「短編」手紙をわたしに

白野 ケイ

第1話 手紙をわたしに

「正志を、呼んでくれ。」


店先から声が聞こえた。お客さんだろうか。俺に用なんて珍しい。


「正志、このおじちゃん知り合いか?」


2階から、ラーメン屋を営んでいる1階へ降りると、父さんがガラガラ声で聞いてきた。

いつも通り、店には全然人がいない。


父さんの前には70代くらいの知らないおじさんが、杖を持って立っていた。

なぜか父さんを潤んだ目でじっと見ている。


「いや、知らない。」


どこか親近感のある人だが、高2男子におじさんの知り合いなど滅多にできるものではない。


「でもこの人、正志の名前知ってたぞ。」


「あ、いや、実は...」


おじさんが突然落ち着きを失った。何かを言いたそうにしている。


「そこで女性に手紙を預かったんだ。この店にいる正志に渡してほしいって。」


「女性?どんな人ですか?」


クラスの子か?そんなわけないか。

女性から手紙なんて聞くとちょっと期待してしまう。


「いや、まぁ、とにかく渡したからね。ちゃんと読んでくれよ!頼んだぞ。」


どこか急いでいるような雰囲気だが、ものすごい眼力でそう言った。

なんだよ、どんな人からもらったかくらい言ってくれればいいのに。

それにしても、女性にしては随分とボロボロの手紙だな。


「それじゃあね。頼むよ。」


おじさんは足早に店の出口に向かった。左足を引きずっているように見える。左腕も力が入ってなさそうだ。


「なんだ正志。ラブレターかぁ?」


父さんが嫌味っぽく尋ねてくる。

しかし、ボロボロの手紙を見てすぐに若い女性が書いたものではないことが分かったようだ。


「すぐ飯にすっから、手紙読んだらまた下降りて来いよ。」


「はーい。」


人がいないときは閉店時間を待たずに店を閉める。夕飯はまた残ったラーメンだろうな。


封を開け、手紙を取り出した。ボロボロな上に字もぐちゃぐちゃで読みにくい。

絶対女性にもらったなんて嘘じゃないか。


手紙にはこう書いてあった。


『9月23日 自転車ノルナ』


なんだこれ。

ちらりとスマホを見る。

今日は9月18日の日曜日。今週の金曜日ってことか?


気味が悪すぎる。

女性にもらったなどと嘘をついてまでなんで俺にこんなものを。


自分の部屋の机の上に手紙を投げると、すぐに1階に向かった。



―――

9月も後半だというのに本当に暑い。

今週開催される体育祭も、もう少し涼しくなってからにしてほしいものだ。


「リレー、頑張ろうな正志。」


通学路を歩いていると、後ろから友達の誠司が声をかけてきた。


「おう、そうだな。」


俺はサッカー部ということもあり、同じサッカー部の誠司とクラス対抗リレーに参加することが決まっていた。


「バトン、もう少し練習したいよなぁ。」


男女混合のリレーということで、男子の集まりが良くても女子がなかなか集まらない。交互に走るのでバトンがあまり練習できずにいた。


「それなんだけどさ、体育祭の当日の朝、近くの公園で練習してから行こうって話になってんのよ。正志も来るだろ?」


なるほど朝練か。起きれるかなぁ。


返事を渋っていると、

「加奈子も来るってよ。」


誠司が意味ありげに言った。

ほんとに嫌な奴だな。そう、俺は加奈子のことが好きだった。


「わかった。行くよ。」


「お、さすがお熱いねぇ。」


「そんなんじゃねぇって。」


加奈子とは付き合ってこそいないものの、おそらく両想いだろうとは気づいていた。


「じゃあ当日の朝7時半!中丸公園な!」



体育祭練習に部活と、忙しい日々が続いた。

体育祭ももちろん大事だが、部活の大会も近い。勉強なんてする暇ないな。

まぁ暇でもしないだろうけど。


火曜水曜と時は過ぎ、気づけば体育祭は明日に迫っていた。


「正志、明日体育祭だろ。何時に行くんだ。」


寝ようと自分の部屋に向かう途中、父さんのガラガラ声が聞こえた。


「体育祭は9時からだけど、朝練あるから7時前に出るよ。」


「ずいぶん早いな。学校で練習するんだろ?」


「いや、学校は準備で使えないらしいから中丸公園に行く。」


「中丸公園って結構遠いじゃねぇか。出前用の自転車使っていくか?」


そう、中丸公園は学校からは近いがうちのラーメン屋からは学校を挟んだ向こう側にあるため、歩いていくとだいぶ距離があるのだ。


「いいの!助かるわ。」


学校まで徒歩で通学するため自転車を持っていない俺にとっては、かなりの朗報だった。

中学校は少し距離があったので自転車通学だったが、その自転車が高校に入って壊れてからは乗っていない。


「おう、気を付けていけよ。」


これで少しはゆっくりした朝を過ごせるな。

ふと、手紙の内容が頭をよぎった。


「自転車に乗るな、か。」


「ん?なんか言ったか?」


「いや、何でもないよ。」


考えれば考えるほど気味が悪い。明日はちょうど9月23日じゃないか。

普段のらない自転車に乗る日が分かってるっていうのか。


考えても仕方ない。忘れてさっさと寝よう。



体育祭のせいか手紙のせいかなかなか寝付けず、起きたのは家を出る10分前だった。


やばいやばい、自転車じゃなければ完全に遅刻だった。父さんも起こしてくれればいいのに!


ご飯も食べず慌てて家を出る。父さんは出かけているのか留守だった。

急いで自転車に飛び乗りペダルを踏む。久しぶりの自転車で走りだしがグラついた。


学校が見えてきた。学校を過ぎればすぐに公園が見えてくるぞ。


小さく公園が見えてきた頃だった。加奈子が手を振っているのが見えた。


「おーい!加奈子!」


こちらからも手を振った。

はやく加奈子に追いつこう。ペダルを踏む力を強めた。



へこんだ車。辺り一面に広がる血の海。

その血が自分のものだと理解してすぐ、気を失った。



――――

「おい正志!正志わかるか!?」


鬼気迫る父さんの顔だった。


「父さん..?」


「今お医者さん呼んでくるからな!」


視界ははっきりしている。しかし、体の感覚が一切なかった。


「正志さん、体の感覚はありますか?」


父さんが連れてきたお医者さんが尋ねる。


「まったく、ありません。」


父さんに心配はかけたくない。が、ここで嘘をついても仕方ないことはなんとなくわかっていた。


「正志お前..」


「正志さん、落ち着いて聞いてください。事故にあった時全身を強打し、特に左半身に強いダメージが残っています。おそらく、思うように動かせないでしょう。」


「そんな..」


一瞬不注意だったばかりに、2度と思うように動けないなんて。

思い描いていた未来が、全て崩れ落ちる音がした。


心臓を握りつぶされるような感覚の後、吐き気が襲った。


「1人にしてもらってもいいですか。」


その夜、クラスメートの何人かがお見舞いにやってきた。


「体育祭、お前がいないから負けちまったよ。はは、早く部活も戻って来いよな。」


誠司が励ましの言葉を贈る。その優しさすら辛かった。


「俺、サッカー部辞める。どうせもう走れないし。」


「そんなこと、ないって。」


誠司ももう、俺が走れないことを知っている。言葉を詰まらせた誠司とクラスメートはすぐに病室を出ていった。


すると、病室の外から女の子の泣き声が聞こえた。


「正志君..ごめんね。」


加奈子だ。加奈子が泣きながら病室に入ってきた。


「私が、手なんて振らなければ..」


そうだ、思い出した。事故にあう直前に加奈子を見つけて手を振ったんだ。それでよそ見して車にぶつかったんだ。

もちろん加奈子のせいではない。俺がよそ見をしたのが悪いのだから。それでも手を振った直後に事故に巻き込まれたのだから、加奈子が責任を感じてしまうのも無理はない。


「加奈子のせいじゃないよ。俺が悪いんだ。」


「私、正志君が好きだった。」


突然の告白。2人きりの病室が沈黙する。


「でも、私のせいでこんな目に合わせて..もう、正志君とは関わらないことにする。ごめん。」


嗚咽するほど泣きながら、加奈子は病室を出た。


自分も好きだと言えないまま、加奈子と関わることはできなくなった。



―――

退院しても、左半身は動かず杖を使っての生活が始まった。定期的に病院にも通わなければならない。


部活も辞め、輝いていた日常は悪夢へと変貌を遂げた。加奈子とは挨拶もしていない。

自殺も何度も考えた。が、死ぬ勇気すら持ち合わせていなかった。


「本でも読むか?父さん色々買ってきたから。」


都市伝説やUMA、ブラックホールやタイムマシンなどオカルトの本がずらりと並べられた。父さん昔からこういう本好きだよな。


それからは、ただ生きているのも暇なので勉強をすることが増えた。

勉強している自分に酔っている時は、少し将来の不安が和らいだ。


好きじゃなかった勉強も、それしかやることがないとなれば徐々に好きになるもので、3年生になるころには学校でもトップの成績にまでなっていた。


3年の時は、体育祭も修学旅行も全て欠席した。


高校を出たらすぐにラーメン屋を継ごうと思っていたが、こんな体では無理だと考え大学進学を決意した。

話すことがめっきり減った昔の友人たちには、誰1人進路の話はしなかった。


男手1つで育ててくれた父さんに迷惑をかけないように、学費免除となる特待生として大学に合格した。


大学では勉強だけに没頭した。ある夢が出来たのだ。

病院に通いながら勉強をする生活は大学院まで続いた。


父さんは私がラーメン屋を継がない事を知ると、店をたたむことを決めた。

何も言わず、やりたいことをやらせてくれた父さんには本当に感謝しかない。


大学院を出た後は、宇宙開発に携わる機関に勤めることになった。

環境は変わっても、やることは何1つ変わらなかった。


来る日も来る日も勉強のみを続けた。

変わったことは、一緒に勉強する仲間が出来たことだった。


「正志、勉強はいいけどさ、結婚とかは考えないのか?」


同僚の正之が聞いた。


「まぁ、左半身の感覚がないから迷惑かけるだろうし、高校の時の恋を引きずってるんだ。」


「一途だね。」


「そんなことより、俺らのプロジェクトは死ぬまでに完成するのかな。」


「さぁな。正志の腕にかかってるんじゃないか?」


人生をかけたプロジェクト。生きているうちに達成できるとは限らない。いや、生きているうちに達成できればむしろ奇跡なのだろう。


せいぜい長生きしなくてはな。


51歳になったころ、父さんが亡くなった。

母さんのいない家庭で本当に迷惑をかけた。


高校を卒業してから今まで勉強をしなかった日はなかった。しかし、父さんが亡くなってから3日間は何も手につかなかった。


「正志、お父さんのこと聞いたよ。大丈夫か?」


「ありがとう正之。大丈夫さ。研究を続けよう。」


諦めたくなることは何度もあった。いつ死んでプロジェクトが白紙になるのかと震える毎日だった。

それでも一心不乱に前だけを向き続けた。


73歳になった頃だった。


「ついにだ!ついになんだな!」

震えた。心から震えた。

事故に会って以来、こんなに笑顔になったことはない。

ついに達成したのだ!


「あぁ、達成だ!達成したんだ!」


年甲斐もなく2人で抱き合った。


「正志、お前から乗っていいぞ。」


「え、いいのか?」


「もちろん。お前が言い出したプロジェクトなんだから。」


本当にいい仲間をもった。


「しかし、滞在は60分ほどしかできない。いいな?」


「わかってる。」


「それと、必要以上に人に関与しちゃいけない。世界がどうなっちまうかわからんからな。じゃあ、いくぞ。」


「ま、待ってくれ。少し日記が見たい。」


パラパラと古い日記をめくった。

確か事故にあったのは、9月23日に自転車に乗っている時だ。


近くにあった紙に文字を書いて封に入れた。


「それじゃ、頼む。」


大きな装置に乗り込んだ。


「わかった。それじゃあ56年前に飛ばすぞ。」


光に包まれる研究室。

1通の手紙を握りしめ、高2の自分の下へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「短編」手紙をわたしに 白野 ケイ @shironokei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ