから……公演が近いの」


「……へえ」


「だから、私はおばあちゃんのところで受験勉強する、ってことで、ここに来たわけ」


「そうだったのか……あ、あのさ……史奈はどこの大学受けるんだ?」


「……」


 史奈はポツリと、俺の進学先と同じ大学の名前を言った。


「マジで? 俺もなんだけど。俺は工学部。もう推薦で決まってる」


「私は医学部。一般受験だから、これから共通テスト受けて、それから二次ね」


「すげえ……」


 そこで俺は、ふと気づく。


「あ、それじゃ、俺、勉強の邪魔してしまってるか……」


「ううん。今は休憩時間だから、別にいいよ」


「そ、そうか……」


 それっきり、沈黙。気まずくて仕方ない。


 まったく、なんでこんな雰囲気になってしまうんだ……


 いや、よぉく分かってる。その原因は。


 それは、俺の中学の卒業式のことだった……


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